第14章 闇の囁き
疑惑の矢面に立たされた佐伯由佳(29歳・研究員)は、力なく椅子から立ち上がった。
「……もういいわ。誰も私を信じてくれないんでしょう」
うつむいたまま震える声でそう言い、涙を袖で拭うと、ふらつく足取りで食堂を後にした。
「待て! 一人で行かせるわけにはいかねぇ」
ジョー(47歳・刑事)が荒々しく立ち上がり、彼女の後を追った。
レイジ(48歳・探偵)は低く制止の声を放ったが、ジョーは聞かずにドアを閉めてしまった。
◇ ◇ ◇
廊下は薄暗く、雨音が窓を震わせていた。
佐伯は壁に手をつき、呼吸を乱している。
「はぁ……はぁ……ごめんなさい……もう、限界で……」
ジョーは舌打ちしつつも腕を貸し、彼女を自室のベッドへと導いた。
シーツに横たわる佐伯の顔は蒼白で、瞳は半ば閉じている。
「……寝てろ。少し休めばマシになるだろ」
そう言って毛布を肩まで掛けると、ジョーは安堵の息をついた。
「……大丈夫だ。生きてる。呼吸してる」
自分に言い聞かせるように呟き、ジョーは部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
時間だけが重く流れていった。
食堂の空気は張り詰め、誰もが落ち着かない仕草を繰り返す。
「……佐伯さん、まだ戻ってきませんね」
宮坂俊(22歳・警備員)が不安げに言い、相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)はうつむいて唇を噛んだ。
レイジは鋭い眼差しをジョーに向ける。
「……様子を確かめるぞ」
ジョーは言葉を失ったまま頷き、二人で佐伯の部屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
ドアを開けた瞬間、冷たい空気が流れ出した。
ベッドの上、佐伯は静かに横たわっていた。
その首筋には、赤い痕がくっきりと刻まれていた。
すでに呼吸はなく、冷たさだけが残されている。
「……そんな……俺が見た時は、まだ……」
ジョーの声は震え、拳が膝の上で固く握りしめられた。
「息してたんだ……間違いなく……」
「違う」
レイジが冷徹な声で断じた。
「お前が見た時点で、すでに死の淵にあった。呼吸に見えたのは、命の最後の痙攣にすぎない」
ジョーは言葉を失い、唇を噛みしめる。
佐伯の死は、誰もが守られないという現実を突きつけた。
◇ ◇ ◇
食堂に戻ったレイジは、静かに言った。
「……これで六人目だ」
残された者たちの顔に、恐怖と絶望が深く刻まれていた。
その沈黙を破る言葉は、誰の口からも出なかった。