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過去編 後編

「今日も酷いやられ様だな。大丈夫か?」


「ええ…いつっ!あの変態、本当に折るなんて…」


 夜に部屋に戻ってきた水瀬は折られた左手の小指を見て苦悶の表情を浮かべる。


「いやぁ、痛そうだな。本当にお疲れ様って感じだ。」


「他人事だと思って…こっちは毎日こんなに大変なのに貴方は…」


「そりゃ他人だからな。それに俺だって毎日刑務作業を頑張ってるんだ。まぁ、15年のベテランの俺からすれば眠ってても出来るような作業だがな。」


「15年のベテランって、ただ何度も捕まってるクズなだけじゃない。」


「まぁそれは否定しねぇよ。俺がクズ犯罪者なのは事実だからな。それより、立てるか?無理ならまた赤ちゃんみたいに運んでやってもいいが。」


「バカにしないで。今日は大丈夫よ。…ふんっ!ぐっ!はぁああ!」


 いつも通り立とうと、懸命にもがくがやはり今日も立てなかった。


「ははは!産まれたての子鹿みてぇだな!こりゃあ面白れぇ!」


 爆笑するイズカンに水瀬が怒りの声を上げる。


「黙れ!ちょっと休めば立てるようになる!はぁはぁ…」


 水瀬は1分ほど、そのままの姿勢で息を整える。そして、大きく息を吸い込んで全身に力を入れる。


「ふんっ!!うぉおお!!はぁ!」


 そして何とか立ち上がる事に成功した。


「どうだ!見たか!はぁはぁ…私だっ…て…」


 立ち上がった水瀬は気力を使い果たした事で再び倒れそうになるが、イズカンが支える。


「よく頑張ったな。すげぇよ。でも、こうなってちゃ世話ねぇけどな。」


 イズカンに身体を支えられた水瀬は嫌な顔をしながら話す。


「うるさい、お前みたいなクズに助けなど…」


「へいへい。それより眠いんだろ?さっさと寝な。」


 そう言ってイズカンはベッドに水瀬を置いた。イズカンも床に寝そべるが、ベッドの水瀬が話しかける。


「ねぇ、何か話してくれない?暇だから聞きたいの。」


「おいおい唐突だな。俺だって眠いのによぉ。…そうだなぁ、なら俺の昔の話をしてやろう。俺の母親はクズでな、俺が産まれてすぐに他の男のところに行っちまって、父親が1人で俺を育ててくれたんだ。でも父さんは軍人でな、俺が16の時にお前ら極道との戦争で死んじまった。残された俺は軍に入ったが、あそこはクソだった。初めて戦争に出て人を殺した時、俺には無理だと分かっちまった。それからすぐに軍をやめて、ニートってワケだ。」


「両親の事は同情するけど、何で軍を辞めてから働かなかったのよ。他の仕事とか。」


「結局のところ、工事現場だって、清掃員だって巡り巡って戦争する人間の役に立っちまってる。それを考えたら働くのが嫌になってな。だからニートになったってワケよ。それにこうやって刑務所にいれば、クソッタレな中枢のヤツらが集めた金でメシが食えるからな。一石二鳥って事よ。どうだ?天才だろ?」


「何言ってるのよ…ただ貴方が働きたくない理由をでっち上げてるだけじゃない。」


「ははは!バレちまったか。俺にはお前みたいな高尚な目標も大切な人間もいねぇから、こうやって毎日適当に生きてんだ。それが俺の性に合ってる。だからお前もそんなに気張らずに…って、聞いてるのか?」


「zzz」


 水瀬はいつの間にか眠っていた。


「自分から聞いておいて寝てんじゃねぇか。まぁいいか。」


 イズカンもそのまま眠りについた。


 そしてそれから毎日、夜にイズカンが水瀬に話をする事になった。


「でな、俺が逃げようとしたら落とし穴に落とされてな。しかも中にクッションなんて無いからメチャクチャ痛かったんだ。あの店主、俺の逃げ足の速さを読んでやがったんだ。それで初めてパクられてな…」


「落とし穴って…そんな嘘バレバレよ。」


「いや、嘘じゃねぇって!だから、出所して最初にあのクソジジイを落とし穴に落としてやったんだ。混乱するジジイを上から見下ろしたあの時は気持ちよかったなぁ…」




「昔、俺に惚れた女がいてな、でも俺は金が無かったから結婚しよう!って言って結婚式の費用を丸々騙し取った事があったな。」


「最低ね。信じられないわ。」


「いやいや、聞けよ。その女、マジで怖くてよ。コンビニでちょっと喋っただけなのに、1年ぐらいずっとストーカーしてきてな、そのせいで万引きがすげぇやりづらかったんだ。だから、その分を返してもらったってだけだ。」



 毎回、イズカンが話した内容に水瀬が反応するだけだが、いつも水瀬が寝落ちして話が終わる。毎日が地獄の水瀬にとってはこの時間だけが唯一の気を抜ける瞬間であり、休憩時間だった。イズカンも退屈な日々が少しだけ楽しくなった。

 こんな生活がしばらく続いたが、ある日いつもより早く部屋に帰ってきた水瀬はとても顔色が悪かった。


「今日は早いんだな。何かあったのか?」


「はぁはぁ…いえ…何でも…うぷっ!」


 水瀬は嘔吐しそうになるが、必死に飲み込む。イズカンが急いで抱き抱えてベッドに乗せる。そして水瀬のデコに手を当てると熱があった。


「風邪か?こんな時期に?いや…お前まさか!」


「はぁはぁ…しばらくここには帰って来られなくなるかもしれない。今日はこのまま寝るわ。」


 水瀬はそう言って眠りについた。

 イズカンは悟ってしまった。水瀬の腹に新たな命が宿っている事を。


 水瀬の話通り、次の日から水瀬は来なくなった。イズカンも理由が分かっていたので何も言わなかった。そして部屋に他の誰もいない1人の生活に戻ってしまった。


「あぁ…暇だ。アイツ大丈夫かなぁ。」


 イズカンは久しぶりのベッドでの就寝で快眠するハズだったが、その日は中々寝付けなかった。




「何ですって?極道が攻めてきてる?」


「しぃー。声が大きいぞ。これは上層部しか知らない極秘事項なんだ。こんな話を囚人たちが知ってしまったらそれこそ暴動が起きてしまうからな。」


「おいおい、俺の安寧な暮らしが…んで?今どの辺なんですか?」


「まだセントラで睨み合いの膠着状態が続いているそうだが、いつ開戦してもおかしくないそうだ。極道どもにも困ったものだ。」


「このタイミングで攻めてくるという事はまさか…」


「ああ、ヤツらの狙いは十中八九、捕えられている使節団の組員だろうな。まぁ怒るのも当然と言えば当然だな。だがもし、ここが奴らに占拠されたら、同じ部屋のお前は確実に殺されるだろうな。はっはっは!」


「ちょ!笑い事じゃないですよ!それにもうあの女は居ませんよ。もう2ヶ月は会っていません。もしかしたらもう2度と会わないかもしれませんしね。」


「そうだったな。まぁお前もいざその時が来たら頑張って逃げろよ。俺は助けんがな。」


「まぁ殺されたら殺されたでいいですよ。どうせ俺の人生なんてもう消化試合ですし。」



 それからまたしばらくして、イズカンが寝ていると看守が扉を開ける。


「入れ。」


「もぉお…こんな夜中になんですか?」


 扉の音で目覚めたイズカンは看守に軽口を叩くが、看守が連れてきた人物を見て目を見開く。


「水瀬…」


「あら、まだ生きていたのね。」


 何ヶ月ぶりか、水瀬がイズカンの部屋に帰ってきた。看守は扉に鍵をかけてそのまま帰ってしまった。イズカンは少し笑いながら話しかける。


「あんなに衰弱してたのに、ちゃんと産めたのか?」


「やはり知っていたのね。ええ、もちろんよ。声一つ上げなかったわ。」


「ふっ、嘘つけよ。でもまぁ、元気そうで良かった。」


 久しぶりに見た水瀬は顔の血色が明らかに良くなっており、生傷もほとんどなかった。


「…そうね。流石にここ最近は痛め付けられる事は無かったわ。毎日ちゃんとした食事も摂れて、とっても快適だったわ。」


 そう話す水瀬は笑顔だったが、イズカンにはその裏にある感情が伝わってきた。


「へぇ、そりゃよかったな。でも、産まれたガキはどうしたよ?お前は側にいてやらなくていいのか?」


「……いいのよ。そういう約束だから…」


「約束?約束って何だ?何かされたのか?」


「…何でもないわ。それより夜も遅いから寝るわ。って、え!」


 イズカンは寝ようとして床に座る水瀬の腕を掴んで強引に顔を近づける。


「ダメだ、言え。誰とのどんな約束だ?お前、顔は笑ってるが目が笑ってねぇ。この数ヶ月何があった?」


「な、何でもないって言ってるでしょ!イタ!」


 イズカンは腕を握る力を強くする。


「言うまで離さねぇ。早く言え。」


 水瀬は初めて見るイズカンの表情に気圧され、涙を浮かべる。


「…私の子供…提供する代わりに、舎弟たちを解放してくれるって約束したの…でも…人数分産まないとダメだって…だから私…明日からまた…」


 それを聞いたイズカンは激昂する。


「何してんだ!子供を巻き込むのは違うだろうが!お前、自分が何をしたか分かってんのか!?」


「仕方ないじゃない!でも、彼らを助け出す為にはこうするしか無かった!それに、子供だって不幸になるって決まったわけじゃない!私だけ、私だけ頑張れば、皆が救われるかもしれない!」


「お前…母親がいない子供の気持ちを考えた事あんのか?この俺をみろ!母親の愛を受けずに育った人間はこんなクズになっちまう。それに、お前にこんな事をするカスどもに引き取られた子供が幸せになれるはずないだろう!」


「貴方に何が分かるって言うのよ!毎日何も考えずにのうのうと生きてるだけの貴方に!私が毎日何をされていたか知らないでしょう!毎日、アイツらのストレス解消のために殴られ、蹴られ、爪を剥がされたり、指も折られたわ。遊びで水に沈められたり、新種のヤバい薬の実験台にされたり、何日も食事や水を抜かれたり、性欲の捌け口にされたりね!何度も心が折れそうになったわ。でも、可愛い舎弟たちを、私のわがままについて来てくれた彼らを守るために頑張って耐えたの!そんな彼らを救う為なら…私の子供なんて…子供なんて…うわぁぁああ!」


 今まで我慢していた全てをぶちまけた水瀬は最後に嘘を言う事ができずに大声で泣く。イズカンはそれをみて水瀬を抱きしめながら話す。


「お前が頑張ってきたのは分かった。弟分を守る為に仕方なく約束した事も。いくら憎む相手との子供でも、腹を痛めて産んだ自分の子供を捨てたいワケないもんな。怒鳴って悪かった。お前は何も悪くない。」


「ぐすっ…あの子、いつも夜になると私のお腹を蹴るの。私がやめてって言っても全然やめてくれないけど、歌を歌うと静かになってくれるの。

 私が食事をすると、羨ましいってお腹の中で動くの。美味しい?って聞くとまた動いてね、それから………」


 しばらく1人で話した後、水瀬は泣き疲れて眠ってしまった。イズカンはベッドの上に水瀬を乗せると、久しぶりに床に寝そべる。


(クソッ!俺には関係ない事なのにムキになっちまった。それにコイツを責めるなんて俺はどうかしてた。コイツは死ぬ気で頑張ってきたんだ。本当に責めるべきは、コイツを裏切った元凶。絶対に許さねぇ。こういうゴミがいるから戦争が終わらねぇんだろうが。)


 イズカンは決意をして、眠りについた。


「緊急速報!緊急速報!ここが襲撃を受けています。直ちに避難してください。」


 激しいアラームによってイズカンは目が覚める。


「はっ!何だ何だ!?襲撃か!?」


 オリュンから事情を聞いていたイズカンは状況を即座に理解した。咄嗟にベッドを見ると、水瀬は既にいなくなっていた。


「クソッ!もう行っちまったのか!おい!誰かいないのか!?ここから出してくれ!!」


 しかし、ほとんどの看守は既に逃げ出しており、イズカンの声は届かない。


「おーい!!早くここから出せ!!おーい!!」


 しばらく叫び続けたが、全く反応がない。


「クソッ!ぶち破るしかねぇ!」


 そう言ってイズカンは扉を破壊しにかかる。思い切りタックルするが、やはり頑丈でビクともしない。何度も何度も繰り返したが、傷1つ付かない。


「はぁはぁ…堅すぎだろ。でもやるしかねぇ!」


「おい!イズカン!いるか?」


「オリュンさん!!」


 イズカンの扉を破壊しようとする激しい音によってオリュンが駆けつけてくれた。オリュンはすぐに鍵を使って扉を開ける。


「極道どもが進行を始めた。後、2時間もすればこの辺りは戦場になる。さっさと逃げるぞ。」


「オリュンさん、あの女…水瀬菖蒲はどこにいますか?」


「は?お前まさか助けに行こうとしてんのか?」


「ええ、お願いします。教えて下さい。」


 そう言ってイズカンはオリュンに頭を下げる。それを見たオリュンは大きなため息をつく。


「はぁああ…お前がまさか人助けとはな。…分かった。水瀬菖蒲は所長室にいるはずだ。」


「確か最上階の奥の部屋ですよね?ありがとうございます!では。」


 走り出したイズカンをオリュンは制止する。


「待て!所長室には所長だけじゃなく護衛もいるはずだ。それに、もうすぐ将軍殿がここにやってくる。水瀬菖蒲を人質にするためにな。だから急げ。」


「わざわざありがとうございます。シャバで会ったら、この恩は必ず返します。」


「おう!楽しみにしてるぞ。」


 そうしてイズカンは所長室へ一直線に走っていった。もう殆どの人間が逃げ出しており、道中で何人かすれ違ったが、皆逃げるのに必死で看守さえもイズカンを無視して逃げ出していた。

 そして、所長室に辿り着くと勢いよく扉を開けた。そこに広がる光景にイズカンは絶句する。

 そこには血塗れで倒れる所長と思われる人間と、床に座り込む水瀬がいた。水瀬の手にはナイフが握られており、顔には返り血が付いていた。


「おい!大丈夫か!?」


「貴方…こんな所まで来たのね。早く逃げないと殺されるわよ。」


「それはお前も一緒だろ。早く逃げるぞ。」


 イズカンはそう言って手を差し伸べるが、水瀬は取ろうとしない。


「…何言ってるのよ。ここに攻め込んで来てるのは私の仲間たちなのよ?私はこのまま居れば助けてもらえるわ。」


「いや、将軍とか言う奴がここに向かってきてるらしいじゃねぇか。そいつに捕まったら人質にされちまうんだろ?だから逃げねぇと。」


「そんな事まで知ってるのね…そうよ。でもまだあの男が来るまで30分はかかるわ。もしかしたら仲間たちの方が…」


「いや、極道たちが来るのは2時間後だと聞いた。ヤツの方が早い。だから早く逃げよう。」


 それを聞いても水瀬の態度は変わらない。


「貴方は早く逃げて…私はここに残るわ。」


「何を言ってるんだ!!早く一緒に…その足、もしかして…」


 イズカンが水瀬の足を見ると、足首が青紫に変色しており、まともに歩ける状態ではなかった。


「さっきこの男を殺す時に捻っちゃってね。私はもう歩けないわ。だから、早く逃げて。」


「そんな事なら大丈夫だ。俺が背負って逃げる。お前みたいなガリガリ女なら余裕で背負える。ほら、掴まれよ。」


 イズカンは水瀬の前にしゃがんで乗るように促すが、水瀬は受け入れようとしない。そして、水瀬は腹をさすりながら悲しそうに話す。


「違うのよ…私は逃げられないの。身体の中に…爆弾が埋め込まれているの。逃げ出した所でどうせ殺されちゃうの。」


「何だって!!クソッ!どこまでクズなんだ!!」


 イズカンは怒りで地面に拳を叩きつける。


「うふふ…私のために怒ってくれてありがとう。分かったら早く逃げて。私の事はいいから。」


 そう言って水瀬はイズカンに笑顔を見せる。しかし、イズカンは入ってきた時の光景を思い出した。


「お前…この場で死ぬ気だっただろ。」


「…そうね…アイツがここに来たら私は人質にされてしまうわ。そうしたら他の組員(みんな)が殺されてしまうかもしれない。私のせいで皆んなが死ぬのだけは絶対にイヤなの。だから…うぷっ!」


 水瀬が言い終わる前に、イズカンが水瀬の唇を奪った。


「…貴方…何を…キャ!」


 イズカンは水瀬の服を脱がして………






「はぁはぁ…」


「はぁはぁ…こんな時に何してんのよ…変態。」


「すまん。俺も我慢出来なかった。」


 事を終えた2人は、顔を赤らめながら話す。イズカンは背後から地面に座る水瀬を抱きしめる。水瀬も幸せそうにイズカンの腕に手をかける。

 しばらくそのままでいると、外にヘリコプターの音が聞こえる。それに気付いた水瀬はゆっくりとイズカンに話しかける。


「時間みたいね。このまま貴方の手で終わらせてくれないかしら?」


 そう言って水瀬はイズカンの腕を指でなぞる。


「……分かった。」


 少しの沈黙の後、イズカンは小さく呟く。


「ありがとう。それといくつかお願いしていいかしら?私を殺した後、私って分からない様に死体をバラバラにして欲しいの。」


「な!なぜそんな事を!!」


「私が綺麗な死体で残ってたら、身体を操られたりしたら人質として使われるかも知らないでしょ?だから念には念を入れてね。」


「それは…俺には出来ない!そんな事…出来るわけないだろ!!それは人間の所業じゃねぇ!」


「お願い。私の死が無駄になってしまうかもしれない。」


 そう言って水瀬は真剣な表情で懇願する。イズカンは心の中で激しく葛藤した後、声を絞り出す。


「グゥ!!…わ、分かった!」


「無理をさせてごめんなさいね。それともう一つ…隣の部屋に私の子供がいるわ。運良く、白の属性らしいから貴方が連れて行って欲しいの。」


「分かった。」


「うふふ…いつもの貴方らしくないわね。貴方は笑っているのが一番素敵よ。さぁ、もう時間よ。それじゃあお願い。」


 そう言って水瀬は力を抜いて目を瞑る。イズカンはその覚悟を受け取って、そのまま水瀬の首に腕をかける。


「一瞬で終わらせる。…俺の事は恨んでくれていい。」


「恨むわけないわ。あの毎日の貴方の話はとっても楽しかったわ。今まで本当にありがとう。イズカン、大好きよ。」


「ああ、俺も楽しかった。ありがとう菖蒲、俺も好きだ。」


 その言葉と共にイズカンは水瀬の首の頸椎を捻り折った。それによって水瀬は即死した。全身の力が抜けて倒れそうになるが、イズカンはそれを止めて支えて再び抱きしめる。


「菖蒲…菖蒲!すまない…すまない!!」


 イズカンの慟哭が部屋に響き渡った。その後水瀬の遺体を丁寧に床に置き、顔を見ると本当に安らかな顔で死んでいた。それを見て、イズカンは再び涙が溢れ出るが、ヘリコプターが屋上に止まった音がした。


「チッ!時間がねぇ!」


 死体をバラバラにする時間は既に無かった。そこでイズカンは水瀬の顔を潰す事にした。思い切り拳を振りかぶるが、一度顔の前で止まる。その瞬間、最期の水瀬の笑顔が脳内に流れ込んできて、イズカンの決意を邪魔する。


「グゥ!菖蒲!すまねぇ!!!うぉおお!!」


 その躊躇を断ち切って、止めた拳を再び振りかぶる。そして、凄まじいパンチで水瀬の顔を殴りつけた。何度も何度も殴りつけるが、その度に頬から涙がこぼれ落ちる。何度目かで顔の原形が無くなった所で、イズカンは殴るのをやめた。そして、次の目的のために水瀬の遺体を放置して部屋の扉に手をかける。


「菖蒲…次は地獄で会おう。さっき殴った分は地獄で10倍にして殴ってくれ!じゃあな!」


 そうして、所長室を後にする。すぐに隣の部屋の扉を開いて、ベビーベッドに乗せられている赤子を見つける。イズカンはその赤子を丁寧に抱え、急いで刑務所を脱出した。運良くそのまま敷地外に逃げられたイズカンはとにかく走った。遠くへ遠くへ…



 そして、イズカンは辿り着いた街でとある施設を見つけ、門を叩いた。


「はい…どなたですか?」


 出てきたのは優しそうなお爺さんだった。


「この子を預けたい。戦争で両親を失ってる。」


 イズカンが訪れたのは孤児院だった。そして抱えた赤子をお爺さんに優しく手渡す。


「なんと…分かりました。この子は我々が責任を持って預かりましょう。」


「ああ…よろしく頼む。それじゃあ。」


 そう言って帰ろうとしたイズカンをその老人が止める。


「ちょっとお待ちを、この子の名前は何と言うのですか?」


「名前?そんなの知らねぇよ。あんたが付けてくれ。」


「そう言うワケにはいきません。名前が無い場合は連れてきて頂いた方に名前を付けて頂く決まりですので。」


 そう言われて、イズカンは頭を悩ませる。

 少し考えた後、結論を出した。


「じゃあ、俺の親父の名前をそのまま使おう。コイツはヴァルスだ!でも、ヴァルス・リャームドは不味いな。あやめ…リャームド…あや…ムド…アラムド!コイツの名前はヴァルス・アラムドだ!」


「ヴァルス・アラムド君ですね。とても良い名前です。あとはお任せください。」


「ああ、任せる。ヴァルス、お前と話せるのもこれで最期だ。強く生きろ。じゃあな。」


 そう言って最後にヴァルスの顔を見た後、孤児院を後にした。




 数日後、イズカンが向かったのはとある居酒屋だった。そこには2人の男とフードで顔を隠した女がいた。


「アンタらが皇帝をぶっ殺そうとしてるイかれた連中か。」


 それを聞いてフードの女が机を叩いて怒りを露わにする。


「おい、誰だ貴様は。帝国軍の刺客か?もしそうならここで殺すぞ。」


 対して、ガタイのいい、もう1人の男が肘を机につきながら話す。


「落ち着いてよ、カオリーちゃん。帝国軍なら、俺たちを見つけた時点で殺しに来てる。こんな登場の仕方しないって。」


「話が分かるじゃねぇか。じゃあ早速本題だが、俺もお前らの仲間に加えてくれねぇか?同胞募集中なんだろ?」


 イズカンは余った1つの席にドカっと腰掛けてそう言い放った。


「アンドレ、どうする?」


 それを聞いた先ほどの男はもう1人のリーダーと思われる優男に話しかける。


「アンドレ、私は反対だ。こんな軽薄な男が1人目の仲間なんて…」


 フードの女は機嫌が悪そうに反対する。


「そうだなぁ…じゃあ一つだけ質問するね。君はなぜ僕たちの仲間になりたいのかな?君の本心を教えてくれ。」


 アンドレと呼ばれた優男は少し考えてからイズカンに質問をする。


「この世には許しちゃいけねぇ悪がある。帝国軍東軍軍隊長『ニールズ・エリドラ』、コイツだけは許せねぇ。アイツの仇は俺が取る。」


 イズカンは強烈な怒りの表情を見せる。それに対してアンドレは毅然として答える。


「私怨か…大切な人が殺されたんだね。でも、それだけで君を仲間にする事はできない。」


「ああ…そうだろうな。だが、もう一つある。俺の大切な人…アイツは戦争の根絶を願ってた…だから、ニールズを殺したら、今度は皇帝を殺す。そして帝国の暴挙を終わらせて、アイツの望んだ世界を創る。それが俺のもう一つの譲れねぇ信念だ。」


 それを聞いてアンドレは笑顔になる。


「君の気持ちは十分に伝わった!いいだろう!戦争を終わらせる事は僕たちの最終目標でもある!歓迎するよ!」


 そう言ってアンドレは手を差し出す。イズカンもそれを取った。


「僕はアンドレ・カルヌーイ。君の名前を教えてくれないか?」


「俺はイズカン・リャームド。よろしくな、リーダー。」

イズカンがヴァルスを孤児院に預けた理由は3つあります。

一つ目は、自分の過去に重ねた事。父子家庭で育ったイズカンは、ヴァルスには自分のようなクズになって欲しくありませんでした。

二つ目は、理由はどうあれ、実の母親を殺している事に罪悪感を感じており、親となる事を拒みました。

三つ目は、これから自分がやる事(復讐)に巻き込まないようにするためです。

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