第13章 疑惑の炎
篠森拓哉(40歳・記者)の遺体を発見した直後、食堂は一層の沈黙に包まれていた。
誰もが視線を落とし、声を出せずにいる。だが、その沈黙が逆に一人の存在を際立たせた。
「……でも」
宮坂俊(22歳・警備員)が、青ざめた顔で口を開いた。
「……さ、佐伯さんだけ……一人でここに残ってたんですよね?」
その言葉に、場の空気が凍りついた。
相馬達也(25歳・実験補助スタッフ)がおどおどと手を擦り合わせながら口を挟む。
「そ、そういえば……そうですよね。ぼ、僕らは倉庫に行ってて……で、でも……」
結局、何を言いたいのかは飲み込んだが、不安の視線は確かに佐伯へと集まった。
「なっ……」
佐伯由佳(29歳・研究員)は顔を真っ赤にし、椅子をきしませて立ち上がった。
「ち、違う! 私は……怖かったのよ! 一人で動くのが怖かったから……ここに残ってただけ!」
声は裏返り、言葉の最後は震えに変わっていた。
「けど……」
宮坂は言い返す。
「もし本当に怖かったなら、なんでボクたちと一緒に行かなかったんです?」
「そ、それは……男性のトイレだからですよ……」
佐伯の唇が震え、言葉が途切れた。
重苦しい空気を断ち切るように、ジョー(47歳・刑事)が机を叩いた。
「軽々しく決めつけるんじゃねぇ!」
低く響く声に、宮坂は肩をすくめて黙り込む。
だが相馬は落ち着かない様子で続けた。
「で、でも……だって……篠森さんがトイレで、また殺されて……疑うのは当然じゃ……」
その瞬間、相馬の視線が鋭く佐伯を射抜き、宮坂も同じように冷たい目を向けた。
「……もういいわ」
佐伯は力なく椅子へ腰を下ろし、うつむいた。
「誰も私を信じてくれないのね」
◇ ◇ ◇
「……やめろ」
低い声で、レイジ(48歳・探偵)が静かに割って入った。
「犯人は狡猾だ。誰が怪しいか、わざとそう見える状況を作ることもできる」
彼の視線が全員をなぞる。
「証拠もなしに疑いをぶつけ合えば、それこそ犯人の思う壺だ。……恐怖に飲まれるな」
その言葉に、全員が息を詰めたまま頷くしかなかった。
だが疑念の火は完全には消えない。
◇ ◇ ◇
食堂に広がるのは、静寂ではなく疑惑のざわめき。
佐伯は震える手で自分の腕を抱き、誰の視線も受け止められずに俯いた。
宮坂も相馬も目を合わせず、ただ落ち着かない仕草を繰り返す。
(この空気……犯人は必ず利用してくる)
レイジは内心で確信した。
疑念が渦巻く中、閉ざされた食堂の灯りは、誰一人として安らぎを与えなかった。