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その①

夏のホラー2025応募作品です。


(あつ)…」

玄関で靴を履きかけて思わず(はるか)は口に出す。


とうとう地球が壊れてしまったか。

そう思わずにはいられないこの暑さ。

5月の中旬から気温は35度に達していたのだが、真夏の現在最高気温は45度を超える。


あまりの暑さにセミすら一節たりとも歌うこと無く、夏にも関わらず世界は静寂に包まれていた。


冷房という文明の利器を持つ人間でさえも、その(はかな)い効果範囲から出てしまえば酷暑に身をやつすことになる。


もはや「猛暑日」ごときでは表現しきれていないため、40度を超えたら「煉獄日」、45度を超えたら「地獄日」と呼ぼうなどとテレビで識者が訴えているが、呼び方を変えたところでどうにもならない。

庶民は地獄の中を出勤し、地獄の中で仕事をするのである。


玄関のドアを開けると室内より数段上の熱気が肌に触れ、吸気が肺を()く。

早々に意気を(くじ)かれかけるが、これも生活のためだ。ふんすと吸気よりやや冷たくなった呼気を鼻から噴き出し前へと進む。


と、何かしらの違和感に気づく。

視覚に何か入ったような。

あたりを見回してみる。

あれだ。玄関わきに外付けされている給湯器。

その上に見慣れぬものが乗っている。


何かの液体が入った無色のプラスチックカップ。


慎重に手に取り観察する。

透明な粘度の低いさらさらとした液体。


飲み口で手を(あお)ぎ、おそるおそる鼻を近づける。

臭いは無い。

もう少し大胆に鼻を近づけて匂う。

やはり無臭だ。


てっきり、酔っぱらいが飲みかけのアルコールをお裾分けしてくれたのだと思ったが違うようだ。


片付けようかとも思ったが出がけだし、もう一度靴を脱いで部屋に戻るのも少し面倒だ。


誰かの忘れ物かもしれないし、とややこじつけめいた言い訳をして放置することにした。



定時で仕事を終え、帰る頃にはカップのことはすっかり頭から消え去っていた。

そして、帰宅時に再度思い出すこととなる。


カップはまだそこにあったのだ。

液体も変わらず入ったままで。


朝と同じ論法で再び放置しようかとも思ったが、何かの拍子でカップが転倒し、謎の液体を玄関先にぶちまけるかもしれない。そう考えると、放置はためらわれた。


仕方ない。

遥は中身をこぼさぬようにコップを持つと、玄関のドアを開けてそろそろと中に入り、靴を脱いでキッチンまで到達しシンクに中身をあけた。


水栓を開け、水を流してシンクを洗う。


よし。これで何もなかった。

まさに水に流してやったのだ。

あとはこいつをポイ。


プラスチックカップは音もなくゴミ箱に投げ込まれた。

遥の平穏は保たれたのだ。


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