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第4章 研究所の歩廊

 雨脚はさらに強まり、窓を叩く音が施設内にまで響いていた。蛍光灯は不規則に明滅し、足元の影が揺れ動くたびに、不安を煽るような錯覚が胸をよぎる。


 食堂を出たレイジとジョーは、案内役に立つよう促された相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)と共に、研究所の廊下を歩いていた。


「す、すみません……俺なんかが案内で」

 相馬は肩をすぼめ、ぎこちない笑みを浮かべる。


「気にするな。お前が一番、中を走り回ってるんだろ」

 ジョーが乱暴に言い、ポケットに手を突っ込んだまま歩調を合わせる。


「……そうかもしれません。ええと、ここが実験室です。主に遺伝子解析の装置が置かれていて……ああ、あれが遺体か……」

 相馬はガラス窓越しに部屋を指し示した。白い壁と無機質な機械の列。点滅するランプが、眠らぬ心臓のように脈打っている。


「遺伝子解析、ね」

 レイジが低く繰り返す。


「はい。……老化や不治の病を防ぐための基礎研究です。俺には難しいことは分からないんですけど……細胞の働きを調べて、その……弱った部分を補う仕組みを作ろうとしてるって、聞いてます」


「つまり──“不老不死”の研究だってわけだ」

 ジョーが鼻で笑い、わざと大げさに肩をすくめる。


「い、いえ……そういう言い方は、ちょっと……。でも、結果的にはそう見えるのかもしれませんね……」

 相馬は小さく俯いた。


(こいつの言葉は素人丸出しだ。だが……正直に“分からない”と告げる人間は、案外真実を映す)

 レイジは胸中でそう呟き、帽子のつばを指で軽く押さえた。


   ◇   ◇   ◇


 通路を進むと、鉄扉の並ぶ一角に出た。蛍光灯の光がここだけ青白く沈み、冷気がわずかに流れ出ているように感じられる。


「こっちは……冷凍室です。試料や研究途中のサンプルを保存していて……勝手に入るのは厳禁なんです」

 相馬の声には緊張が混じっていた。


 レイジは扉を一瞥し、手袋を外すと、金属の表面を指先でなぞった。わずかな結露が冷たく張り付く。


「厳重だな。内部は覗けないのか」


「鍵は所長が管理してます。……俺も勝手には開けられません」


「なるほど」

 レイジは短く応じ、扉から視線を外した。


   ◇   ◇   ◇


 さらに進むと、小部屋に積まれた箱が目に入った。薬品庫である。


「ここは……備品の保管庫です。羽村さんが帳簿を全部つけていて、俺は言われたものを運ぶだけで……」


 相馬の説明に、ジョーが呆れ声をあげる。

「何もかも“俺は分かんねぇ”かよ。これじゃ容疑者の見極めもできやしねぇ」


「……いや」

 レイジが低く口を開いた。

「理解できていない説明ほど、かえって事実を映すこともある。相馬は正直に言っている」


「は、はい……」

 相馬は安堵の息を吐いた。


   ◇   ◇   ◇


 廊下の奥で、篠森拓哉(40歳・記者)が煙草をいじりながら待ち構えていた。


「ほう……案内ツアーか。ご苦労なこった」

 篠森は挑発的な笑みを浮かべると、レイジを値踏みするように眺めた。

「で、探偵さん。研究内容は“よく分からない”で済ませるらしいが、それで事件が解けるのか?」


 相馬は視線を落とし、言葉を詰まらせた。


「余計な口を挟むな」

 ジョーが一喝する。


「……いや、いい」

 レイジは冷ややかに篠森を見やり、歩を進めた。

(研究の核心はまだ隠されている。だが、施設の構造と人の配置……少しずつ見えてきたな)


 雨音が天井を打ち、静かな廊下に不気味なリズムを刻んでいた。

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