第16章 絶望の灯
食堂の空気は張り詰めたまま凍りついていた。誰もが佐伯の死に震え、疑念と恐怖を胸に押し込めていた。
「……も、もう……ダメです……」
宮坂俊(22歳・警備員)が蒼白な顔で椅子から立ち上がり、泣きそうな声を漏らした。
「ト、トイレに……どうしても……」
その顔色は限界に近く、膝は小刻みに震えていた。
「一人では行かせられん」
レイジ(48歳・探偵)が低く言った。
「全員で行く。目を光らせていれば、犯人も手出しはできないはずだ」
ジョー(47歳・刑事)は腕を組み、短くうなずく。
「仕方ねぇな。相馬、立て」
「は、はい……」
相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)はおどおどしながら立ち上がり、袖を握りしめた。
こうして四人は連れ立ち、食堂を出て廊下へ進んだ。
◇ ◇ ◇
廊下は静まり返り、雨風の音だけが窓を叩いていた。
宮坂は先頭で足を引きずるように進み、その背中は今にも折れそうに頼りなかった。
その時、突然──天井の蛍光灯が一瞬だけ点滅し、闇が廊下を覆った。
同時に、外から強い風が吹きつけ、窓ガラスを激しく揺らす。
「……っ!」
全員が思わず振り返った。
わずか数秒。
光が戻った時、宮坂の姿がなかった。
「宮坂!?」
ジョーが叫び、駆け出した。
数メートル先、男子トイレの入口。
そこに──宮坂はうつ伏せに崩れ落ちていた。
駆け寄り、抱き起こすと、すでに体は冷たくなりつつあった。
首筋には、見慣れた赤い痕がくっきりと刻まれている。
大きく見開いた瞳は、なおも恐怖を映したまま宙をさまよっていた。
何を見たのか、何に怯えたのか──その答えだけが闇に呑まれていた。
「……ちくしょう……!」
ジョーが唇を噛みしめ、拳を震わせた。
「目を離したのは……ほんの何秒かだぞ……!? それなのに……!」
相馬は顔を真っ青にし、声を震わせた。
「す、すぐ近くに……犯人が……みんなずっと一緒にいたのに……も、もう、次は、お、俺がやられるんだ!」
◇ ◇ ◇
レイジは宮坂の亡骸を見下ろし、静かに言った。
「……犯人は狡猾だ。群れの中に紛れながら、獲物を仕留められる。全員で固まっても防げない……」
その言葉に、ジョーも相馬も息を呑んだ。
「一緒にいる」ことは、もはや安全ではなかった。
残されたのは、深まる疑念と恐怖だけだった。