18 来訪(白)
「はぁあ。顔も手も痛い。」
目覚めたヴァルスは昨日の無茶で傷が開き、血塗れの左手と、シュリスに殴られた頬に手を当てる。
ベッドの上を見るとやはり、リシェルが幸せそうに寝ていた。
「まぁ今日は好きなだけ寝かしてやるか。」
そう言ってヴァルスは朝食を取るために、街の喫茶店に向かった。すると、偶々そこにはンレナがいた。人前では他人のフリをすると決まりごとだったので、目を合わせる事なく違う席に座ったが、こちらに気付いたンレナが対面の席に座ってきた。
「ヴァルスくん、おはよー。今朝はよく寝れたー?」
「…ンレナさん、いいんですか?人前で話しても。」
「いいのいいのー。それより、そういう態度の方が怪しいから自然な感じでね。それで?昨日の子は大丈夫?」
「はい。まだ部屋でぐっすり寝てます。」
「そっかー。ところで、今朝起きてから隊長に昨日の事話したんだ。そしたらやっぱり、殺すしかないって言われちゃった。私も相当粘ったんだけどねー。ああ、でも落ち込まないで。今日この後、隊長が軍を引き連れてこの街に来るんだって。そこで彼女を引き渡す事になってるんだけど、君や彼女と話してから決めるって言ってたから、まだ可能性はあると思うよ。」
「セルタス隊長がここに来るんですか?他のメンバーも。隊長はともかく、そんなにたくさん来る必要があるんですか?」
「チャムトくんの事も話したからねー。彼女以外にもこの街は何か怪しい雰囲気がする。だから、一応戦えるぐらいの戦力で来るって感じなのかなー。まぁ隊長たちが来るのは昼以降になるだろうから、それまでに隊長を説得する言い訳を考えておくんだね。」
「教えてくださって、ありがとうございます。昨日の事も、最後にンレナさんが止めてくれなかったらどうなっていたか。」
「いいっていいって、一応私がこのメンバーのリーダーな訳だしー、それにモルモンちゃんは大事な友達だからねー。にしても君、本当は何属性なのー?最後にベルクくんを気絶させたのってー…あっ!きたきた。」
ンレナの前に置かれたのは、ハチミツいっぱいのパンケーキだった。
「あれは…」
「やっぱどうでもいいやー。それより見てみてー!美味しそうでしょー。」
そう言ってそれを美味しそうに食べるンレナを見て、ヴァルスも少し落ち着いた。
ンレナはそれを一瞬で平らげ、追加で他のスイーツも注文していた。ヴァルスも、朝食を済ませて会計をして店を出る。
「じゃあ、そう言う事で。また後でねー。」
「はい。ありがとうございました。」
ンレナと別れて部屋に戻ったヴァルスは部屋の扉を開けると、扉を開ける音でベッドの上のリシェルが起きた。
「ここは?あれっ?私死んだはずじゃ?」
「生きてるよ。とりあえずな。」
「ヴァルス…昨日、あの後どうなったの?なんで私は生きてるの?」
「……俺が他のメンバーをぶっ倒して無理矢理連れてきた。」
「ぇっ!何してるの貴方!そんな事したら、貴方は……それにその頬と左手の傷!」
「左手は元々、お前のせいだからな。」
「どうしてよ…貴方を庇ってあげたのに!それに死ぬ覚悟はできてた。なのになんで、私を助けたの!?」
「この前、お前を守るって約束しちゃったからな。それに俺の尊敬する姉でも同じ場面ならお前を守ってたよ。あの人に恥じるような生き方はしないって決めたんだ。」
「約束って…バカじゃないの!昨日の貴方たちの会話は全て聞いていたわ。私はいつかどうせ殺される。だからせめてあの子たちに被害が及ばないように私が全ての責任を背負って死ぬのが最善に決まってるじゃない!中途半端に助けて、何がしたいの!!」
「バカって、あの場面で飛び出すお前も大概バカだろうが。よりによって最悪のタイミングで出てきやがって。それに、俺はお前を殺させない。仮に上司を説得できなかったとしても…そん時は全部捨てて俺が一緒に逃げてやるよ。」
「そんな事したら、貴方も子供たちも無事ですむわけないでしょ!!とにかく早く私を彼らに引き渡しなさい。今ならまだ、許してくれるかもしれない。」
そう言って部屋を出ようとするリシェルの手を掴む。
「まぁ一回落ち着けよ。俺はお前を守るって決めたんだ。俺がこの街にいる間は何があっても守ってやるから、お前はここにいろ。これ以上、昨日の話をする気はない。だから、大人しくそこに座ってろ。」
そう言ってヴァルスは椅子に腰掛ける。
リシェルも諦めたのか、ベッドの隅で小さくなってしまった。少しして、リシェルは小さい声で話し始める。
「……あの孤児院はさ、いろんなところから親のいない子供が集められてきてるの。そこで大きくなった子たちは革命派が引き取って戦士として育てたあと、戦争に送り込まれるの。私も革命派に引き取られたんだけど、無属性で才能が無いからってこの街でスカウトをする事になったの。あの子たちが革命派に連れて行かれる代わりに、私が有望な人をスカウトをしてたってわけ。だから私がいなくなったら、あの子たちは…革命派に連れて行かれてしまうの。だから、私にはこうするしかなかった。だから……」
「お前も大変だったんだな。事情は分かった。何があってもあの子達を軍人になんかさせないよ。」
「…貴方は本当にお人好しね。ありがとう、少しだけ救われたわ。」
2人はそれ以降、何も話さなかった。
そしてしばらく経つと電話が鳴る。
「はい、ヴァルスです。」
「セルタスです。今は大丈夫ですか?」
「はい。」
「たった今、この街に着きましたので貴方とお話しをしたいと思いまして、20分以内に70番地の公民館の4番会議室まで来てください。もちろん、件の子も連れてね。遅刻したら2人とも殺しますからね。では」
「ちょっと!ここから70番地まで20分は・・・クソッ!切れた。あの人、ホントにせっかちだな!!」
そう言ってヴァルスは急いで準備をする。
「お前も行くぞ。急がないと間に合わん。早くしろ。」
「分かったわよ。」
そう言って2人は部屋を飛び出した。70番地までは普通に走っても30分はかかる。しかし、車を運転できないヴァルスは走るしかなかった。
「ああ、クソッ!このままじゃ間に合わん。リシェルもっと速く走れないのか?」
「はぁはぁ、無茶言わないで!私にはこれが限界よ!」
「分かった、しっかり掴まってろよ。」
「えっ!ってううぇ〜〜!」
見かねたヴァルスはリシェルを背負って能力を使って走り始めた。先ほどよりはるかに速いスピードで街中を駆け抜け、1分前に間に合った。
「力属性ってすごいのね。」
「はぁはぁ、何言ってんだ。早く行かないと殺されるぞ。」
「そうね。行きましょう。」
2人は公民館の中に入り、4番会議室の前に着いた。
「ヴァルスです。失礼します。」
そう言ってノックしてから会議室の扉を開けた。
次回から再び(黒)に戻ります。
時系列的にはJ 慟哭(黒)からの続きになります。




