第17章 最後の三人
廊下には、冷たい雨音と湿った空気が漂っていた。
レイジ(48歳・探偵)、ジョー(47歳・刑事)、そして相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)の三人は、並んで歩を進めていた。
「……本当に、全部見て回るんですか……?」
相馬の声は震えていた。
「えっ、遺体ですよ? そ、そんな怖い場所……わざわざ行かなくても……食堂は広いし、ここで固まっていればいいんじゃ……そ、それにみんなでいないと、お、俺まで殺されてしまうかも」
「駄目だ」
レイジが低く答える。
「死者を確認することも、真相に近づく手がかりになる」
相馬は怯えた顔のまま視線を伏せた。
◇ ◇ ◇
最初に訪れたのは、藤堂玲奈の倒れていた実験室だった。
かつての悲鳴がまだ残っているようで、相馬は入り口から一歩も踏み込めない。
「……どうして……こんなことに……」
震える声が漏れる。
その時、目の端に違和感が刺さった。
掛けられた布の端が、前に見たときよりもわずかにずれているように思えたのだ。
(……気のせい、だよな……?)
胸の奥でざわめく感覚を振り払うように、相馬は唇を噛んだ。
「気を抜くな。ここでは誰だって標的になり得る」
ジョーが短く吐き捨てた。
その言葉に、相馬は袖を握りしめながら小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
次に、杉浦剛志が命を落とした廊下を通り過ぎた時。
相馬がふと足を止め、じっと床を見つめた。
「……あれ? でも、やっぱり……」
おどおどした声に、レイジが振り返る。
「どうした」
「い、いえ……ただ……なんとなく、おかしくないですか?」
相馬は床に残る血痕を指さした。
「杉浦さんの倒れていた位置……あの時と少し違う気がして……。ここだと、ドアが閉まらないはずなのに……」
ジョーが顔をしかめる。
「気のせいだろ。状況が状況だ、錯覚に決まってる」
だがレイジは目を細めた。
「……いや、相馬の言う通りだ。確かに不自然だな」
その声に、相馬は驚いてレイジを見た。
「ほ、本当ですか……?」
「死人は動かない。だが……“誰かが動かした”と考えれば辻褄は合う」
レイジの低い声が、廊下に響いた。
◇ ◇ ◇
沈黙が流れる中、相馬がぽつりと口にした。
「……あの……ずっと気になってたんですけど……」
顔を伏せ、指先をもじもじと動かしながら続ける。
「ど、どうして……け、警察の方がいるのに……なぜ、わざわざ探偵さんまで呼ばれたんですか?」
ジョーが舌打ちをする。
「今それを聞くか……?」
だがレイジは静かに答えた。
「黒瀬所長だ。研究のことより、ここで起きる“人間の動き”に不安を抱いていた。だから俺を呼んだ」
相馬ははっとしたように顔を上げた。
「……やっぱり……所長は何か知っていたんだ……」
◇ ◇ ◇
その瞬間、レイジの心に冷たい直感が走った。
相馬の観察は鋭い。
このまま真相に近づけば──犯人にとって最も危険な存在になる。
(……次に狙われるのは、相馬だ)
レイジは目を伏せ、ガムを強く噛みしめた。