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36 原動力(白)

 ヴァルスの攻撃をモロに受けて死を待つだけと思われたが、まだ岸には意識が残っていた。


「はぁはぁ…なぜだ…心臓を貫けば殺せたはず…なぜ殺さなかった!?」


 ヴァルスは無抵抗となった岸の心臓目掛けて放った突きの軌道をギリギリで変えて腹部を突いていた。それによって岸は死を免れていた。


「だって…貴方はいい人だと思ったから…貴方の拳は真っ直ぐで邪念なんて全く感じなかった。だから生かしました。」


「…ふざけるな…ゴフッ、俺を殺しに来たんだろ。さっさとやれ。敵の情けなど受けん!」


「情けじゃありません。そもそも貴方と闘いにきた理由は貴方を組長にさせない為なんです。俺たちも柏木組との全面戦争はしたくない。貴方は嘘をつけない人だ。この場で組長を諦めると言ってくれれば、俺はこのまま帰ります。」


 それを聞いた岸は血を吐きながら怒りを露わにする。


「ふざけるな!俺が貴様らクズどもの要求を飲むわけがないという話だ!!さっさと殺せ!」


「…そうですか。では教えてください。貴方のその怒りの原動力を。」


 そう言ってヴァルスは右手の人差し指を立てる。それをみて岸は死を悟ったかのように話し出す。


「…お前のような若い軍人は知らないのも無理はない。ならば教えてやろう。20年前、俺の尊敬する姉貴分が和平の使者としてお前ら帝国を訪れた。しかしお前ら帝国軍は、姉貴を裏切り幽閉し、人質としてコチラに大量の金銭とシマを要求してきた!俺たちが姉貴を奪還するために攻め込んだら、負けを悟った奴らは憂さ晴らしで姉貴の尊厳を踏みにじって殺したのだ!あの時の光景は毎日のように夢に見る。あんなに良い人が…強くてカッコいい俺の恩人が…何であんなに残酷な死に方をしなければならない!…俺は絶望のまま死んでいった姉貴の無念を晴らす。誰に何と言われようと、貴様ら帝国人は皆殺しにすると言う話だ!!」


 衝撃の過去を聞いたヴァルスは悲しそうに岸に話しかける。


「…そんな過去があったんですね…それでも、俺にも信念がある。今は亡き姉との約束を、2人の夢を叶える為に貴方を野放しには出来ません。」


 そう言ってヴァルスは右手を振り上げ人差し指を突き立てる。


「…グゥウ!?」


 殺意を込めたヴァルスの人差し指は心臓ではなく、岸の右腕に刺さった。ヴァルスはそのまま指をスライドさせ、岸の手首を切り落とした。


「グッ!はぁはぁ…な、何をしている!?」


 切られた直後からヴァルスは岸の腕を止血し始める。


「ここを出たら、貴方の仲間を呼びます。それまでは死なないでくださいよ。」


 そんなヴァルスに岸が驚きをみせる。


「…帝国軍人なのに…クズどもの仲間なのに、なぜ俺を殺さない?俺はいつかお前たちの脅威になるぞ。お前の親しい人間を殺すかもしれない。殺さない理由はないはずだ。」


 それを聞いたヴァルスは少し間を置いてから答える。


「…そうですね。もしそうなったら、今度こそ貴方を殺しますよ。でも、潜在的な脅威と言うだけで全員殺していたら、それこそ戦争好きの上層部と同じ考え方ですからね。本来なら貴方をここで殺すべきなんでしょうけど…何故か貴方と俺は無関係では無い気がしていて、俺の本能が貴方を殺すなと言っているんですよ。理由は分かりませんが…」


「….甘い考え方だ。そんな事ではいつか大切な人を失うぞ…………」


 腹と腕の出血から限界を迎えた岸はその場で気を失ってしまった。

 気絶した岸を上から眺めながらヴァルスは思案を巡らせる。


「本当にこれでよかったのか…でも、右手は切り落とした。これでもう組長にはなれないはず。早く撤退を皆んなに知らせないと…ってええ!?


 ヴァルスが岸をそのままにして、部屋を出ようとした際にちょうど部屋の扉が開く。


「ヴァルス!!大丈夫!?」


 そこに入ってきたのは入口を見張っているはずのリシェルだった。しかし、ヴァルスが驚いたのはそこではなく、後ろから入ってくるもう1人の女だった。


「…ヴァルス・アラムド…」


 部屋に入ってきたのは車椅子に乗ったまま鋭い視線を向けてくる立松だった。

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