23 病室(白)
「ああ…暇だ。」
ヴァルスはリスペルの病院の病室で1人ごちる。左腕にはギプスが巻かれておりほとんど動かせず、右手の人差し指も折れているため自分では何もできない状態だった。他のメンバーは既に帰っており、見舞いに来る事もない。一人を除いては。
「ヴァルス!今日も来たわよ。」
そう言って病室に入って来たのはリシェルだ。
「今日も孤児院の帰りか?」
「ええ、今日はシチューを作ってあげたの。」
「そうか…俺は暇すぎて死にそうだ。」
「まぁその怪我じゃ大変よね。でも、私が来てあげてるんだから感謝しなさいよ。」
「ああ、ありがとうな。ところで、お前はいつまでここにいるんだ?軍に入るって言ってなかったか?」
「ええ、あっちの孤児院が完成するまではこっちで面倒を見ておけってあの偉そうな人が言ってたの。あと一月ぐらいかしらね。」
「俺も全治1ヶ月と言われたからな。ちょうどいいな。」
「動けるようになったら一緒に孤児院に行きましょう。あの子達も喜ぶわ。」
「次は恋人だと勘違いされないように言っておけよ。こっちも迷惑だからな。」
「…ふん。貴方に言われるまでも無いわよ。」
それを聞いたリシェルは少し不満そうな顔で答えた。
「あっ!そういえばあの時、母親に会ったって言ってたな。どんな人だったんだ?」
それを聞いたリシェルは寂しそうな表情をしながら答える。
「母親…そうね…強くて優しくてとても真っ直ぐな人だったわ。そして、こんな私を大切な娘だと、愛していると言ってくれたわ。でも、私を捨てたのは変わらない事実。その事だけは簡単に許す事はできないわ。…でも、そのおかげで今の私があるんだから感謝するべきかもね。それに彼女には貴方も会っているわよ。あの時に貴方をハンマーで殴った極道の後ろにいた女の人よ。」
ヴァルスは当時の光景からその人の顔を思い出した。
「…ああ、あの人か。まさか、あの人が母親だったのか。とんでもない偶然だな。そうか…俺が何故殺されなかったか疑問だったが、お前の母親が助けてくれたって事か。なら、今俺が生きているのはお前のおかげだな。ありがとう。」
そう言ってヴァルスはリシェルに微笑みながら感謝の言葉を伝える。
「ええ、ちゃんと感謝しなさいよ。私が気絶した貴方を守ってあげたんだから。」
「ああ。それにしても、あの色々とデカい女の人がリシェルの母親とは…娘の方は全然…イタタ!痛い!痛いって!」
あの時の女性の姿を思い出し、娘であるリシェルの体型と比較する。
その事についてヴァルスは、身長と胸の大きさにコンプレックスがあるリシェルの地雷を華麗に踏み抜いた。それを聞いて恐怖の笑みを浮かべるリシェルは、骨折したヴァルスの人差し指を強く握りながら話しかける。
「ヴァルス、聞こえなかったからもう一度言ってくれないかしら?」
「痛いって!そこ折れてるんだぞ!イタ!すみませんでしたリシェル様!」
激しい痛みを受けながら発狂するヴァルスは左腕も使えずほとんど抵抗できないため、必死に謝罪する。
それを見たリシェルはチャンスとばかりに、ヴァルスを脅迫する。
「ふふふ、あの時とは立場が逆になったわね。ちゃんと立場をわきまえて発言しなさい。この指をまた折られたくなかったらね。」
いやらしい笑みを浮かべるリシェルにヴァルスは不満をぶつける。
「いや、待て。そもそも誰のせいでこんな怪我を負ったと思ってる!?この指と左腕はお前を庇ったせいだろうが!」
「な!私のせいだって言いたいの!?」
「そりゃそうだろう。あの時、咄嗟にお前を突き飛ばさなきゃ俺はあの攻撃を回避出来てた。あの初撃で左腕が潰されてなきゃ、あの2人も余裕で倒せてたわ!」
「な、何言ってんの!貴方も流石に2人はキツいって言ってたじゃない!強がらないでよ!」
「そ、そんな事、言ってない!俺がこうなったのは、お前がポンコツだからだ!ちゃんと反省しろ。」
「あ!ポンコツってまた言ったわね!そもそも貴方があの風使いの男にあんなに手こずるからでしょう!もっとサクッと倒してくれれば私が連れ去られる事もなかったのよ!あの後、あのハンマー男に頭を殴られてすごく痛かったんだから!」
「無茶言うな!アイツ、マジで強かったんだから。それに痛いって言ってるが、俺はお前の10倍くらい傷付いてるけどな!現在進行形で!」
完全に論破されたリシェルは黙ってしまった。しかし、すぐに立ち直って再びヴァルスを脅迫する。
「…ふん!でも、今主導権を握ってるのは私よ!いいのかしら?入院が延びても知らないわよ?」
「イテテ!それはズルいぞ!痛い痛い!!すみませんでした!許してください!全て僕が悪かったです!」
再び指に激痛を感じたヴァルスは謝罪を繰り返す。それを聞いたリシェルは満足そうな表情をする。
「それでいいのよ。」
「クソッ…俺より年下のくせに…いや!何でもありません!リシェル様は大人らしくて美しい女性です!」
ヴァルスの愚痴が聞こえたリシェルは指を強く握るアピールをして、ヴァルスを黙らせる。
「…ふーん。じゃあどこが美しいか言ってみなさいよ。」
ヴァルスから美しいと言われて少し嬉しくなったリシェルは顔を赤らめながら問いかける。
「はぁ…そうだな…まずその目だな。あの極道の人と片目は同じ色だが、オッドアイってのがやっぱり惹かれるな。それにその長い銀髪、俺の周りにはあまりいなかったし、凄く綺麗だ。それにその身体、少し身長は小さいが俺好みのスレンダーで素晴らしい脚線美だ。それに顔も、ちょっと童顔だが十分に可愛い。」
「………」
正直な感想を言われたリシェルは顔を真っ赤にして下を向いて黙ってしまった。
「…言ってやったぞ。何とか言えよ。はぁ、そんな事よりお前の母親の…イタ!痛いって!何でだよ!」
そんな事という発言に拗ねたリシェルは再び指を強く握る。
「ふん!…外見の事ばっかり、やっぱり男は見た目でしか女を見てないのね。…まぁいいわ。母親の事だったわね。あんまり話す時間もなかったから詳しいことは聞いてないんだけど、極道の中でも結構偉い地位にいるって言ってたわね。周りの人たちも傅いてたし。それに、私の事も探してくれていたんだって。…失った18年はもう取り戻せないけど、また会って話したいわね。」
「イテテ…ああ、俺はヤツらに恨まれてるから一緒には行けないけど、いつかまた会えるといいな。」
「ええ、そうね。」
2人きりの病室での会話は夜まで続いた。




