0 過去
「待って!まだ家にお母さんがいるはず!戻らせて!」
「ダメだ!早く逃げるぞ!殺されちまう!」
甲冑を着た男に背負われている、足を怪我した女は自身の家の方を指差して男に訴えかけるが、男は聞き入れない。女が指差す方では銃撃音が鳴り響き、人の悲鳴や爆発音も聞こえる、まさに地獄だった。
「おじさん!お願い!お母さんが!お母さんが!」
「いい加減にしろ、リミエル!いいから大人しくしていてくれ!」
「いやだ!いやぁああ!!」
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「ひどい有り様だな…」
周りには、敵味方の死体が転がっており、戦闘の影響で華やかな街も半壊していた。新人だった男は最前線には参加せず、既に制圧した地域の掃討が担当だった。つまり、生き残っている民間人などを探し出して殺す、もしくは捕虜にする役目だ。
「おい田淵、お前はこの家を見て来い。まだ生き残りがいるかもしれねぇから慎重にな。」
「はい、分かりました。」
兄貴分に命令されて、男はとある民家に入った。
「ここには誰もいないか…ッ!」
扉を開けた瞬間、玄関の隣の部屋から人が飛び出して来て男にナイフを突き刺した。しかし、男の心臓を抉るはずのナイフは服を貫いただけで、男の皮膚を貫通する事はなかった。男は咄嗟にその襲撃者の腕を掴んでその身体を地面に叩きつけた。
「あんた…女か。」
「カハッ!…ハァハァ、この侵略者!…娘は私が!ゴフッ!」
そう言って起き上がろうとした女は、血を吐いて再び倒れる。倒れた女の腹からは血がしとどに流れ、床が赤に染まる。
「…その腹の傷、流れ弾にでも当たったか…その出血、もう助からない。せめて、苦しまないように俺が…」
「ふざけんじゃないよ!ゴフッ!せめて最後に一矢報いてやるわ!」
そう言って女は震える身体を無理矢理立ち上がらせせ、男に向かって突進した。しかし、そのナイフが届く前に女は力尽き、勢いよく地面に倒れた。
「死の間際まで敵に向かっていくなんて…何という精神力なんだ。俺も見習わないと。」
そう言って死亡した女の遺体をそのままにして、他に生き残りがいないか家を探索した。そして男はリビングで一つの写真立てを見つけた。それには先ほどの女と、自分の同じくらいの年齢の女が2人で写っており、とても幸せそうな写真だった。




