第二十一話 悪魔の光
「そうか、悪魔の光と遭遇したか。手を出さなかったのは正解だ。無事で何より。」
その後、僕達は依頼の完了と、件の魔獣のことをギルドに報告していた。そして今眼の前に居るダンディーなおじ様は、アレーファギルドマスターの、ダルゲインさんだ。まだまだ現役のAランク冒険者であるらしく、その手腕を買われてギルドマスターに推薦されたのだという。…引くほどでかい棘付きの鉄球は見なかったことにしよう。
どうしてこんなことになっているかというと、初めての依頼なのに魔獣の傷が異常に小さい事に加え、黒マンタに出会ったことが要因だそうだ。
「それはまた、何故なのでしょうか?」
「悪魔の光ってのはな、強いくせに、手を出さなけりゃ何もしてこないっていう変わった魔獣なんだ。滅多に出ないんだが、出たときは自分が最強だと勘違いしている馬鹿が手を出したりしてな、そのたびに災害みたいなことになるんだ。温厚だからAランクの魔獣になっているが、強さだけならSランクほどはあるからな。サシで戦ったら俺でも勝てんだろうよ。まぁ、子供のしつけにも使われるほど、その恐ろしさは常識になっているから普通は大丈夫なんだがな。」
僕、知らないんだけど…。手ぇ出さなくてよかったぁ!
「にしても、新人のあんたが聖属性の使い手だったとはなぁ。姿もコロコロ変わるらしいし、将来有望だぜ。」
「ははは、それなら嬉しいです…ね?え?」
あれ?
「認めたな。姿を変えることを。」
「いやー、ハハ。流れで返事をした、だけじゃないっすかねぇ??」
「動揺が隠しきれていないぞ。実力のありすぎる新人、それと逆に弱すぎる新人。そのタッグ。どんな奴らなのか、観てみるのはギルドとして当然の責務だろう?」
うっ確かに!
「観てみればどうだ?登録したときは人族らしき姿だったのに、昨夜は明らかに長耳族になっていたし、街から出たらそこの優男は狼に化けた。獣人でも無いのに、だ。姿を変える、というのは、身元のバレたくない者が隠れるためにすることが多いんだ。どんなカラクリを使った?目的はなんだ?」
先程の穏やかな様子とは打って変わって、ダルゲインさんは鋭い眼差しをこちらに向けている。これは、言うしかないのだろうか?というか言わないといけないんだろうな。
「ギルドに敵対するだとか、人民に危害を加えるつもりは御座いません。ギルドマスター、口は堅いでしょうか?今から言う私の情報を、言いふらさずに居てくださることは可能でしょうか。」
「害でないなら、な。」
「絶対ですよ?私は、転生者なのです。」
僕は、ドーガにした説明と同じ事、つまり、この世界に来た経緯、得た能力などを事細かに語った。
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「なるほど、そんな事情があったのか。疑って済まなかったな。」
「いえいえ、疑われるのは当然ですし、後先考えず思い切ったことをした僕が悪いんですよ。にしても、よく信じられましたね?」
「随分と謙るんだな。まあいい。色々聞き出したままだと悪いし、お前には教えておこう。実はな、このギルド長室には、言動が真実かどうかがわかる魔導具が設置されているんだ。『審判』の権能を込めた魔導具でな、目が飛び出るほど高価だから、この街では此処にしかないんだ。」
「なるほど、だからすんなりと信じてもらえたんですね。」
「ああそうだ。本当のことを言ってるのかどうか怪しいやつがいたら連れてきたらいい。信用できそうなお前なら、優先してやってもいいからよ。」
こうして、無事、ギルマスからの誤解も解けた僕らは、ギルド長室を後にした。
「おい、何かあったのか?何ともないか?」
「悪魔の光に遭遇したとも聞いたぞ。よく手を出さずに戻ってきた。よくやったな!」
ギルド長室に繋がる階段から降りてくると、数人の冒険者達が群がってきた。ドーガは仕事でいないが、その中には当初僕に絡んできたーーように演技をしていたチンピラ風の男、ヤールもいる。彼は真面目で面倒見の良い人物で、実力もちゃんとあるBランク冒険者だ。本来はもっと優しい見た目をしているのだが、新人の指導のためにこの荒くれの姿になっているらしい。
荒事を生業とするだけに、至近距離に何人も近づいてくると、怖い。もしこれが地球の路地裏なら、普通に恫喝の現行犯である。
だが、僕は、彼らは僕を心配して話しかけていることを知っているつもりだ。
何故なら、この街は、この街の住人は、世界観的になんかおかしいからだ、勿論いい意味で。
まず、冒険者が荒くないのだ。強面の人が目立つが、新人なのだろう、幼さの残る少年が怯えることなく意気揚々と依頼を選んでいるし、よく見ると幼気な幼女すらもいる。いかにも初めてのおつかいといった様子にしか見えないが、そういうわけでは無いのだろう。大人の冒険者が先導して、子供用の依頼ボードの方に連れて行っている。
受付のお姉さんに聞いたのだが、この街では特別に、幼い子供も冒険者になれるのだという。ただし、街の人々の手伝いしかしてはならない見習いという形だが。
どうやって読み書きを覚えているのだろうかと疑問に思っていたのだが、これなのだろう。子供用の依頼は大人が同じ事をするよりも少し報酬が低くなっているが、どれも多くの街人と触れ合える依頼になっているようだ。そこで子供達は、人との接し方や読み書き計算を覚え、将来に繋げていくのだろう。
また、今言った通り、子供が普通に街を歩き回っているのもおかしいポイントだ。人さらいも、カツアゲも無い、良い街だたいうことなのだろう。昨日は、迷子になっている子供の親を、周辺のカタギには見えない強面男達が総出で探していた。子供泣かないかな?むしろキラキラした目で見てたな、意味わからん。
まあそういうわけで、ここの街の人間、とりわけ冒険者はみんな、本当にみんな人がいいのだ。困っている者が居たら手を差し伸べ、周りへの気遣いも忘れない。おまけに昼から酒を飲んだりしないほど行儀正しいと来た。まさに、冒険者という仕事に誇りを持ち、汚すまいとしているような感じがする。
「大丈夫ですよ、少し身の上話をしてきただけで、特に何もありません。」
「そうか、それなら良かった。」
僕の言葉を聞くと、ヤールは明らかにホッとした様子になった。やっぱ良い人なんだよな。
「にしても悪魔の光でしたっけ、アレはやばいですね。いかにも場違いといった感じなのに、関わったら死ぬようなそんな感じがしましたよ。」
「噂には聞いていたが、そんなにか?」
「黒くて平たい、禍々しい空を飛ぶ魔獣、という情報はあっても、姿を見た人なんてほとんどいませんからね。というか、たぶん姿をみた人だいたい死んでるんでしょうけど。」
「せめて正しい姿でもわかればなぁ。そうすればガキ共にもコイツにゃ絶対関わっちゃいけねぇっつうのも通じるし、見たらすぐわかるってもんだ。」
「誰か見たことがあるやつで伝える手段を持ってるやつがいればなぁ…」
おや?みんなこちらを見ているな。
「なぁ新人、どうにか姿を俺ら冒険者達に知らせることはできないだろうか。」
「情報を制する者は戦を制す、と言うからな。」
もっともなことを言っているが、皆さんの目は揃いも揃ってキラキラと光り輝いている。気の強そうなお姉さん冒険者の目もキラッキラなので、余程あの黒マンタの真の姿を知りたいのだろう。
幸い、じっくりと観察したので、見た目はちゃんと覚えている。
「んー、わかりました!ギルマスと相談して、皆さんに姿をお見せすると致しましょう!」
「「うおおー!!」」
歓声が上がった。そんなにか?
「ということがありまして、私のスキルを活用してどうにかしたいのですが、作ったものをギルドに置かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「そういうことなら勿論良いぞ。俺もアイツのことは数えるほどしか見たことがないし、全部スルーしたからな。一度はじっくりと見てみたいと思っていたのだ。俺からも頼むぜ。」
「ではここで作らせて頂きましょう。」
筆そーうびパレットそーうび中キャンバスドーン筆洗そぉい準備完了!フッ、我ながら流れるような動作だぜ。
これから制作するのは、人間より少し大きいくらいの悪魔の光フィギュアだ。いくら大きいと言えども、このマジックカラーと『仕切り直しの筆』があれば、詳細に描くのは容易いことだ。『形状変化』とかいろいろ使って描き上げてやるさ!
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「これがあの御伽噺の化け物…!」
「なんて禍々しい姿、でもカッコいいわ!」
「イタイ、ココロガイタイヨ…」
三者三様の反応を見せる冒険者達。その前には漆黒のマントのような魔獣…の置物が置かれている。無論、僕が創ったものだ。
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名称:漆黒の魔獣の置物
種類:置物
画力値:0/500
説明:異世界人が神託スキル『描画顕現』を使用して創造した、魔獣「悪魔の光」の置物。まるで本物かのように瘴気を放っている。本…物…?
プラスインフォメーション:高耐久化、状態維持、実物再現、命令受信
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この置物はプラスインフォメーションにより、ご丁寧に本物そっくりの瘴気(偽物)
を放ち、埃なども被らない。さらに、僕が命令を下せば戦闘を開始することもできるという優れものだ。
みんな喜んでるようだし、注目を集めているようだ。
よっぽどのことがないと壊れもしないし、きっとこのギルドの名物にでもなるだろう。
今日はもうやることが無いな。イレルフも1人で依頼を受けていないし、さっさとドーガの家に帰って、新しい料理でも描いているとしよう。きっとドーガもイレルフも驚くだろうな。