M 姉貴(黒)
「ここは…イテテ」
男はソファで目覚めたが、強烈にパンチをもらった頬とアゴが痛む。
「あ、起きた?よいしょっと。」
「アンタは…さっきのチビ女。ここはどこだ?グハッ!!」
その瞬間、香夜の右ストレートが男を直撃した。男は吹き飛ばされ、地面を転がって壁に激突した。
「礼儀が分かってないなら、身体で覚えるしかないよね。いい?貴方は私の舎弟だから、敬語を使いなさい。分かった?」
「イッテェ、誰がお前なんか…ヒィ!はい!敬語使います。はい!」
「うん、よろしい。ところで君、名前は?」
「俺は南純平です。」
「みなみね。私は山下香夜。これからよろしくね。」
「ああ…はい!よろしくお願いします!香夜さん?」
「違うわよ、ここでは先輩の事は兄貴、姉貴って言うの。ほら呼んでみ。」
「香夜…の姉貴?」
「ああ、舎弟っていいなぁ!姉貴ってすごくいい響きだね!サイコー!!」
「香夜の姉貴?」
「ううん、独り言だから大丈夫だよ。それじゃあ、先ずは挨拶廻りから行こうか。」
「はい!」
2人は部屋を出て、まず立松の元へ向かった。
「失礼しまーす!立松姐さん!コイツ連れてきたよー。ほら挨拶して。」
「初めまして…ではないか。先ほどはお騒がせしました!南純平です!よろしくお願いします!立松の姉貴!」
「ああ、よろしくな。盃はまだだろうが、組長が変わった時でいいだろう。」
「うっす!!」
「それじゃあ、また後でくるねー!」
そう言って部屋から出た。そして、次の目的地に向かっていると正面から話しかけてくる男がいた。
「おお〜女神よ。お久しぶりです。・・・で!?この男は何者ですか?組員とも思えませんが。」
「コイツは今日入った私の舎弟ですよ。ほら、」
「初めましてです!南純平と言います!よろしくお願いします!!」
「南か、私はこのお方の恋人である道草鞠夫だ。いいか、私の妻に手を出したら殺すぞ!」
「恋人でも妻でも無いです。南、この人はちょっと妄想癖が強いからあんまり関わっちゃダメだよ。」
「は、はい。」
「おお!なんと辛辣な言葉。私への愛の表れですね。なんと喜ばしい!」
「それじゃあ、私たち急いでるので。」
「お待ちください。女神よ、次期組長の候補になったと聞きましたぞ。素晴らしい!やっと皆が女神の神々しさに気づいたようですね!もちろん私は女神を推しますぞ!私の舎弟たちも女神を押すように言ってあります。必ずや勝利を。」
「あぁー、私は組長やる気ないんですよ。だから、立松姐さんに入れて欲しいんだけど。」
「それはできません。私は女神の下で働きたいのです。もし可能ならば、私自身が女神の右腕として貴女を補佐したいのです!!」
「うーん、そうだなー。じゃあ、今日一日私の側にいていいから、私たちに協力してくれる?」
「なんと!一日デートですと!?もちろんでございます!女神よ!!我々は立松の姉貴を支持しましょう!!」
「なんか騒がしい人だな。」
そう言って道草が仲間に加わった。
道草も同行して3人で向かった先は、敷地の外にある墓地だった。3人はある墓の前で止まって、香夜と道草が膝をついたので、それに続いて南も膝をつく。
その墓に書かれていたのは、『田淵』の文字だった。
「おじちゃん、また来ちゃったよ。なんか、カシラと親父さんが引退するらしくて、組長と若頭の選挙するんだって。そこになぜか私も選ばれちゃってさ。おかしいよね、私が組長なんかやれるわけないのにね。それと、私にもやっと舎弟ができたんだよ。私も姉貴分になれたんだ!コイツ、腹が減っててタダでラーメン食べようとしてたから私がボコボコにして連れてきたんだ。おじちゃんと一緒だね。だから、お父さんみたいに、私がおじちゃんみたいな凄い男にして見せるよ。ほら、挨拶して。」
「は、はい!南純平です!!田淵さん?よろしくお願いします!!」
「よろしくお願いしてどうすんのよ?ウフフッ。」
「はい!すみません。それにしても…田淵…気のせいか。」
香夜が笑う中、南は何かを思い出しそうになった。
そうして3人は少し手を合わせた後、事務所へ帰った。
そして、3人で立松の部屋に行った。しかし、立松の部屋には先ほど居なかった人物がいた。
「あれ?勝谷何やってんの?」
「香夜、もう怪我はいいのか?」
「うん、もうバッチリ。」
「来たな香夜。道草もいるのか、お前も私に協力してくれるのか?」
「そうですね。ですが勘違いしないでいただきたいのは、私は女神一筋!年上には全く興味がありませんので、そこのところよろしくお願いしますぞ。」
「ああ、分かっている。それで…少し状況が変わった。先ほど、勝谷から聞いたのだが…柴田が裏で革命派と通じている事が分かった。」
「革命派?とはなんですか?」
「ああ、西側に存在する、ソメイ帝国の革命を試みる者たちの集まりだ。今の奴らは武力を用いて皇帝と帝国軍を壊滅させようとしている。そいつらから金が流れているらしい。」
「へぇ、そんな集団がいるんだ。まぁ帝国もあそこまで独裁的なトップだとそりゃ不満も出るよね。」
「そうですね。組長派閥が革命派に通じていた事は初耳ですが、一体何が問題なのです?帝国の敵という事は、我々と利害は一致しているのでは?」
「そうだ。革命派と通じている事は何も問題ではない。ただ、見過ごせない事がある。」
立松がそう言って勝谷に視線を送ると、勝谷が話し始める。
「先日、半グレのアジトにカチコミに行ってたんだ。まぁそれ自体はすぐに終わったんだが、一緒にいた組長派閥の兄貴が、生き残った半グレを見せしめに拷問するって言って連れていっちまったんだ。流石におかしいだろ?たかが詐欺グループの半グレごときを拷問しようなんて。それで、咄嗟にその兄貴に盗聴器を付けておいたんだ。その音声がこれだ。」
ーーーーーー「柴田の兄貴、今日は5人です。いつもの場所に送ればいいですか?」
「ああ、もうすぐ選挙があるからな。少しでも金を集めておかないと不安だ。この調子でガンガン兵隊を送ってくれ。」
「はい!」
「近々あっちでデカい戦争があるらしいからな。1人当たりの単価が上がったんだ。今のうちに稼ぎまくるぞ。」
「はい!失礼します!」ーーーーーー
その生々しい音声を聴いて皆が絶句した。
「これは…半グレを革命派に売ってるって事?」
「そうだ。組長派閥は人身売買で金を稼いでいる事が分かった。1000歩譲って犯罪者だけならまだ譲歩できるが、最近ヤツの担当のシマから、若い男が失踪する事件が相次いでいる。おそらくだが、ヤツはカタギにも手を出している。」
「なんですと!?そんな事をいくら親子でも、オヤジ殿が見過ごす訳ありませんぞ!」
「おそらく、組長派閥の中でも一部しか知らないはずだ。親父も知らないと思う。こんな事が知れ渡ったらヤツの陣営は終わりだからな。既にこの音声を各所にばら撒いている。」
「それじゃあ、アイツの陣営の牙城を崩せるね。こんなの聞いたらまともな人達は怒るに決まってる。」
「ああ、私たちはヤツの陣営から離反する者たちを取り込みにかかるぞ。」
その日、先ほどの音声が組全体に流布され、組長派閥から離反する者が相次いだ。
「クソッ!あの音声はなんだ!誰の仕業だ!?おい、アイツはどうだった?」
「はい、言われたように拷問しましたが、最後まで何も吐きませんでした。おそらく、盗聴されただけかと。」
「クソ!あの無能が!バラバラにして海に捨てとけ!不味いな、このままでは負けてしまう!」
「柴田の兄貴、私に妙案があります。実は取引相手である革命派幹部のナランド殿から面白い話を聞きました。彼の協力者である、とある娘がいるらしいのですが、興味本位でその娘の写真を見せてもらったんです。それがこれです。」
そう言って男は懐から写真を取り出して、柴田に見せる。
「おい、俺はそんなガキに構ってる暇はないぞ。ん?コイツは…オッドアイ?いや、それよりも…」
「はい、この顔立ち、目の色、立松の姉貴に非常に似ていると思いませんか?まさかと思って、部下に調べさせたところ、彼女には生き別れた娘がいる事が分かりました。年齢なども考えて、ほぼ確定かと。」
「ほう、コイツを人質にしてあの女を選挙から降ろしてしまおうって事か。」
「まさに、仰るとおりです。これで、立松の姉貴さえいなくなれば彼女の派閥の票が浮く。穏健派閥は戦争には反対している派閥のため、武力派閥に流れる者は極少数であり、我々を離反した者たちも受け入れ先を失うため、その全てが我々に流れ込むというわけです。」
「最高だ!運は俺に向いているぞ!今すぐにそのガキを拐ってこい!だが、これは信用できる者以外には任せられんな。またバレたらめんどくさい事になってしまうからな。」
「では少数精鋭で向かいましょう。メンバーは神保と田中でどうでしょうか。」
「あの2人なら大丈夫だろう。だが、何が起こるか分からんからな。統率役としてお前も行ってきてくれ。」
「了解しました。」
「それで、そいつはどこにいるんだ?」
「ソメイ帝国の北部にあるリスペルという田舎にいるそうです。その娘の名前はリシェル・カルヌーイと言います。」




