その⑤
警官の巡回が始まって2週間がたった。
最初の週は定時に制服警官2名が訪れた。
彼らはドアホンごしに遥の無事を確認し、パトカーに乗って帰っていった。
2週目からはもう1人の制服警官が、不定時に訪れて世間話をして帰っていった。
定時巡回だけだと効果が薄いという理由であった。
不定時の警官は他の警官と比べてちょっとおしゃべりが好きで調子が良かった。
ドアホンのカメラでもわかるくらい、いつも大汗をかいており
「こんなに暑くちゃ気が狂っちゃいますよ。」
が口癖だった。
一人で不安を抱えて生活する遥には、彼の明るさが幾分か助けになった。
監視カメラのデータは1週間ごとに回収に来るとのことであった。担当は件の刑事。
遥は毎日その日の録画分を確認していたが、不審な人物が映ることは無かった。
警官の巡回が始まって以来、カップは置かれなくなった。
きっとまだどこかで見ているのであろう。
その懸念はなかなか振り払えるものではなかったが、警察がしっかり遥を守っていることに変わりなく、1週2週とたつうちに徐々に張りつめていた精神がやわらぐのを感じた。
その日は監視カメラのデータ回収日だった。
休日を自宅で過ごしていた遥はチャイムが鳴るのを聞く。
ドアホンのカメラを覗くと不定時の警官が大汗をかいてこちらをみている。
「はい。」
「太田さん。捕まりましたよ!例の犯人!」
警官はあらんかぎりの笑顔を作って嬉しそうに語る。
「いま本署で取り調べ中です!やつが映っている可能性がありますのでデータを回収させてください。」
遥はすぐには状況を飲み込めなかった。
しかし、脳がゆっくりと事態を咀嚼し、身体が緊張から解き放たれていくのを感じた。
脚に力がうまく入らず、手を壁にあてて玄関に向かう。
ドアノブに手をおき力無げにゆっくりとドアを開ける。
警官はにこやかな顔で遥をむかえる。
大汗をタオルでせっせと拭きながら。
「お暑いでしょう。どうぞ中へお入りください。いま冷たいものをいれますので。」
遥は平常心を取り戻しつつ、警官を招き入れキッチンへと向かう。
背後ではドアが閉まる音とガチャッと鍵をかける音がした。
「ではこのカップに」
遥は歩みを止め振り返る。
警官はプラスチックのカップを胸元にたずさえている。
彼の顔を伝う汗が、あごから滴り落ちカップへと入る。
ぽた、ぽた、ぽた…
「ようやく入れてくれましたね。暑かったですよ。」
ぽた、ぽた、ぽた…
秋が過ぎ、冬が訪れる頃。
警察は太田遥の捜索を打ち切った。
世間では様々なことが立て続けに起き、他にもやらなければならないことが余りにも多すぎたからだ。
次の夏もまた暑くなりそうであった。
完
「ウイスケベサ」はゲール語で「命の水」という意味で、ウィスキーの語源らしいです。
マスターキートンでいってました。
だからきっと間違いない(適当)
ホラー書くの苦手なのがわかってよかったです。




