表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

第1章 黒瀬バイオ研究

 午後の山道を、黒塗りの警察車両が雨を切り裂くように走っていた。

 ハンドルを握るのはジョー(47歳・警視庁刑事)。背を丸め、ワイパーの音に苛立つように眉間の皺を深くする。


「チッ……俺様が運転かよ。助手席でふんぞり返ってる探偵様は、よっぽど楽だろうな」


 助手席に座るのはレイジ(48歳・私立探偵)。中折れ帽を目深にかぶり、窓の外の暗い森を眺めている。左手で無精髭をさすりながら、口の中でガムを噛んでいた。


「運転はお前の方が向いてる。それに俺はただの客人だからな」


「ケッ……生意気言いやがって」

 ジョーは舌打ちし、わずかにアクセルを踏み込んだ。


「黒瀬宏(65歳・黒瀬バイオ研究所所長)が通報した内容、覚えてるか?」


「ああ。“研究所で人が死んだ”──だろ。第一発見者にして通報者……一番怪しいに決まってんだ」


「早計だな。だが、候補を絞るには悪くない」

 レイジは淡々と返し、味の抜けたガムを噛み直した。


   ◇   ◇   ◇


 雨は次第に激しさを増し、フロントガラスを白く覆う。

 細く曲がりくねった山道は、ガードレールすら頼りない。


「後続があったとしても、この土砂崩れじゃ無理だな」

 ジョーが唸る。


「……孤立するかもしれん」

 レイジは窓の外、濡れた山肌を見やり、さらなる土砂崩れの兆しを読み取ろうとした。


   ◇   ◇   ◇


 ようやく視界に現れたのは、山奥に不釣り合いなほど無機質な建物だった。

 黒瀬バイオ研究所──鉄とガラスの直線で組まれた、冷たい要塞のような施設である。


 入口に立っていたのは、黒瀬宏。背筋こそ真っ直ぐだが、雨に濡れた白髪と強張った顔が、老いと動揺を隠しきれない。


「……よく来てくださいました。神城刑事、それに時雨堂先生」

 黒瀬宏は沈痛な声で口を開いた。


「死んだのは誰だ?」

 ジョーが鋭く問いかける。


「藤堂玲奈(26歳・研究員)です。実験室で……息をしていないのを、この私が……」

 黒瀬宏の声は震え、最後の言葉はかすれて消えた。


「やっぱりな。第一発見者であり通報者……しかも所長とくれば権力も欲しい。動機は十分だろ」

 ジョーが鼻で笑い、黒瀬宏を睨みつける。


「ジョー、落ち着け。……それだけで犯人扱いは飛躍だな。証拠がなければ推理じゃなくてただの憶測だ」

 レイジは低く制し、帽子のつばを指で押さえると、建物の奥へと歩みを進めた。


   ◇   ◇   ◇


 実験室の床に横たわっていたのは、藤堂玲奈だった。

 長い黒髪を乱し、白衣の裾が薬品に濡れている。

 争った形跡はなく、まるで眠りに落ちたように静かに動かない。


「……反応は見られないな」

 レイジは低く言い、帽子のつばを指で押さえた。


「間違いねぇのか?」

 ジョーが息を呑む。


「脈も呼吸も、俺には感じ取れない。……少なくとも、生きているようには見えん」


 佐伯由佳(29歳・研究員)が蒼白な顔で口元を押さえ、羽村紀子(42歳・事務担当)は帳簿を胸に抱いて震えていた。

 宮坂俊(22歳・警備員)は入口に立ち尽くし、ただ青ざめていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ