L 舎弟(黒)
「ところで立松姐さん。姐さんの派閥は何人くらいいるの?」
2人はシマの見回りで、商店街を歩いていた。
「ああ、その辺について詳しく教えておこう。今回選出されたお前以外の3人はそれぞれの派閥の長だ。その中で最も人数が多く、最有力候補とされているのは現組長の息子である柴田泰正だ。ヤツの陣営には現組長を支持する者や、多くの事務員などが所属している。中でも厄介なのは柏木組最強である、神保丸吉がヤツの下にいる事だ。それ以外にも頭の回る連中がたくさんいる。奴らは組長派閥と呼ばれている。
次に、柏木組の武闘派を束ねる岸龍司。ヤツ自身も生粋の武闘派で、神保についで柏木組で2番目に強い。今ではもしかしたら道草の方が強いかもしれんがな。とにかく組の武闘派の多くはここに所属しており、好戦的で野心のある者が多く、彼らは武力派閥と呼ばれている。
そして、過激思考の強い彼らに反発する、私の穏健派閥だ。
人数に関しては、組員が約2000人いる中で、おおよその割合だが、900人が組長派閥、600人が武力派閥、400人が穏健派閥、100人が中立派だ。」
「つまり、私たちの派閥は人数だと圧倒的に負けてるってことね。ここからどうやったら勝てるの?」
「はっきり言って武力派閥のヤツらは血の気が多い連中が多く、説得するのはおそらく不可能だ。だから狙うのは組長派閥の事務員などの非戦闘員だ。ここがおよそ300人ほどいるからな。彼らを穏健派閥に引き込めれば勝ち目はある。」
「なるほどね。彼らはなんで組長派閥に所属してるの?」
「柴田泰正はな、ああ見えて金を稼ぐ事にはとことん長けていてな。自分の派閥の者たちには手厚く金を渡しているそうだ。」
「うわー。それは強いね。どうやってこっちに引き込めばいいんだろう。」
「そうだな、手っ取り早いのは…ん?」
商店街を歩いていた、立松は一度立ち止まり、一件の店の中を眺める。そこは年季の入ったラーメン屋で、中から揉めているような声が聞こえていた。
「何か問題か?見に行くぞ。」
「うん、分かった。」
2人で店の中に入ると、店の店主と1人の男が怒鳴り合って揉めていた。
「テメェ!タダにしろって言ってんだろうが!!」
「いやいや、お客さんそれは流石に無理があるよ。」
そのタイミングで、香夜が二人の間に割り込む。
「おっちゃーん、ダイジョーブ?」
「おお、香夜ちゃんか。あと立松さんも。このチンピラがラーメン代をタダにしろってうるさいんだよ。なんとかしてくれ。」
「誰がチンピラだ!さっきのラーメンに虫が入ってたんだよ!!だから金は払わねえって言ってんだ。」
「お客さんね、ウチは衛生面はちゃんとしてるし、仮に入ってたとしたらその場で指摘してくれたら取り換えてあげたのに。」
「うるせぇ!後で思い出したんだ!とにかくタダにしやがれ!」
そう言って店長に詰め寄る男の前に香夜が立つ。
「うんうん、じゃあこうしよっか。君が私に一発でもパンチ当てれたら、このお姐さんが君のラーメン代を払ってくれるって言うのは。」
「おい、勝手に決めるな。」
「いいぜ、吐いた唾は飲めんぞ!」
「じゃあ一回外に出よっか。おっちゃん、また後でくるねー。」
「店の前はやめてくれよ。客が来なくなっちまうからな。」
「はーい。」
そう言って2人は店を出て路地裏で向かい合う。
「おいチビ女!俺のパンチが当たったらそっちのデカい女にラーメン代払わせろよ!」
「誰がチビだってー!?ああん!!?」
「ひぃ!で、でも、事実だろうが!」
香夜の地雷を踏み抜いた男に対して、香夜が強烈な殺気を飛ばす。それにビビった男も、一瞬躊躇うが言い返した。
「はぁー。一応、私だって四捨五入したら160はあるんだからね!!」
「ふっ!やっぱりチビじゃねえか!おらっ!くらえっ!」
そう言って男は渾身の右ストレートを放つ。しかし香夜にはその軌道が完璧に見えており、易々と回避する。そして、そのままカウンターで左フックが男の鳩尾に直撃した。
「グェッ!!」
男は吹き飛ばされ、地面を転がった。それでも男はよろよろと立ち上がってきた。
「まだまだぁ!!」
そう言って再び右手でパンチを放つ。今度は小さくスピードを意識したジャブだったが、香夜の顔面スレスレで香夜が腕を掴んで止めた。
「そこだぁ!!」
その瞬間、男が左手でボディブローを放とうとするが香夜の足が跳ね上がり、男の金的に直撃した。
「うごぉおお!!」
男はあまりの衝撃に膝をついてしまった。なんと、それでも男は弱々しい右手のパンチを放つ。香夜は余裕で下がって回避した。
「君、根性はあるんだね。たかがラーメン代如きでそんなに頑張らなくてもいいのに。」
「はぁはぁ、うるせえ!金がねぇからこうするしかないんだよ!」
「結果的にやられてたら意味ないでしょ。これに懲りたらもうしない事だね。」
「はぁ、待て!まだ俺は負けてねぇ!!逃げんな!!」
そう言われて香夜は再び振り返り、凄まじい踏み込みで距離を詰め、膝をついた男のアゴを打ち抜いた。
男は仰向けに倒れ、戦闘不能となった。しかし、意識は失っていなかった。
「クソッ!負けた!!クソッ!」
「君、そんなにお腹空いてたの?」
「ああ?そうだ。2日間何も食ってねぇんだ。ゴミを漁って食ってたんだが、目の前にあるラーメン屋の誘惑に勝てなかったんだ。気づいた時には食い終わっててどうしようもなかったから、こうするしかなかったんだ!」
「なるほどね。姐さん、コイツ連れて行っていい?」
「連れて行くとは、組に入門させるという意味か?」
「うん。田淵のおじちゃんも昔、腹が減ってて食い逃げしたところをお父さんに捕まって、ボコボコにされたあと無理矢理組に入れられたんだって。」
「そうだったのか。まぁ、店主も暴力を振るわれた訳ではないし、私としては構わんが。」
「だって、それじゃあ行くよ。貴方は今日から私の舎弟ね。」
「おい、勝手に決めるな!俺は仲間になるとは、グハッ!」
言い終わる前に香夜が倒れている男の腹に拳をぶち込んだ。その衝撃で男は気を失ってしまった。香夜はその男を抱えてラーメン屋に向かった。
「おっちゃん、コイツを私の舎弟にするから私がお金払うね。迷惑かけてごめんね。」
「お、おう。その兄ちゃん大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫!それじゃまた何かあったら連絡してねー。」
香夜は男を抱えたまま、商店街を歩き始めた。
「一度組に戻るか。」
「そうだね。流石に重いし。」
女極道2人と1人の荷物は商店街を抜けて組の事務所に戻った。
155cmです。




