第7章 記者の真実
窓を叩く雨音が絶えず響き、室内の緊張を一層際立たせていた。
食堂の中央、重苦しい空気を破ったのはジョー(47歳・刑事)の鋭い声だった。
「……ところでよ」
ジョーは椅子の背に腕をかけ、篠森拓哉(40歳・記者)を射抜くように見据える。
「オッサン、一体何でここにいるんだ?」
篠森拓哉は肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「取材だよ。まだ世に知られていない研究を公にする。それが記者の使命ってやつさ」
「使命ねぇ……」
ジョーの唇が冷たく歪む。
「だがな、さっきから気になってんだ。お前、研究内容や人間関係をやけに詳しく知ってやがる。単なる取材にしては出来すぎてんじゃねぇか?」
篠森の顔に、一瞬影が差す。
やがて低く吐き出すように言った。
「……本当の目的は別にある」
彼はグラスの水を一口飲み、苦い顔で机に置いた。
「俺は──黒瀬宏(65歳・所長)と藤堂玲奈(26歳・研究員)が“愛人関係”にあることを掴んでいた。権威を利用して女を囲う……そんな腐った構図を白日の下に晒したかったんだ」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
羽村紀子(42歳・事務担当)は眼鏡の奥で目を見開き、宮坂俊(22歳・警備員)は息を呑む。
相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)は椅子の端で身を縮め、落ち着きなく視線を泳がせた。
黒瀬宏は蒼白になり、汗を流しながら口を開きかけたが、声は震えて出なかった。
「……愛人関係だと?」
ジョーの目が細くなる。
「どうしてそこまで知ってる? 夜の行動まで洗ってるような口ぶりだぜ」
篠森は言葉を詰まらせ、顔を背けた。
「そ、それは……記者の勘ってやつだよ」
「ハッ、勘ねぇ」
ジョーは椅子を蹴るように立ち上がり、机越しに身を乗り出した。
「詳しすぎるんだよ。お前がこの場に来た本当の理由、そろそろ吐いてもらおうか」
雷鳴が轟き、窓ガラスが震えた。
レイジ(48歳・探偵)は黙したまま、篠森の仕草を見逃さない。
(……こいつはただの記者じゃない。掴んでいる情報が妙に偏っている。まるで“外部と繋がって内情を探っている”ようだ)
レイジはガムを噛み直し、低く言葉を落とした。
「篠森……お前、研究だの愛人だのを暴くために来たんじゃないな。誰かに雇われてるか──スパイとして動いてるんじゃないのか?」
その一言で、場の空気は一層重く張りつめた。
篠森拓哉は顔をこわばらせ、握りしめた拳を膝の上で震わせる。
だが否定の言葉は、すぐには出てこなかった。
◇ ◇ ◇
やがてジョーが短く言い放った。
「……仕方ねぇ。しばらく隔離する。念のためだ」
ジョーは腰から手錠を外し、テーブルに置いた。
「佐伯の時と同じだ。鍵は使わねぇ。すぐ外せる。俺が責任を持つ」
彼が携行していたのは、常備のものとは別に持ち歩いていた予備の手錠だった。刑事としての習慣からだが、ここで役立つとは誰も思っていなかった。
篠森は顔を歪め、「まさかオレを犯人扱いとはねぇ……馬鹿げた連中だ」と吐き捨てたが、抵抗はしなかった。
こうして篠森拓哉は空いていた警備員室へ移され、形ばかりの手錠をかけられる。
ドアの外には重い棚が押し当てられ、簡易的に施錠された。
監視役としては宮坂俊が立たされ、落ち着きなくも真剣な眼差しで扉の前に立ち続けた。
雷鳴が再び轟き、雨音が激しさを増す。
薄暗い廊下の中、篠森拓哉の影は重苦しい沈黙と共に閉じ込められていた。