46 世界議会②(白)
「ねっむ。」
その女は欠伸をしながら眠そうな目で現れた。だが、その女の放つ異質なオーラはその女がただモノではない事を証明していた。
すぐ近くでその姿を見て、波動を浴びているヴァルスに冷や汗が流れる。
(誰だ、この女は!?敵か?いや、上院の面々はどうやら顔見知りのようだ。…ぱっと見、リシェルと同じくらいの年齢に見えるが…)
ヴァルスが様々なことを考えていると、隣から将士が足を組んだまま口を開く。
「大した重役出勤だなお嬢、もう会議も終盤だぞ。」
「ん?そうなの?…まぁでも、私は議会なんてどうでもいいもん。そんな事より、雷ちゃん!私のうさぴょんは!?」
「ここですよ、お母様。はい、どうぞ。」
雷葉はそう言って巨大なぬいぐるみを女に渡す。
「うーん!!今回のは巨大なのね!!どーん!」
女は嬉しそうな表情でそのぬいぐるみに抱きついた。
「はぁ…最高!!この抱き心地…やるね、おじいちゃん!」
ぬいぐるみを抱きしめたまま、女は沢村に親指を立てる。
「えぇ…ねる様の為に私自らが5年かけて作り上げた最高傑作です。特に拘ったのが材質で、誰でも最高の抱き心地を感じられるようにしております。他にも…」
職人である沢村はペラペラと自分の作品について語り始めた。会場の他の人は何が起きているのか分からない様子で、上院のメンバーは呆れた顔で聞いていた。
「うんうん!素晴らしい!やっぱり貴方は天才よ。ありがとう!!はぁ…最高!!」
女は自身よりも大きなぬいぐるみを抱きしめてたまま、顔を埋める。
「良かったわね、ママ。」
その様子を見て将士の後ろに控えていた着物の女が声をかけた。
「あら、凛ちゃん。久しぶり、元気にしてた?そこの脳筋バカにDVとかされてない?」
女はそう言って将士を指差す。
「そんな事するわけねぇだろ。俺を何だと思ってんだ。」
将士もすかさず反論した。しかし、それに対して女は平然と言い返す。
「私から娘を奪った猿畜生でしょ。」
「ざけんな、誰が猿だ。ぶち殺すぞ。」
「はぁ?ぶち殺す?ヤレるもんならやってみれば?まぁ無理でしょうけどね。」
2人は互いに波動を放出し、殺気がダダ漏れになる。
「お母様、その辺にしてください。周りの皆様が恐怖でショック死してしまいます。」
「はい、そこまでよアナタ。」
危機を察した雷葉と着物の女が2人を制止する。
「そうだな、コイツに腹を立てても時間の無駄だな。」
「そうね、ヒステリックな女は嫌われてしまう。私も反省反省っと…」
「ご安心ください、我が主人はその程度でお嬢様を嫌ったりしませんよ。」
今まで殆ど黙っていた第五席のジーガスが口を開いた。それに対して女は頬を膨らませながら答える。
「あの方がそんな狭量な人間では無い事ぐらい私でも知ってますよ。でも、あの方を困らせるのは嫌なんですぅ。あぁ…ユーフ様ぁ…またお会いしたいです…」
そう言って女は惚気た表情になる。他の者たちはそれどころでは無かったが、上院の人間たちは昔を思い出したかのように笑う。しかしその様子はどこか寂しそうであった。
しかしそんな中、ヴァルスだけは別の意味で内心穏やかではなかった。女の目を見た瞬間から動悸が収まらないのだ。
「うっうぅ…」
(これは!何だ!心臓の鼓動がうるさい!!彼女の目を見た瞬間から胸の高鳴りが抑えられない!!…不味い!身体が勝手に!……目の前が真っ赤に……お、俺は…コイツを……こ…ろ…す……殺す!!)
その瞬間、ヴァルスの目から光が消え、理性が吹き飛んだ。そしてそのまま獣のように女の元へ突進する。
「グガァアア!」
その勢いは凄まじく、身体のリミッターが完全に外れている。突然の出来事で、周りの人間達は反応できない。
「な!!お母様!!」
視野的に最初に気付いた雷葉がそう叫ぶが、ヴァルスは既に女の懐を侵略していた。
「ん?一体どうしたの?…!?」
「ガァああア!」
そして女が振り返る直前に、ヴァルスの手刀が女の首を刎ねた。
ボトッ!
飛び上がった生首が地面に落ちる。
「お母様!!」
「ハァハァ…グワァアア!」
雷葉の叫びも虚しく、ヴァルスはまだ理性が戻っておらず、地面に転がった女の生首を攻撃しようとした。
「ああ…イッタ……あんまり調子に乗らないでもらえる?」
その瞬間、地面に転がっている生首がヴァルスの方を向いて喋り出した。しかしそのままヴァルスの攻撃は生首に直撃した。
「ぐがぁあ!!うぁあぅ!!がぁうぅ!!」
あまりの威力に激しく床が砕け、粉塵が舞い辺りを包みこむ。それでもヴァルスは狂ったように生首を攻撃し続ける。狂ったヴァルスの咆哮と床が砕ける音が会場全体に響き渡った。
ーー1分後ーー
「はぁはぁ…ああ?お、俺は一体何を…」
煙が晴れた時、ヴァルスの目には理性が戻っていた。しかし、自分が何をしていたのかと混乱している様子だった。
「あーあ、やっちまったな坊主。こりゃ後が怖いぞ。」
「なるほど…これが特異点の反応か…実に興味深いね。」
「い、いや!俺は何も!!…すみません…身体が勝手に動いていたんです!!信じてください!!」
安全領域のルールを破り、他者を殺してしまったヴァルスは焦る。
「あの瞬間、誰かに操られたに違いありません!!であればいきなり見知らぬ人を殺すワケがないじゃないですか!!」
「そうだねぇ…でもやっちゃったものは仕方ないよね。可哀想だけど今この場で…」
桜田がイヤイヤ懐に手を入れ、何かを取り出そうとしたタイミングでとある場所から声が聞こえる。
「イッタぁ…いきなり殺しにくるなんて酷いじゃない。」
その声に驚いたヴァルスは声の方向に目を向ける。すると、首を刎ねられたはずの身体が元に戻っており、首元をさすりながら立っていたのだ。ヴァルスは急いで自分の攻撃した場所を見るが、そこには何もなかった。
「これは一体…俺は確かに首を刎ねて…うっ!!」
その瞬間、ヴァルスの顔に激痛が走った。そして、目の前が真っ暗になり、何も見えなくなった。
「うぅ!クソッ!何も見えない!!目をやられた!」
ヴァルスが知覚できないほどの速さで目を斬られたのだ。
「おっそ……まぁ、これ以上暴れられても面倒だしね、まぁ最期に遺言だけは聞いてあげる。何か言い残す事ある?」
目元を抑えるヴァルスの目の前には指を紅く染めた女が立っており最期の攻撃を加えようとしていた。
「ク、クソ!一体何が!!どこにいるんだ!!」
「それが遺言ね、はい左様なら。」
混乱するヴァルスを無視して女はその手を白く光らせ、ヴァルスの心臓に突き刺した。
「ゴフッ!!…し…死んでたまるかぁ!!」
しかしヴァルスはまだ死んでいない。ヴァルスの心臓は常人とは反対側にある。左胸を貫かれてもまだ動けるのだ。
生きる為、最期の力を振り絞って目の前の敵に攻撃を仕掛ける。
「うぉおお!!」
「心臓やられて何で反撃できるの。…はい邪魔。」
ボトッ!!
「えっ…あ、あぁああ!!!」
右手に波動を込め、必殺の一撃を放ったヴァルスの右腕はいつの間にか膝付近から切断されていた。切られた瞬間すら全く分からなかったため、気付くのが遅れたが激痛が後から襲ってくる。
「がぁああ!!」
「うるさっ!…ん?あぁ…アナタ、心臓が逆の位置にあるのね、私と一緒ね。まっ、関係ないけどね、ほいっと。」
「ぐぁああ!!……」
女はヴァルスに突き刺したままの腕を軽く横にスライドさせた。すると一切の抵抗なく肉体が裂け、ヴァルスの身体をほぼ二つに引き裂いた。それはヴァルスの心臓を完全に抉っており、ヴァルスはそのまま即死した。
(な、何が…ああ…この感覚…俺は死ぬのか…すまないリシェル…俺はここまで…)
「はぁ…ヤダヤダ、お気に入りの服が汚れちゃった。」
「派手に殺したな、良かったのか?ソイツ、お嬢やユーフフと同じ特異点らしいぞ。」
事情を知る将士がニヤニヤしながら声をかける。
「はぁ?こんな雑魚が私やユーフ様と同じ?冗談は顔だけにしてよ。」
「ああん?何だって?」
「本当だよ、母上。彼は今回の特異点だ。彼の波動を見たろ?男なのに母上と同じ間属性だったはずだ。」
信じない女に対して桜田が情報を補足する。
「うーん…確かにそうか…ああ!だから、私の目を見て襲いかかって来たって事ね!それなら納得!!」
「にしても弱えぇなぁ。特異点っていうヤツは、バケモノしかいないと思っていたが、やはりお嬢とユーフは別か。」
将士は真っ二つになったヴァルスの死体を見てため息をつく。
「彼はまだ発展途上だからね、年齢も二十歳になったばかりだし。」
「まぁそうね、ユーフ様は別格として私も二十歳の時は大した事ない人間だったからね。」
「それで、一つ頼みというか提案があるんだけど…彼を生き返らせてくれないかな?」
桜田は女に提案する。
「ん?何でよ、コイツは私とユーフ様の神聖な愛の巣、『安全領域』で犯罪を犯したんだから死刑になるのは当然でしょ?」
女は雷葉に服の血を拭かせながら答える。
「それはそうだね、でも既に彼は死んでいる。死刑は既に済んでいるんだから、生き返らせてあげてもいいんじゃないかな?」
「何でこの男にそこまで肩入れするの?貴方らしくないんじゃない?」
「そうかな?うーん、強いて言うなら面白いからかな。彼の人生は見ているだけで面白い。彼がこれから何を成し遂げるのか、少し気になっているだけさ。」
「お母様、私からもお願いしていいかしら?実は彼は、前に話した私の友達の恋人なのよ。彼が死んだと知ったらリーシェが悲しむわ、そしたらレムも…」
雷葉も服を拭きながら女に訴えかける。それを聞いて女は腕を組んで少し悩む。
「うーん……あぁ!よく見たらコイツ、あの時の男。前も私の目を見て殺しに来てた。…特異点としての拒絶反応かぁ…それなら仕方ないなぁ、私も初めてユーフ様と目が合った時、あの人の事以外何も考えられなくなったもの!あぁ!ユーフ様!!私はいつまでも貴方のことをお慕いしております!!私は私は私はぁあ!!」
女はそう言って腕を広げて狂ったように天を仰ぐ。
「はーい、そこまでです。母上、戻ってきてください。」
慎吾はそう言って女の肩を掴んだ。
「チッ!今良いところだったのに…まぁ、可愛い娘に言われたら仕方ないね。じゃあ、さっさとやるから少し下がってて。」
それを聞いて周りの人はヴァルスの死体から離れる。女はそのままヴァルスの死体に手を当てて能力を発動させる。その瞬間、女の髪の毛が真っ黒に染まり、凄まじい波動が周囲に放出される。
「な、なんという波動だ…これが第二席の力か…こんなのは、人間業じゃない!」
「そうですね、このオーラ、マジのバケモンですよ。俺でさえこの距離で気絶しそうになってやがる。」
革命派の2人は女の圧倒的なオーラに気圧されていた。
「信じられない程に巨大な波動だ。」
「うぅ…やっば!!すっごい波動!!やっぱりウチらとは比べ物にならないね!」
「……」
十傑の3人も各々の反応を見せる。
「凄まじい力…もし彼女が本気で我々を潰そうとすれば…おそらく勝てない…柏木組だけでなく、全ての組の力を集結しても…」
「認めたくは無いが、その通りだな神保。アレは人が勝てる存在じゃねえ。厄災だ。」
【左】の席に座る極道たちもその力に戦慄していた。
その時間はほぼ一瞬であった。女の髪が元通りの銀色に戻り、立ち上がる。
「はい、おーしまい。」
「はっ!!…俺は…何があった!?」
女が立ち上がるとほぼ同時にヴァルスも飛び起き、辺りを見渡すが状況が全く掴めていなかった。
「良かったね、生き返れて。アナタの恋人とやらと雷ちゃんに感謝することね。」
女はどこかから取り出したサングラスをかけながらヴァルスに話しかける。
「何を言って…」
「そろそろ良いか?余とて暇では無いのだ。早く続きを再開しろ。」
ずっと黙っていた皇帝が苛立ちながら口を開いた。
「はいはい、くだらない話し合いは勝手にやってて。私は早くうさぴょんを持ち帰ってお昼寝したいんだから。ね、うさぴょん!」
女はいつのまにか自分の席に座っており、巨大ぬいぐるみを抱いていた。
「はぁ…やっぱり今回も荒れたね。ヴァルスくん、大丈夫かな?」
「は、はい。俺には何が起きたのかさっぱりですが…」
「彼女が上院第二席旭ねるさ。君とは相性がとても悪いようだから、もう関わらないようにした方がいいかもね。特に目を見たらまた暴れ出してしまうかもしれないからね。」
「桜田さん、あれは一体…俺はどうなってしまったんですか?」
「俺にも詳しい事は分からない。何せ、特異点の人間は100年に2人しか生まれてこないからね。俺も君を含めて4人しか会った事がないんだ。でも、彼らに共通している事は、互いに目が合うと特殊な反応を示すって事かな。君の場合は、理性が吹き飛んで目が合った相手を殺す事しか考えられなくなるって感じかな。限定的とはいえ、非常に厄介な力を持ってしまったね。」
「なるほど…それは気を付けなければなりませんね。」
(自分が特別だとは思っていたけど…その代償がこれか…本当に厄介だ。もしこの世界のどこかにいる他の特異点の人間と目が合ってしまったら…)
ヴァルスが心配をしている間にも議会は進行していく。
「はい、では最後は…上院第三席のケーリオンノイン陛下です。」
今回の議会の最後を務めるのは皇帝だった。革命派の2人やヴァルスも注目する中、皇帝が席を立つ。
「さて…最後になったが、余から一つ話をさせてもらおう。」
そう言って皇帝が纏う雰囲気が変わった。
「現在、侵略を進めている西側の国々の制圧が、およそ半年で完了する予定だ。半年後には西側諸国は全て、帝国に屈した事になる。そうしたら次は東で幅を利かせている極道、貴様らの番だ。今までは小競り合いしか起こさなかったが、1年後には征服した西側大陸の全勢力をかけて五木極道連合を滅ぼす。その後は東側大陸の小国たちだ、覚悟しておけ。」
皇帝は最後にとんでもない事を言い放った。それを聞いて極道の関係者たちは怒りを露わにする。
「おもしれぇ!やれるもんならやってみぃや!!」
「我々を滅ぼすだと?舐めるのも大概にしろ!」
「返り討ちにしたらぁ!!」
それを聞いて帝国側の人間も声を上げる。
「陛下がやるって言ってんだから、アンタらは終わりに決まってんじゃん?アタシが全員殺してやるから、楽しみにしてな!」
「貴様らは陛下の覇道に転がる石だ。我々が蹴り飛ばす。」
「…」
彼らの睨み合いの中、将士が口を開く。
「なぁケーリ、コイツらが動くって事はあの約束は破棄するって事だよなぁ。あぁん?」
将士はそう言って皇帝へ強烈な殺気を向ける。その波動は、ねるとは違った荒々しさと鋭さがあり、先程まで威勢が良かった者達でさえ萎縮した。だが皇帝は涼しい顔をしながら答える。
「その通りです。極道連合を攻める際はアナタも勿論殺害対象ですので、存分に抵抗してきてください。まぁ好き勝手にやらせるつもりはありませんが。」
普段は傲慢な物言いの皇帝だが、将士には違う口調で話す。
「クゥウ!!いいね!最高だねぇ!!俺も漸く強いヤツ相手に暴れられるってワケか!!嬉しいねぇ!!楽しみにしてるぜ!!」
皇帝からの聞いた将士は、怒るどころか喜びを露わにした。元々あの約束とは、皇帝が将士に帝国軍人を潰される事を危惧して、皇帝が頼む形で将士が渋々了承したモノだった。それを反故にされた事で、自身も強い帝国軍人と闘えると、戦闘狂である将士は喜んだのだ。
「ケーリさん、僕もささやかながら抵抗させてもらいますよ。情報の力を舐めないでくださいね。」
桜田も東側の共和国に住む人間である。皇帝に対して笑みを浮かべながら反抗すると宣言した。
「勿論だ、慎吾。共和国は余と兄さんとの思い出の地でもある。是が非でも余が手に入れさせてもらう。」
それを他人事の様に見ている ねるとジーガスが話し出す。
「何だか面白い事になってきましたね、ジーガスさん。」
「そうですね、やはり陛下はユーファス様の…」
2人の話は会場の雰囲気に呑まれたヴァルスには聞き取れなかった。
(とんでもないことになってしまった…このままでは帝国と極道との全面戦争に…何とかしなければ!)
皆が混乱する中、皇帝が再び話し出す。
「これにて本日の議会は終了とする!!解散!!」
右院 沢村はただの町工場のおっさんです。ねるに商品が気に入られた事から、無理矢理に右院に入れられました。
上院の5人から熱烈な尊敬を集める第一席ユーファスカイト・サクラヤは、ご察しの通り既にこの世にいません。彼が主人公の物語が私の第二作【侵攻と新婚旅行】となります。気になる方は是非ご覧ください。




