38 頼み(白)
「…ヴァルス・アラムド…」
「リシェル!それと…あの時の!リシェルのお母さんか!にしても車椅子で、口から血が…またリシェルにやられたんですか?」
「またって何よ!?それに今回は私がやったわけじゃないわ!…いや、私のせいと言えばそうなのかも…」
間接的に関わっているリシェルは混乱するが、ヴァルスは続ける。
「それより、リシェルお前!なんでここに来たんだ!退路を確保してくれと頼んだだろうが。」
「それはちゃんとやったわよ。でも、ママに捕まっちゃったんだから仕方ないでしょ?」
「捕まった…?よく分からんが、目的は果たした。さっさと脱出するぞ。お母さん?は…」
目的を果たしたヴァルスはリシェルと撤退しようとするが、立松が止める。
「待て、目的を果たしたと言ったな。岸を殺したのか?」
「いいえ、殺してはいません。俺の目的はこの人の暴走を止める事、とりあえずは組長になる事を阻止できればいいんです。」
それを聞いた立松は倒れた岸の方を見ると、自分と同じで手首が落とされているのを確認した。
「なるほど…殺さなかったのか。どこまでも甘い男だ…ヴァルス、私はお前に話があって来た。」
そう言って車椅子をヴァルスの近くまで走らせる。目の前までくると、立松は頭を下げる。
「先ずは、私の大切な娘を助けてくれた事を感謝させてくれ。本当にありがとう。」
そして、そのまま続ける。
「お前が命をかけてリシェルを守ってくれた事も知っている。どんな理由があったかは知らないが、お前が娘の恩人である事には変わりない。どうか、これからも一緒にいてやってくれ。」
「いえ、俺もまだまだ未熟です。リシェルの事は必ず守ると誓いましたが、何度も危険に晒してしまっています。でも、これからもっと強くなって彼女を守り抜きますので、安心してください。」
「そうか…いい覚悟だ。私の唯一の…いや、大切な娘の1人だ。どうかよろしく頼む。」
ヴァルスの覚悟を聞いた立松は笑顔で答える。
「ちょっと、私は守られてばっかじゃないんだけど?2人して私をお荷物扱いしないでくれるかしら?私だって頑張って努力してるのよ。」
リシェルのツッコミにも立松は笑顔を見せる。しかし、その直後に真剣な表情に変わる。
「ふぅ…では、本題に入らせてもらう。ヴァルス・アラムド、ここで私と戦え。」
そう言って立松は車椅子から立ち上がる。
「戦うって…俺とですか?」
「は?ママ、何言ってるの?それに立ち上がったらまた傷が…」
そうして心配するリシェルに笑顔を向けながら頭を撫でる姿はまさに親子だった。しかし、ヴァルスの方を向き直って再び答える。
「ヴァルス、柏木組襲撃のあの日、お前は私の弟分である田淵を殺した。その落とし前を付けてもらう。リスペルでは、リシェルを庇って気絶したお前を殺すのは仁義に反すると思ったから見逃したが、今日は別だ。組に侵入した挙句、目の前で私の同期が倒された。このまま見逃す訳にはいかん。」
「それは…」
ヴァルスは何も言えなかった。そのまま立松は続ける。
「リシェルがここまで懐いている男だ。お前にも事情があったのだろう。だが、私にとって田淵は苦楽を共にした可愛い舎弟だ。お前の事情など関係ない。今ここで彼の仇を取らせてもらう。」
「ママ…」
ヴァルスはそれを聞いて黙っていたが、少ししてから結論を出す。
「分かりました。でも、俺も無抵抗に殺されるワケにはいきません。リミ姉の夢、リシェルとの約束、俺にだって譲れないものがある。」
ヴァルスはそう言って両手を構える。
「ああ、それでいい。では、行くぞ。」
立松もそう言って右手を前に出す。しかし、その瞬間、リシェルが2人の間に入る。
「待って!2人とも落ち着いてよ!何で2人が殺し合わなくちゃいけないの!?ヴァルス!貴方も何か言ってよ!」
「…リシェル、俺はこの人の大切な人を殺した。俺はその事を後悔しているワケじゃない。あの時、彼を殺さなければ、俺が殺されていた。だけどせめて、俺はこの人の思いを正面から受け止め無ければならない。だから、そこで見ていてくれ。」
「リシェル、人には誰でも譲れないモノがある。あの時、お前が命をかけてリスペルに戻ったように、私にも譲れない矜持があるんだ。だからどいてくれ。」
そう言って立松はリシェルを抱き上げて頭を撫でる。
「うう…分かったわ!でも、今はダメよ!だってママ…左腕もお腹も、そんなに大怪我してて戦えるワケが無いじゃない!」
傷が開いた立松の腹からは血が流れて続けている。 左腕も爆発の影響でボロボロで、ほとんど使い物にならなかった。
「ああそうだな…だが、そんな事は関係ないんだ。私は見てしまったんだ。田淵が死んだ事で、絶望し涙を流す後輩たちを。あの日の葬式の後の、香夜の慟哭を。彼らの怨みを全て背負って私は彼と戦わねばならない。」
立松はリシェルを少し離れた場所まで持っていく。
「何でよ!!私に会えて嬉しいんでしょ!?私は生きて帰ってきたのに…なんでわざわざ死にに行くような事するのよ!!」
それを聞いた立松は笑顔を見せる。
「ふふふ、あの時と立場が逆転したな。私の気持ちが少しは分かってくれたか?でも、安心しろ。死ぬ気など毛頭ない。必ず私が勝って見せる。彼を殺したら、あちらに居場所が無くなるだろうから、こっちで一緒に暮らそう。そうしたら…いや、これ以上は終わってから話そう。」
そうして、立松はリシェルの頬にキスをする。
「愛しているぞ、リシェル。」
そう言ってリシェルに背を向けてヴァルスの方へ歩き出す。
「ママ…嘘つき!ママなんて…ママなんて!!」
リシェルには最後の言葉を発する事が出来なかった。
そして、立松はヴァルスの前に立つ。
「待たせたな。同情を誘ってしまったようで申し訳ないが、この傷の事は気にしなくていい。お前には何の関係もない。さて、殺す気で行かせてもらう。お前も手加減などするんじゃないぞ。」
「分かりました。では、行きます!」
先に飛び出したのはヴァルスだった。強烈な踏み込みで距離を潰して、右手の拳を放つ。
立松はギリギリで顔を捻って回避するが、掠った頬が少し切れる。しかし、それを読んでいたヴァルスは左手での強烈なパンチを腹部に放つ。立松はそれを回避する事ができず、まともに喰らってしまう。
「ゴハァ!」
「ママ!!」
さらに傷口が開き、大量の血を吐き出す。しかし、立松には狙いがあった。既に殴られた左腕を右手で掴んでおり、能力を使って思い切り握った。
「グッ!はぁああ!」
「グハァ!!」
立松の脅威的な握力によってヴァルスの左腕は甚大なダメージを受けるが、それと同時に左手の電撃を発動させて立松に与える。しかし、少し手が離れた事で威力が下がり、気絶するまでには至らなかった。
ヴァルスは一度下がって左腕の状態を見るが、筋組織が一部破壊されており、もうほとんど使い物にならなかった。
「うぷっ!ハァハァ…どうした、もう終わりか…」
立松は腹の傷で再び吐血しそうになる所を何とか飲み込んだ。
「今度はこっちから行くぞ!」
立松はヴァルスとの距離を詰める。しかし、怪我の影響からか、そこまでのスピードは無く、右手で掴みに来た所に蹴りでカウンターを飛ばす。それは立松の脇腹にモロに突き刺さり、肋が折れる音がする。
しかし、それでも立松は止まる事なく、ヴァルスの左腕を再び掴んで潰した。
「ぐぅうう!!はぁああ!!」
その瞬間、ヴァルスは逆に右手で立松の右腕を掴み、手首を折った。
「グッ!まだだぁあ!!」
立松は左足でヴァルスに金的を放つが、右手の能力を発動させたヴァルスの指が立松の左足に突き刺さる。
「チッ!」
そして、バランスを崩した立松の腹にヴァルスの指が突き刺さる。
「はぁはぁ…何のつもりだ…」
ヴァルスの指は立松の腹のギリギリで止まっており、まだ穿たれてはいなかった。
「…俺の勝ちです。降参してください。これ以上動けば、本当に死んでしまいます!!」
「はぁはぁ…何を寝ぼけているんだ。死が怖くて極道など務まるものかぁ!!」
そう叫びながら立松はヴァルスに攻撃すべく前に出た。それによってヴァルスの指がそのまま腹に突き刺さる。ヴァルスの指によって傷口が更に抉られ、完全に致命傷となったが、立松は前に出るのをやめない。
「…ブフゥウ!ハァアアア!!!」
指がさらに奥に食い込むが、それを無視して前進する立松は口から流れ出る血を霧のようにヴァルスに向けて吐き出した。ヴァルスの視界が赤に染まり、一瞬隙ができた。
先ほど折られた右手首をそのままヴァルスの腹に打ち込むが、ヴァルスもギリギリでガードする。
しかしそれは立松のブラフであり、ヴァルスがガードした瞬間、唯一動かせる手首がないボロボロの左腕を振り上げ、ヴァルスの喉に渾身の一撃を加えた。しかし、怪我でほとんど力の入っていなかったそれはヴァルスの防御を貫けず、弾かれる。
「…くそ…ゴフッ…」
抉られた腹の傷によって、夥しい量の血が口と腹から流れ出る。やがて全身の力を失った立松はその場に仰向けで倒れる。
「ママ!!」
リシェルは急いで立松の元へ駆け寄るが、状況は最悪だった。腹の傷は更に広がり、激しく出血を続ける。目の焦点がボヤけ、全身が痙攣を始める。明らかな致命傷だったが、それでもリシェルは服を破って必死に止血を試みる。
「ママ!しっかりして!まだ助かる!!」
しかし、止血しようにも既に失った血が多すぎて、どうしようもなかった。最期に弱々しく立松が話し始める。
「…リシェル…いるのか…もっと近くまで…きてくれ…ゴフッ!」
既に立松の目はほとんど見えていなかった。
「ママ!ここにいるわ!大丈夫よ!私が助ける!」
「…ありがとう…だが、もう無駄だ…」
「ママ!!もう喋らないで!!ヴァルス!貴方も手伝って!!」
ヴァルスはそれを聞いても動かない。真剣に立松を見続けていた。
「見事だった…ヴァルス…私の負けだ……最期に一つ…一つだけ頼みがある…聞いてくれないか?」
「はい。何でしょうか?」
立松は最期に笑顔でヴァルスに頼みを伝える。
「……もし、お前にその気があるなら…私の娘を…リシェルを嫁にもらってやってくれないか…お前になら任せられる……」
「ちょっと!こんな時にふざけてる場合じゃないでしょ!!」
リシェルは止血を続けながら、顔を赤らめて怒る。
それを聞いたヴァルスも驚きの表情を見せる。そして少し考えた後に真剣な眼差しで答える。
「…分かりました。全てが終わったら、俺が結婚してリシェルを幸せにします。だから…安心して見ててください。」
「貴方まで、何言ってんの!!ママ!お願いだから死なないで!!ママ!!」
「…頼んだぞ…ヴァルス・アラムド……リシェル…2人で幸せにな…………か…や…………」
立松華織はリシェルの腕の中で息を引き取った。




