AA 強者(黒)
「ここは…私は何で…」
香夜はとある部屋のベッドで目が覚めた。無理矢理解いた左腕は新しくギプスが巻かれており、右手には手錠がかけられていて、ベッドの隣の柱に繋がれていた。
「ようやく起きたか。悪いな、お前を眠らせて無理矢理に連れてきた。お前はここでしばらく軟禁させてもらう。」
状況を理解した香夜は、立松に怒りを露わにする。
「軟禁って…なんでよ!私はアイツの仇を取りたいだけなのに!こんな怪我なんか全然大丈夫なんだから!」
「ダメだ。とにかくその左腕が治るまでは当面の間ここにいてもらう。その右手は逃げ出さないためだ。」
「立松姐さん、なんでここまでするの!?私がどう生きようが私の勝手でしょ!?勝谷は出会って1年くらいしか経ってないけど、私の同期で友達だったの!あいつを殺した男は私に殺させて!!お願い!」
「…ダメだ。『憚』は帝国の奴らと違って卑怯で容赦がない。冷静さを失ったお前を1人で戦わせるわけにはいかん。百歩譲ってもお前の怪我が治ってからだ。それまでは勝手な行動は許さん。私はな、田淵からお前のことを託されたんだ。お前の事は昔から本当の娘のように思っていた。実の娘を2度も失った私にはもうお前しかいないんだ。だから…お前の命はお前だけのものじゃない。これ以上我儘を言うな。これはカシラからの命令でもある。」
田淵とカシラの名前を出されて、流石の香夜も溜飲を下げる。
「…分かったわ。しばらくは大人しくしとく。」
香夜は何かを企んでいる表情でベッドに潜った。
「ああ、妙な事はするなよ。」
そのタイミングで立松の電話が鳴った。
「私だ。…何!襲撃だと!?場所は?…B区画だな、あっ!コラ!香夜!」
「ふんっ!イッタァー…でもこんなもので私が諦めるわけないでしょ。」
立松の電話を聞いていた香夜は右手の手錠から無理矢理に手を引き抜いた。右手の皮はめくれ血が滴るが、既に窓を開けてそこに足をかけており、立松に手を振りながら病室から脱出した。そしてそのまま、目的のB区画へ向かって走り始めた。
「イタタ…右手はめちゃくちゃ痛いけど、何とかなるかな。にしても、姐さんも詰めが甘いなぁ。あんな手錠1つで私を抑えられるわけないのにね。後で怒られるだろうけど、関係ないもんね。娘の反抗期を受け入れるのも母親の度量だよね。さて、先ずは武器を調達しなきゃ…ギィイイ!!」
走っていた香夜の首筋にいきなり激痛が走った。
(な、なに…いきなり電流が…やばい…い…しきが…)
香夜はその場に倒れて再び気絶してしまった。
「ああ、何でもない。今すぐに道草を向かわせる。…全く、そのお転婆は誰に似たのか。だが、詰めが甘かったな。今度は逃げられないようにしないとな…言いつけを破った罰としてあれを使うか。」
病室から歩いて来た立松は、そう言って電話を切って香夜を再び抱えて病室に戻った。
「道草か…全員倒したな。ああ…引き続き頼む。」
「姐さん…またここに…」
香夜は再び先ほどのベッドの上で目覚めた。しかし、全身に明らかな違和感がある。
「起きたか、気分はどうだ?」
「あの…身体が全く動かないんですけど…何したんですか?」
「お前は拘束しても逃げるからな。本来、拷問用に使う全身麻酔を投与している。話す事はできるが、首から下は全く動かせないはずだ。」
「ふん!ふーーん!グッ!ハァハァ…ダメだ、指一本動かせない。」
香夜は全身を動かそうとするが、頭を揺らすだけで全く動けなかった。右腕のところを見ると、点滴のようなものが装着されていた。
「もう観念しろ。私の言いつけを破った罰で今日一日はこのままだ。」
絶望の宣告を受けた香夜は、顔を真っ青にして駄々を捏ねる。
「こんなんじゃ、ご飯も食べられないじゃない!助けてー!!誰かー!!」
「安心しろ、私が世話をしてやる。今日一日は一緒だ。」
「ヤダヤダー!!こんなの酷いよー!!」
香夜は喚くだけで、ジタバタする事すらできない。
「お前が諦めると言えば解放してやってもいいが?」
「こんなのただの拷問じゃない!鬼!鬼畜!ドS!変態!もう、立松姐さんなんか大嫌いよ!!」
香夜の罵倒で立松も精神的ダメージを受ける。しかし、香夜を守るために立松も決意を固める。
「うっ!…いや、私は鬼になると決めたんだ。…3度も大切な娘を失うワケにはいかないんだ。」
「私は姐さんの娘なんかじゃないわ!私はお父さんとおじちゃんの娘なの!…ふふっ!でもそうね、おじちゃんとそう言う関係だった姐さんもある意味ではお母さんかもね!」
ヤケになって立松を煽り始めた香夜は立松の過去を揶揄い始めた。
「……2日間に延長だ。」
少しムカついた立松は延期を宣言する。
「ちょっと!!それは無しでしょ!!姐さん、ごめんなさい!!私は姐さんの娘よー!!」
「2日だ。分かったな。」
「…はーい。……終わったら、みんなに姐さんのあることないこと言いふらしてやるんだから…」
香夜は小さな声で呟いたが、立松にはバッチリ聞こえていた。
「3日だ。」
「もうー!ごめんなさいって!!冗談だからー!!」
香夜の地獄の3日間が始まった。
「立松姐さん、暇です。何か話してください。」
香夜は身体が動かせないので、基本的に何もできない。
立松は香夜の世話をする為に病室の一部を改造して、そこで仕事をしていた。
「そうだな。では、この教材を見て勉強しろ。」
そう言って立松は何本かのDVDを取り出して、香夜の前にあるテレビを起動させた。
「何これ?」
「これは柏木組の歴史や、極道としてのあり方を教えてくれる映像だ。昔は入門したばかりの新人が見せられた。お前も将来、組長になりたいのなら観ておかねばならん。」
「ええー、面白いヤツにしてよー。」
「一本で3時間ある。見終わったらテストするから、満点を取れなかったら、もう一本観てもらう。」
「そんなの無理よ!絶対途中で寝ちゃうわ!」
「安心しろ、お前の右腕から注射されてる液体には、麻酔薬とは別に眠気を無くさせる薬も入っている。途中で寝る心配はない。」
「チッ、本当にただの拷問じゃない。分かったわ、いいから早く見せて。」
何もできないストレスが溜まってきた香夜は、それを立松にぶつけるが、立松はスルーした。
映像はしっかり3時間あり、香夜は退屈そうに眺めていた。全てを見終わった香夜は、仕事をしている立松を呼ぶ。
「立松姐さん、見終わったわよ。本当に退屈だったわ。」
「そうか…ではテストをしようか。先ずは、映像の最初に出てきた当時のカシラの名前は何だった?」
「岩谷五郎さんでしょ。」
「…正解だ。では次は…
立松は映像に関する様々な質問をするが、香夜は全て完璧に答える。それどころか、立松のうろ覚えだったところを指摘してしまうほどだった。
「…完璧だ。やはり、頭の良さは異常だな。香夜、お前もしかしたら王属性なんじゃないか?」
「アンドレさんにも似たような事言われたわ。でも、肝心の能力が使えないんだから意味ないのよ。それがあればアイツにも勝てたかもしれないのに…」
「ふむ…しかし、お前の両親は王属性では無かったはずだ。ただ頭が良いだけの別属性なのか…」
「ねぇ、全問正解したんだから明日からは自由にしてもいいんじゃないかしら。もう充分に反省したし、ここまでされて逃げ出したりはしないわ。」
「…ダメだ。あと2日はこのままだ。」
「チッ、本当に頑固なんだから。」
「何か言ったか?」
「いや、何にも言ってないよー。」
そして、香夜の地獄の1日目が終わり、2日目となった。寝ている間は、麻酔薬から睡眠薬に切り替えられており、起きる頃には再び麻酔薬が入れられていた。
「…ああ、身体が動かないんだったわ。最低の気分ね。姐さんも大変でしょう。今日はもういいんじゃないかしら?」
「ちょうど起こそうと思っていたところだ。それに、私は全く問題ないぞ。娘が1歳になるまでは私が世話をしていたんだからな。昔を思い出して寧ろ楽しいくらいだ。」
「…ほんとに親バカね。それで、今日は何をすればいいの?」
「ああ…それなんだが、もうすぐ来るはずだ。」
「誰が来るのよ?…うっ!!」
その瞬間、香夜は強烈な気配を感じた。動かせない身体を必死に動かそうとするが、全く動かない。
「姐さん!ヤバいわ!!バケモノが来る!!」
香夜は唯一動かせる首を部屋の入口の方に向けて、その扉をじっと見つめる。立松も冷や汗を流すが、焦る事なくゆっくりと立ち上がって扉の横に立つ。
やがて扉が開いて入って来たのはカシラだった。
「よう、香夜。元気してるか?」
「カシラ!ヤバいです!とんでもないヤツが来ます!!早く逃げてください!!」
いつも通り、笑顔で話しかける松林に対して香夜は必死の形相で危機を伝える。
「とんでもないヤツとは、俺の事か?」
そうして松林の後ろから部屋に入って来た男は30代中盤と思われる顔で、袴に草履を履いており、何よりも尋常ではない強者の雰囲気を纏っていた。
その男が部屋に入ると、立松はその男に頭を下げる。
そして、冷や汗を垂れ流す香夜に対してカシラが口を開く。
「香夜、お前が会いたがっていた人を連れて来たぞ。」
紹介された男は答える。
「俺が鈴木将士だ。よろしくな。」
次回から(白)です。




