第15章 死人の影
食堂の空気は重く沈み、誰もが息を潜めていた。佐伯の死は、閉ざされたこの研究所での絶望をさらに濃くしていた。
「……やっぱり……」
宮坂俊(22歳・警備員)が青ざめた顔を上げ、震える声でつぶやいた。
「……お、おばけが出るんじゃ……もう、呪われてしまったんですよ……」
その言葉に、場の空気が一瞬止まる。
相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)はびくりと肩を揺らし、落ち着かない手つきで袖を握りしめた。
「し、死人が……もし、動いてるんだとしたら……お、俺ら、もう……」
「ふざけんな!」
ジョー(47歳・刑事)が机を叩き、怒鳴った。
「死人が歩くか! そんな馬鹿なことがあるかよ!」
だがその否定は、怯えた心を打ち消すには弱すぎた。
宮坂は涙目で首を振り、必死に言い返す。
「み、見たんだ! さっき……廊下の窓に……篠森さんが……!」
その言葉に相馬も小さく呻き、唇を震わせた。
「お、俺も……影を見た気がして……」
緊張が走り、誰もが互いを疑わしげに見た。
◇ ◇ ◇
その時だった。
天井の蛍光灯がちらつき、数秒だけ薄闇が食堂を包んだ。
窓の外に、雨粒に揺れる影が映る。
それは確かに「篠森」の輪郭に似て見えた。
「ひっ……!」
宮坂が椅子を蹴って立ち上がる。顔は真っ青で、今にも倒れそうだった。
「や、やっぱり……篠森さんが……!」
「錯覚だ!」
ジョーが怒鳴るが、その声はどこか焦りを含んでいた。
誰もが否定できないほど、影は“それらしく”揺れていたからだ。
◇ ◇ ◇
「……」
レイジ(48歳・探偵)は静かに目を細め、皆を見渡した。
「死人は歩かない。だが……そう“思わせたい者”はいる」
その言葉に全員の視線が揺れる。
「死者が影を落としたように見せかけて、疑心暗鬼を煽る……犯人の狙いはそこだ」
「じゃ、じゃあ……誰かが……死体を……動かしてるってことですか……?」
相馬の問いはおどおどと震えながらも、確かに皆の胸を刺した。
ジョーは黙り込み、宮坂は視線を逸らす。食堂の空気はますます濁っていった。
◇ ◇ ◇
(死人が歩く……そんな馬鹿な話が、ここでは現実味を帯びてしまう。だが実際に動いているのは影じゃない。“生きている犯人”だ)
レイジは心の中で呟き、奥歯を噛みしめた。
だが彼の沈着な思考とは裏腹に、食堂に漂う空気は冷え切り、誰もが「死者の影」に怯えて目を逸らし合った。
その疑心暗鬼こそが、犯人の仕掛けた罠だった。