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第20章 偽りの死

 研究所の廊下は、不気味なほどの静寂に閉ざされていた。

 レイジ(48歳・探偵)とジョー(47歳・刑事)は食堂を出て、最後の確認に向かって歩いていた。


 ──その時だった。


「……止まれ」

 レイジの声が低く鋭く響いた。


「は? 何のことだ……」

 ジョーが怪訝に振り返ったその瞬間。


 天井のダクトが静かに開き、そこから白衣を纏った影が音もなく降り立った。

 死人のように蒼白な顔。最初の被害者だったはずの藤堂玲奈(26歳・研究員)が、鋭く尖らせた注射器を振り下ろしてきた。


「っ──!」

 レイジは紙一重で身を引き、針は虚空を切り裂いた。


「なっ……死んだはずじゃ……!」

 ジョーが叫ぶ。


 藤堂は血走った目で二人を睨みつけ、口角をゆがめて笑った。


「死人が歩くとでも思った? 違うわ。死んでいたように見せただけよ」

 声は湿り気を帯び、狂気に震えていた。

「薬で脈も呼吸も最小限に止め、筋肉を固めて……そして再び目を開ける。これは研究員のあたしにとって“最高の実験”だった」


 その言葉に、レイジの瞳が鋭く光る。

(……やはり“蘇った”のではなく、仕組まれた“仮死”。死人が歩くはずがない……!)


「……ふざけやがって……!」

 ジョーは咆哮し、即座にホルスターへ手を伸ばした。

 拳銃を抜き放ち、黒い銃口を藤堂へ向ける。


「これ以上は、一歩も動くな!」


 藤堂は怯むどころか、恍惚の笑みを浮かべる。

「怖がる必要なんてないわ。あたしは死を越えた存在……人間の限界を超えたのよ」


 彼女の声は甘美で残酷な響きを帯びる。

「永遠に朽ちず、老いず、生き続ける。あたしは“不死の王”になる。世界はこれから、あたしの足元にひれ伏すのよ……すばらしいでしょう?」


 静寂を裂くように、レイジの低い声が返った。

「そんなものは、妄想だ。……顔は蒼白のまま、血の気ひとつ戻らん。結局は不老不死など夢物語で、そのまま死に至るだけだ」


 廊下に、雷鳴のような声が響き渡った。


   ◇   ◇   ◇


 その時、不意に外の空気が変わった。

 耳を澄ますと──雨音が消えている。

 いつの間にか嵐は過ぎ去り、窓の外には夜明けの光が差し込みはじめていた。


 遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 赤色灯が窓を染め、レスキュー隊と応援の車両が次々と到着した。


 閉ざされていた研究所は、ついに孤立を解かれた。

 だが廊下ではまだ、生きていた“ただ一人の生存者”にして真犯人──藤堂玲奈と、生き残った二人が対峙していた。

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