15 孤児院(白)
「イッテェ〜。」
リシェルを部屋に残したまま、ヴァルスは左手の治療の為に病院に行っていた。穴の開いた左手は包帯でグルグル巻きにされ、痛みが未だに残っている。
そして、部屋に戻り扉に手をかけた。
(ベッドに置いてそのままにして来たけど、流石に逃げただろうな。まぁ、俺の事は他言しないように言っておいたし大丈夫だと思うけど。)
扉を開けると、居ないと思っていたリシェルは外套を着たまま、部屋のベッドでそのまま寝ていた。先ほどの緊迫感が嘘のように幸せそうな顔で寝ており、少しムカついたヴァルスは嫌がらせしようとしたが、痛みでそれどころでは無かったので仕方なく鎮痛剤を飲んで床に寝そべった。
(ったく!なんで俺が床で寝なきゃいかんのだ。この女、起きたら一発ぐらい殴ってやらんと気が済まん。)
色々あって夜になっており、疲労が溜まっていたヴァルスは眠りについた。
「す〜っ、身体が痛え。」
硬い床で一日寝ていたから身体の節々が痛む。そう思いながら時計を見るとまた9時を回っていた。ため息をついたヴァルスは流石にもう逃げただろうとベッドの上を見ると、ヴァルスが寝る前に見た顔と、全く同じ幸せそうな表情で眠っていた。
(コイツ…俺が床で寝てる間に、人のベッドでどんだけ寝てんだ。もう許さん。)
「おい、バカ女起きろ。警備に突き出すぞ。」
「う〜ん、もうちょっと〜。」
「ざけんな。こうなったら…」
そう言ってヴァルスはベッドの片側を持ち上げてリシェルを落とした。ベッドから落ちて頭を打ったリシェルが床をのたうち回る。
「イッタ〜!ちょっと何するのよ!」
「寝過ぎだバカ女。どんだけ寝れば気が済むんだ。」
「もう〜しょうがないでしょ。昨日は貴方を殺す為に夜通し宿屋の前で張ってたんだから。」
「なんだって?でも、お前は公園で襲ってきたじゃないか。」
「朝になっても貴方が出てこないから寝落ちしちゃったの。そしたら、お爺さんから電話で起きたんだけど、貴方を見失っちゃったから、一旦諦めて公園で昼寝しようと思ったら貴方がいたから襲ったの。」
「お前…やっぱりポンコツだな。」
「なっ!馬鹿正直に名簿に本名書いてる貴方なんかに言われたくないわね。おバカさん。」
「うっ!コイツ、言わせておけば…まぁいいか。」
ヴァルスは自分のミスに図星を疲れて、反論を諦めた。
「さて、今日はどうしようかな。おい、この街にはお前しか革命派はいないんだよな?」
「そう言ったじゃない。」
「なら、これ以上潜入しても無駄だな…あっ!昨日定時連絡するの忘れてた!」
「ほら!やっぱりポンコツじゃない。」
「お前のせいで出来なかったんだろうが!それよりどうしようか…コイツの事を馬鹿正直に報告するか…何も無かったと嘘をつけばこれからの潜入は無駄になるし、クソッ!どうすればいいか分からん!」
「ふん!いい気味ね。私の眠りを妨げた罰よ。」
「誰のせいでこんなに悩むハメになってると思ってる!別に俺はお前を拘束して、ンレナさんに突き出す事だってできるんだぞ。それでもいいのか?」
「ちょっと!それはしないって約束したじゃない!!何かいい方法を考えなさいよ!」
「ええー、俺って無能でポンコツのおバカさんだから、何も考えられないなー。やっぱり縛って連れていこうかなー。」
「ねぇ!真面目に考えてよ!」
「チッ、しょうがねぇな。とりあえず今日のところは異常なしって送っとくか。」
そう言って携帯を取り出して、昨日送れなかった謝罪の言葉を添えてメールを送った。
「さて、これからの事を考えようか。お前の事を色々聞かせてくれ。一旦生かすとは言ったが、お前をどうするかはその後に俺が判断する。」
「分かったわ。でも、少しだけ時間をもらってもいいかしら?」
「ん?なんでだ?」
「昨日言ったでしょ、孤児院に行くのよ。昨日は誰かさんに襲われたせいで行けなかったからね。今日は子供達にご飯作ってあげないと。」
「襲ってきたのはそっちだろうが。はぁ…なら俺も付いていっていいか?」
「なっ!何をするつもり!?みんなの前で私を嬲り殺す気!?それともみんなの料理に毒を盛って苦しむ姿を見る気!?それとも」
「はぁ〜、もういいって。お前と話すと本当に疲れる。…昨日言ってなかったけど、俺も孤児院出身なんだ。だから君の気持ちは理解できるし、子供達を殺したりなんかしないよ。単純に興味が湧いただけだよ。」
「・・・分かったわ。でも、付いてくるだけで何もしないで。あの子達は軍人が来たって知ったらびっくりしちゃうかもしれないから。貴方は遠くで見てるだけ、いいわね?」
「分かったよ。」
そう言って2人で部屋を出た。リシェルは外へ出ると外套のフードを更に深く被った。
孤児院までは徒歩で向かったが、道中に色々な人に話しかけられた。
「リシェルちゃん!こないだはありがとね。ん?隣にいるのは旦那さんかい?リシェルちゃんもやっと結婚したのかい。」
「メリおばあちゃん!この人はそんなんじゃないから!」
「おお!リシェルの嬢ちゃん!今日は彼氏同伴とは見せつけてくれるね!!」
「マベルおじさん!揶揄わないで!!」
こんなやり取りが何件も続いてリシェルは疲れたように話しかける。
「はぁー…貴方のせいで、街のみんなに勘違いされたじゃない。やっぱり置いてくるべきだったわ。」
「なんか…ごめんな。」
そうこうしているうちに目的の孤児院に着いた。
柵で囲まれた門を開いて中に入ると、子供達が飛び出してきた。
「リシェルねぇちゃん!!おかえり!!」
「リシェルねぇ!!遅いぞ!!」
「おねえちゃん!今日は何作ってくれるの!?」
「みんなお待たせ!いい子にしてたかなー?今日はみんなの大好きなカレーを作ってあげるからね!!」
《やったー!!》
子供達は次々とリシェルの周りを囲んで騒いでいた。
ヴァルスは後ろからそれを眺めていた。
「ねー、あの人誰〜?」
「ほんとだ!知らない人だ!」
「もしかしてリシェルねぇの恋人?」
「キャー!リシェルねえちゃん、よかったね!!」
「ちょっと!!あの人は恋人でもなんでも無いの!!いいから早く中に戻るよ。言うこと聞かない子にはカレーあげないからね!」
《はーい!!》
そう言ってリシェルと子供達は中に入って行った。
その勢いにヴァルスは呆気に取られていたが、後から中に入った。
ーーー数時間後ーーー
「それじゃあ、みんなー、またねー!!」
《バイバーイ》
そう言って手を振る子供達と別れた。
子供達と別れた孤児院からの帰り道で、ヴァルスはリシェルに話しかける。
「随分と好かれているんだな。」
「ええ、私なんかを好いてくれるのはあの子達くらいよ。」
「そういえば、子供たちの前ではフードを取ってたな。どうしてだ?」
「あの子達の前でフードなんかしてたら怖いでしょ。あの子達は私の目の色の事なんて気にしないからね。」
「なぁ、そのオッドアイは何なんだ?なぜ、他人に見せたくない?」
「…言いたくないわ。貴方だってこの目を見たら……」
「いいから教えてくれよ。誰にも言わないからさ。」
「……まぁいいわ。でも、一つ約束して。この場で私に襲いかからないこと。いい?」
「俺を何だと思ってるんだ。いきなり襲いかかるわけないだろ。いいよ、それで?」
「…私はね、灰人なの。」
「灰人?」
「ええ、私には西側と東側の両方の血が混じってる。白と黒を混ぜ合わせたって意味で灰人と呼ばれてるわ。西側の人達からすれば、私は敵である黒の血を持つ人なの。能力が覚醒した大人は私の目を見ると、みんな嫌悪感が湧いてくるんだって。だから、フードで目元を隠してるって事。」
そう言ってリシェルはフードを取って両目で真っ直ぐにヴァルスを見つめた。しかし、ヴァルスはリシェルの目を見ても何も感じなかった。
「嫌悪感?俺は何も感じないが?そんな綺麗な目のどこが嫌なのか全く理解できん。いや、寧ろカッコいいな。」
「綺麗って…なんでよ!私の目を見た大人はみんな逃げ出すか、攻撃してくるのよ!貴方、実は波動使えない子供なの!?」
「失礼だな、俺はどう見てもお前より歳上だ。それに、目を見ただけでいきなり逃げ出したり、襲いかかるわけないだろ。いや…ナルキさんが昔、東側の一般人と目が合った瞬間に、特に理由もないのに殴り合いになったって言ってたな…まさかそれのことか?」
ヴァルスはナルキとの話を思い出し、再びじっくりとリシェルの目を覗き込む。
「いや、やはり俺は何も感じん。にしても透き通った瞳だな。まるで宝石みたいだ。」
「なんっで……どうして!なんで何も感じないのよ!!なんで貴方は私から逃げないの!?攻撃してこないの!!」
「おいおい、ちょっと落ち着けよ。何があったか知らんが俺は逃げないし、攻撃したりしないよ。それに…周りにも見られてるから、一旦帰ろう!な!」
「貴方…なんでなの!!どうして…どうして…私は…私は…う…うわぁぁん!!!」
道のド真ん中でリミエルはいきなり泣き出してしまった。それにより周りを歩いている人たちから注目される。
「待て待て待て!こんなところで泣くな!クソッ!!ああー、みなさん別れ話じゃないですよー!!」
ヴァルスは泣き出してしまったリシェルを隠すように庇いながら周りの勘違いを正そうと必死になっていた。
(なんだコイツ!?情緒がおかしいだろうが。とにかく早くここを離れないと他のメンバーにもバレてしまう。)
「よいしょっと。」
ヴァルスはリシェルを無理やり抱えて走り出した。そして、力属性の能力で現状できる最高スピードで部屋まで走った。
「はぁ〜疲れた。」
ヴァルスは部屋に着いてリシェルをベッドの上に乗せて一息ついた。
リシェルはベッドの隅でうずくまっている。
「落ち着いたか?俺は飯食ってくるから、逃げたかったら逃げてもいいぞ。」
そう言って返事が返ってくる前に部屋を出て、町の食堂に足を運んだ。
ヴァルスはご飯を食べた後、少し散歩してから部屋に戻った。
案の定、リシェルは部屋の中におり、いつの間にか部屋のベッドの上で横になって寝ていた。
少し心配していたヴァルスは再びの幸せそうな寝顔にとてもムカついた。
「おい!また転がされたいのか?」
「うぅ…あと5時間…」
その言葉にブチギレたヴァルスがベッドに近づいて、ベッドの足を掴もうとした瞬間にリシェルはそれに気づいて飛び起きた。
「はい!今起きました!」
「なんだ、起きれるじゃないか。お前のせいで酷い目に遭ったんだ。もう洗いざらい話してもらうぞ。」
「…分かったわ。」
「最初に言っておくが、俺は戦争も好きじゃないし、皇帝陛下も嫌いだ。だから、お前の話次第では革命派に協力してもいいと思ってる。」
「えっ!どう言うことよ?」
「さっきも言ったけど俺も両親を戦争で亡くしてる。それと、俺には俺を拾ってくれた姉のような恩人がいるんだ。でも、その人はこの前の戦争で死んじゃって、その人の夢が戦争を終わらせる事だったんだ。俺はその夢を受け継いだ。だから、戦争終結を望む革命派とは協力できるかもしれない。」
「なるほど…分かったわ。貴方は私も子供たちの命も助けてくれた。だから、信じるわ。」
「ありがとう。じゃあ革命派について知ってる事を全部教えてくれ。」
「分かったわ。私の知っている全てを話すわ。」
お互いの目が合うと嫌悪する特性については、主人公二人は例外です。これは、二人の特殊な能力が関係しています。(かなりご都合感ありますが、許してください。)
この事に関して分かりやすい例えを挙げると、目の前にGなどの害虫があらわれたと考えてください。人によっては殺しますし、逃げる人もいるでしょう。しかし、親に殺すなと言われれば我慢はできますし、仮にGが話せて自分とめちゃくちゃ気が合えば、仲良くする事もできますよね。そんな感じです。




