第19章 蘇る死者
雨音が壁を叩き、研究所の闇をさらに濃くしていた。
食堂を出たレイジ(48歳・探偵)とジョー(47歳・刑事)は、互いに言葉少なに歩みを進めていた。残されたのは二人だけ。今やこの足取りすら、死へと向かう道に思えた。
「……本当に、全部の遺体を確認するのか」
ジョーが低く問う。
「そうだ」
レイジは短く答える。
「動かされた形跡があるなら、見過ごすわけにはいかない」
その声は冷静だったが、奥底には焦りが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
最初に訪れたのは、藤堂玲奈の倒れていた実験室だった。
白い床の上、注射の跡はそのままだったが──遺体の位置は、微妙に違っていた。
「……おい、待てよ」
ジョーが声を荒げた。
「前は……もう少し機械の近くだったはずだ。今の位置じゃ、遠い気が」
レイジは目を細め、冷たい視線を床に落とす。
「確かに……移動しているな」
「誰かが……また動かしたのか……?」
ジョーの言葉には、苛立ちと怯えが混じっていた。
◇ ◇ ◇
二人は次に、杉浦剛志が絶命した廊下へ向かった。
そこでも違和感はあった。血痕の形が変わり、体勢がわずかにずれている。
「クソッ……やっぱり同じだ」
ジョーが唾を吐くように言った。
「死体をいちいち動かして……何のつもりだ」
その問いに、レイジは即答できなかった。
(死体が“動かされた”のか……それとも──)
◇ ◇ ◇
やがて二人は、篠森拓也の遺体のあるトイレへとたどり着いた。
扉を開いた瞬間、二人は言葉を失った。
個室の中、壁にもたれるようにしていたはずの篠森の体が、今は前のめりに崩れていた。
その顔は、死んだはずなのに、今にも声を上げそうな表情を浮かべていた。
「……ふざけんなよ……」
ジョーの声が震えた。
「これじゃ……まるで……生きて歩き出したみてぇじゃねぇか……!」
湿った沈黙が、二人を押しつぶした。
「死人は歩かない」
レイジの声は低く硬い。
「だが……“そう見せたい”誰かがいる。あるいは──」
「あるいは……?」
ジョーが食い下がる。
レイジは言葉を切り、深く息を吸った。
「……黒瀬所長だ。あの人間が俺を呼んだ。警察がいるのに、探偵まだ……。死人が蘇ることを、最初から恐れていたのかもしれん」
ジョーは顔をしかめ、奥歯を噛んだ。
「……つまり一番怪しいのは、最初に呼んだ所長ってわけか」
◇ ◇ ◇
雷鳴が窓を揺らし、電灯が一瞬だけ明滅する。
その薄闇の中、死者たちが息を吹き返し、影だけが歩いているかのように見えた。
二人の胸に残ったのは、ただひとつ──
「死人が蘇ったのではないか」という、恐ろしくも抗いがたい疑念だった。