U 信念(黒)
皆の怪我が治り始めたとある日、立松の部屋に複数人が集まっていた。
それは、立松、香夜、勝谷、道草、南だった。
「では、これから選挙戦を勝つためにやる事を言うぞ。現在我々の陣営の人数は400人程度、武力派閥は600人程度だ。そして、組長派閥の者と中立派の者が1000人、彼らは浮動票となる。しかし、組の武闘派をまとめるベテランの岸と、組に入って2年目の香夜のどちらが組長に相応しいかは誰が見ても一目瞭然だ。よってこの浮動票は現状では全てあちらに流れると考えていい。つまり、票数では我々がどう足掻いても勝ち目はない。だから、少し強引な手段を取る。」
「強引な手段?」
「岸の兄貴を始末するのですね!!女神よ是非この私にお任せください。必ずや討ち取って見せましょうぞ!」
「いやいや、そんなわけないでしょ。第一、直接殺し合うのは禁止されてるからダメなのよ。」
「いや、道草の意見に近しい。簡単に言えば、香夜、お前が岸を倒すんだ。」
「は?立松姐さんまで何言ってんの?そんなのカシラが許すわけないじゃん。」
「まぁ聞け。別に暗殺しようというわけじゃない。岸龍司という男はな、強さこそが全てだと考えている脳筋なんだ。だから、あいつに直接挑んで正々堂々と倒す事が出来れば、あいつは必ず香夜を認めるはずだ。」
「ホントにぃー?」
「ああ、岸とはそういう男だ。だからこそヤツは危ないんだ。岸は…訳あって組の中でも特に帝国への恨みが強く、帝国を滅ぼしたいと考えている。だから、あいつが組長になった暁には他の組と協力して帝国に大規模な戦争を仕掛ける事は間違いない。そうなれば、我々からも多数の死者が出るだろう。」
「…そうだったんだ。だから立松姐さんは…」
「娘に会って、私も考えが変わった。戦争は悪だ。これ以上、あの子の様に不幸になる子供を生み出してはいけない。だから、あいつが組長になる事だけは何としても阻止せねばならん。」
「俺も戦争はない方がいいと思います!」
「私は女神に従いますぞ!」
「…おじちゃんも平和な世界を望んでた。だから、私が組長になってこの戦争を終わらせたい!」
「それにしても、香夜は岸の兄貴に勝てるのか?あの人ははっきり言ってバケモノだぞ。」
「岸龍司の強さは本物だ。柏木組でNo2と言われるだけの強さは持っている。だが、香夜を認めさせるためには香夜があいつを倒すしかない。本来なら無謀な挑戦だが、アンドレを倒したというお前を信じたい。香夜、お前に無理をさせる事になるが、やってくれるか?」
「分かった。任せて!」
「ありがとう。だが、無茶だけはしないでくれ。では早速アイツのところへ行こう。今も訓練施設にいるはずだ。」
ーーー訓練施設ーーー
「次!」
「はい!」
岸はいつも通り、舎弟たちと組み手の修行をしていた。そんな中、訓練施設の扉が開く。そこから入って来たのは一人の男だった。
「…岸の兄貴、失礼します。」
「お前がこんなところに来るとは珍しい話だな。
神保。」
扉から入って来たのは神保だった。柏木組の最強戦力であり、組長派閥の最高幹部である神保の登場に周りの舎弟たちにも緊張が走る。
しばしの沈黙の後、神保が小さな声で話始める。
「…兄貴…強さとは何ですか?」
「…唐突な話だな。そもそも俺より強いお前に俺がアドバイスできる事などないと思うが。ふむ…強さか…それは己の意志を貫き通す力であると俺は考えているという話だ。」
「己の意志…」
「そうだ。何かが欲しい、皆に認められたい、誰かを守りたいといった願望を叶える為には力が必要だという話よ。」
「誰かを守る…」
「一体どうしたのだ?お前は十分に強い。悩む事など何も無いと思うが?」
「兄貴…俺は負けました。帝国の軍人と正々堂々戦って敗北した俺は彼の情けで生かされたんです。」
「そうなのか…お前を倒すとは相当な敵だったんだな。」
「…いえ、能力も経験も俺の方が確実に上回っていました。それでも、彼を倒す事はできなかった。どれだけダメージを与えても、立ち上がって向かって来た。最後はその気合いで競り負けたんです。兄貴、俺は柏木組最強なんて言われていますが、あんな無名の若い軍人に負けてしまったんです。彼と俺との差は何なのですか?」
「ふむ…それは信念の違いだろう。お前は単純スペックならこの世界でも屈指だが、信念がないという話だ。お前はなぜ戦う?なぜ強くなりたい?」
「俺は…俺を拾ってくれた親父への恩義を返したいんです。」
「それで、息子である柴田の下についていたという話か。俺はその軍人の事は全く知らんが、おそらくその男は何かの為に、絶対に譲れない何かのために戦っていたという話だろう。お前はどうだ?」
「…俺は、親父のために」
「親父のためにヤツの人身売買に協力か。そんな事が親父のためになるはずがないだろう。」
「それは…」
「神保、お前は強い。だから従う相手を間違えるな。己の信念に正直に生きろ。そうすれば大切な何かが見つかるはずだ。」
「兄貴…ウグッ!すみません…すみません…」
神保は己の不甲斐なさを指摘されて、涙を流す。
「たのもーう!」
その瞬間に、再び扉が開いて複数人が入ってきた。それは先ほど部屋を出た5人だった。
「訓練中失礼する。岸、お前に話があって来た。」
「立松か。その左手…カシラに続いてお前まで…。何をやっているんだという話だ。田淵や柴田、この短期間で何人の幹部に穴が空いたと思っている。」
「ああ…それは申し訳なかった。見ての通り、私はもう組長選挙には出られない。その件で相談があって来たんだ。」
「なんだ?」
「話は単純だ。ここにいる香夜と戦ってほしい。それで、香夜の事を認めたなら選挙を降りてくれないか?」
そう言って立松は後ろにいた香夜を前に出す。
「なるほど、選挙で勝ち目が無くなったから最終手段に出たという話か。娘、名前は?」
「山下香夜よ。この前話したでしょ。」
「田淵の娘という女か…悪い事は言わん。今すぐ選挙から降りろ。」
「はぁ?何言ってんの?」
「この状況になった以上、お前たちが選挙で票を集めるのは不可能。だから、俺を倒して選挙から降りさせるしかなくなったという話だな。だが、それこそ愚策だ。俺に勝つ事など万に一つもあり得ない。諦めて俺の下につけ。」
「そんなのやってみなきゃ分からないでしょ。女だからって舐めてるの?」
「…舐めているわけではない。女は本来、戦場に出るべきではない。ましてや組長や若頭など、敵に狙われる事も日常だ。そんな危険な役職に女を、ましてやお前のように若い女がつけば、それを狙われるという話だ。それこそ、水瀬の姉貴も…いや、それは関係ない。とにかく、俺は女をトップにするのは絶対に認めん。」
「岸、お前まだあの時の…」
「ちょっと!私にはアンタの過去なんか関係ない。そもそも、アンタみたいな戦争大好き人間のせいでこんなに人が死んでるじゃないの?」
「そうだ。だから、俺の代で終わらせる。帝国を滅ぼして、この世界に平和をもたらすという話だ。そのためなら俺は何でもやる。」
「戦争終わらせるために、戦争してどうすんのよ。それに、武力行使による終戦はいつか恨みが返ってくる。終わりなき復讐の連鎖は永遠に続くことになる。」
「いや、違う。復讐の連鎖はどちらかが滅びれば終結する。もし、帝国だけで終わらなければ、西側の人間を一人残らず殺せばいい。そうすれば平和な世界になるという話だ!」
「そんな事できるわけない!それに、全てを壊して手に入れた平和なんて、真の平和じゃない!」
「やはり子供は理想しか見えていない。これ以上の話は無駄だな。俺と戦いたいという話だったな。いいだろう、お前が勝てば俺は選挙を降りると約束しよう。」
「初めからそうしろって言ってるのよ。それじゃあ行くわよ!」
そう言って香夜は刀を抜いた。それに呼応するように岸も拳を握って構える。
「悪いが手加減は無しだ。死んでも恨むなよ。」
その瞬間、二人は同時に飛び出した。
岸は男尊女卑な訳ではありません。過去の出来事が彼に影響を与えたのです。




