A 漆黒(黒)
先ほどとは視点が変わります。時系列としては[1 閃光(白)]です。
曇り空の街並みを漆黒が駆け抜ける。黒いスーツを身に纏い、もう直ぐ雨が降りそうな曇り空の中を全力で走り抜ける。先ほど受けた電話をそのままに、片手には携帯を持ったまま目的地へと急いでいた。
ーー少し前ーー
いつも通りにシマの見回りをしていたその極道は、組の事務所から少し遠い場所にいた。1人で歩いていたら男に一本の電話が鳴る。
「松本か、今ちょうど終わったところだ。そんなに急いでどうした?」
「田淵の兄貴、大変です!本部が襲撃を受けてます!助けて下さい!」
「なんだと!敵は?」
「敵は1人、兄貴たちが応戦していますがヤバいです!とにかく早く来てください!」
「ああ!すぐ行くから待ってろ!」
「お願いします!えっ!親父っ!はい。代わります。」
「田淵か。ワシだ。」
「親父!大丈夫ですか?!すぐ行くんで待っとって下さい!」
「田淵、お前に頼みがある。もし俺が死んだら、ーーーーー。」
「そんな!柄にも無い事言わんで下さい!すぐ行きますから!」
「ああ。分かった。頼むぞ。」
そして電話を切った男は組の事務所まで走った。その驚異的なスピードを持ってしても目的地までは遠かった。
周りがさらに暗くなり、雨が降り始めたがそんな事も気づかないほどに夢中で走った。
しばらく走ったのち、やっとの思いで目的地に到着した。肩で息をしながらその塀を見上げて、一息つく間もなく近かった裏口から中に入る。
裏口からは組長室への最短ルートを通り、組長室の前に辿り着いた。
道中、一切の人の気配がしなかった事から嫌な予感はしていた。
組長室の目の前の廊下では1人の男が血塗れで倒れていた。片目を切られ、心臓を一突きで殺されていた。
「カ、カシラ!うそですよね?!カシラ!!!」
既に事切れた若頭の姿を見て咆哮を上げる。様々な感情が込み上げ涙がこぼれ落ちる。
しかし、田淵は組長にすぐに行くと約束したのだ。断腸の思いで、若頭の遺体を床に置き、組長室の扉に手をかける。
その瞬間、扉を開ける手が止まった。この扉を開ければ知ってしまう。このまま扉を開けなければ、自分の中で組長は生きている事になる。ダメだ、開けるな、開けたら全てが終わってしまう。扉を開けなければ、いつも通りに親父は椅子に腰掛けているに違いない。扉を開けなければ、親父の命令を守っている事になる。扉を開けなければ・・・・
数秒の間フリーズしていた田淵を突き動かしたのは組長との約束。すぐに行くと約束したのだ。もしかしたらギリギリ生きていて、早く行けば助かるかもしれない。そう思い、一気に扉を開けた。
ギィ
現実は無情だった。そこにはすでに生き絶えた組長の姿があった。
「オ、オヤジー!!!」
すぐに駆け寄るが、死んでいることは誰の目から見ても明らかだった。その遺体を抱き上げ、何度も声を上げて泣いた。その声は雨音に掻き消され、外にいる人間には聞こえなかった。
しばらく泣き続けた後、ふと周りを見ると、遺体の側に組長の物と思われる刀が落ちていた。組長の形見を見て思い出したのは、電話越しに聞いた最期の言葉。
ーーーー「田淵、お前に頼みがある。もし俺が死んだら…香夜を頼む。」ーーーー
その言葉を思い出した田淵は、涙を拭って組長の亡骸にお辞儀をして、一度組長室を後にした。
「お嬢ー!香夜お嬢!!どこにいるんだ?」
田淵は組長の娘を探すべく、屋敷内を叫びながら歩き出した。
屋敷内の様子はまさに地獄だった。廊下の至る所に死体が転がっており、その誰もが田淵と面識のある舎弟達だった。
「…すまねぇ、俺が遅くなったばっかりに。」
昨日まで生きていた大切な舎弟だった遺体に目をやりながら、生きている人の気配を探したが、生存者はゼロだった。
少し歩くと、途中の部屋で小さな人の気配がした。もしかしたら襲撃者かも知れないと思い、警戒しつつ扉を開けると、部屋の隅で横たわっている女の子がいた。
「お嬢!」
急いで駆け寄り、すぐに抱き上げると外傷は全く無く、気絶しているだけだった。
「よかった!まだ生きてる!……すまねぇみんな、後で絶対弔ってやるから、ちょっと待っててくれ!」
田淵は遺体の処理よりも、彼女を即座に病院に連れて行く決断をした。
急いでいたためか、感情が揺さぶられすぎたためか、女の子が倒れている側に丁寧に置かれた写真に気づく事なく、田淵は屋敷を出て病院へ向かった。




