第十三話 視点:門番
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時は遡り、アーティが街を見つけた頃。場所は街の入り口での出来事。
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俺の名はドーガ。この街で門番を担っている男だ。
自分で言うのもなんだが、兵士の中では結構腕が立つ方だ。
そんな俺が、門番なんかをしているのには理由がある。
1つ目は、新人の教育。
2つ目は、俺が持つスキルだ。
新人の教育。何故それが門番の仕事と同時に行われているか。それは、比較的安全な場所で、実践的な経験を積ませるためだ。
新人、と一言で言っても、兵士団に入団したてなひよっ子を意味することもあるし、ある程度の訓練を積み、街の巡回などをすることを認められるようになり、日が浅い者のことを意味することもある。
俺が教育しているのは、後者の方だ。
兵士というのは、いくら訓練を積んだとしても、それはあくまで訓練を積んだだけに他ならない。
戦闘訓練も、捕縛の訓練も。どんな訓練であっても、それは訓練に他ならない。
対して、実践は違う。
例えば、犯罪を犯した者を見つけ、捕縛しようと動くとする。訓練なら、上官が犯罪者の役をして、わざと…ではなくとも、手加減をした上で捕まる、という形を取るだろう。
だが、やはり訓練は訓練。上官が訓練生に危害を加えることなんかない。つまり命の危険が無いわけだ。
実地では違う。犯罪者、特に殺人や傷害の罪を犯した者は、人を傷つけるのにためらわないことが多い。つまり、相手はこちらが死のうと別に構わないわけだ。ここに、訓練との差が生まれる。
俺は、新人に何を教える立場にあるのか。それは、実地での様々な対応の仕方や、野生の魔獣との戦い方、取り調べのやり方、などだ。あとは、調子に乗った新人を矯正する、という役割もある。
たまにいるのだ、力が付いたからといって調子に乗る、ただ自尊心が強くなって、雑務の類を覚えようとしない奴が。兵士団は、犯罪者の取締や治安維持を担当している都合上、書類を整理する、ということも必要だ。情報共有ができないと、こういう組織は成り立たない。
で、そういうヤツを放置しておくと、そのうちトラブルを起こして団を追放、なんてこともよくある。それを防ぐのだ。
次に、俺のスキルについてだが、俺は『身体強化』ができる。もう一つが、理由となるスキルだ。それは、相手が悪い人間かわかるというスキル『人相分析』だ。
相手が何の変哲も無い農民だったら反応しないが、無差別に人を襲おうと考えている吸血鬼には激しく反応する、という感じ。
ここで重要なのは、悪人かどうかは、使用者の主観による、ということだ。もし俺が享楽殺人は悪くない!と考えていたら、享楽殺人鬼にも全く反応しない、というわけだ。
その点、俺は問題無い。殺人や窃盗は悪だろうし、奴隷商人も悪だと言える。他の国なら認めているとこもあるだろうが、うちの国では違法だ。この国の法律は網羅しているから、多くの事件を未然に防ぐことができる。
まあ、というわけで、一目で犯罪者、または犯罪者予備軍を摘発、指導するのが可能だ。それで、俺は門番をやっているんだ。何事も、大元が無ければ広がることもないからな。
今日はいつもに比べて人通りが少ない。もう少しで門を閉める時間だ。
と、思っていると…
「先輩、何やらあそこに人らしき姿が見えますよ。」
「そうか、ならその人が来るまでは開けておいた方が良いかもな。」
声を掛けてきたのは、今俺が教育している新人のテーミン。テーミンは他の新人と比べても、素直で物覚えがいい青年だ。
歳は、俺は27で、テーミンは20。だからか、テーミンは俺を兄のように慕ってくれている。
ちゃんと努力を続けて行けば、俺よりも優れた兵士になるのは間違いないだろう。
「何かしていますね…。大きな狼のようなものが見える気も…。」
「お前にはまだよく見えないのか。レベルが上がり、身体能力が高くなれば視力も上がる。まだまだ、努力あるのみだな。」
「はい!これからも精進します!」
「よし、頑張れよ!それはそれとして、大きな狼?狼系の魔獣は総じて強いものが多いから、かなり強い従魔師かもしれんが、だとしたらあんな所で何をしているんだ?」
遠くに、人影が見える。俺の目が確かなら、ソイツは一匹の狼の魔獣を連れているな。こんな時間にあんな所で、ゴソゴソと何をしているんだ?
数刻後、テーミンと雑談をしたり、武具の手入れをしたりしていると、その人影がこちらに向けて動き出した。心無しか狼が小さくなっている気がするが…まあ気のせいだろう。
姿が見えてきたな。珍妙な汚れた格好をした、あまり強そうには思えない、黒髪黒目の青年と、腰ほどの大きさの、灰色の狼が1匹だ。明らかに狼のサイズがおかしい。さっきはあんなに巨大に見えたと言うのに…。
「あの〜、こんな遅くにすみません。街に入れてもらうことはできるでしょうか?」
話しかけて来たな。俺のスキルには反応が無い。悪意あるものでは無いということだ。だが、俺のスキルは万能じゃない。感情を何らかの手段で悟られないようにしている者には、全くの無力なのだ。まあそんな者は数えるほどしか居ないがな。例えば、かなり高位の冒険者とかだ。そういうヤツなら、特殊な従魔を連れていても不思議ではない。
さも今気付いたかのようにして、怪しまれないよう返答をする。物をよく知らない、取るに足らない者だと相手が判断すれば、御の字だ。弱いものに対しては、ボロが出やすくなるからな。
「ん?こんな時間に人が来るとは珍しいな。汚れた珍妙な格好に、従魔の犬か?この街の者では無さそうだ。身分証、無ければ通行料を払うことは可能か?」
「すみません。身分証もない一文無しな者で…。現物ではだめでしょうか?」
明らかに狼の魔獣なのに犬と聞いた俺に対しても、丁寧な態度を崩すことがない。余程の役者で無いなら、これがこの者の本性なのだろう。チンピラなら、揚げ足を取るからな。
しかし、現物か。通貨を持っていないものは珍しくないので、よくあることだが、値に足らない物を渡されても、通すことはできない。しっかりと見極めてやるとしよう。
お、『空間収納』持ちか、羨ましいな。100人に一人持っていると言われているが、俺は持ってないからな。取り出したのは、槍か。普通の槍なら、銀貨1枚ほどの価値がある。通行料は銅貨5枚。銅貨10枚で銀貨1枚だから、不良品じゃなけりゃ、余裕で足る。受け取って確認してみるか。
「現物、この槍か?俺はもう槍はもってるんだが…!?なんだ!この槍は!俺が持っている槍とは比べ物にならないくらい軽いぞ!」
「はい、そうなんです!この槍は特殊な槍でしてね、並の物よりも鋭く、丈夫で、その上羽のように軽いのです。どうです?これを通行料の代わりとして、通して頂けないでしょうか。」
そう、とてつもなく軽いのだ。言葉の通り、羽を持っているような感覚だ。こんな軽さで戦えるのか、と不安になるが、嘘を言っているようには思えない。それに、もしこれで普通に戦える性能を持っているのなら、この槍は「魔法武器」とも言えるだろう。金貨5枚、つまり銀貨50枚はくだらない高級品であるはずだ。偽物なら、ただのスカスカのおもちゃなのだがな。
「うーん、そうだな。疑いたくは無いが、鈍らを掴まされているかもしれんからな。何かで試させてもらいたいんだが…んん!?おい!向こうから何か来てるぞ!魔獣だ!それも結構強いぞ!お前たちは俺の後ろにいるんだ!」
俺達が話していると、俺の視界が大きな土埃を捉えた。ここであんな大きな土埃を立てられるのはアイツしかいない。
ジャイアントライノ、B+ランクの魔獣。素早く動くものに反応して突進し、2本の角で串刺しにしてくる。並の兵士なら瞬殺だ。俺でも、数分持ちこたえられれば良い方だ。
よし、一か八か、この青年を信じてみよう。俺の長年の勘が、この青年を、この槍を、信じられると言っている。テーミンには普段からよく言っているから、救援を呼びに言ってくれている。青年の狼も、戦闘態勢に入ったようだ。サイズが大きくなっている、やはり普通の魔獣では無かったか。それでも、足止めをしなければ…。
俺は奴に向かって、全力で飛び出した。
「うおぉぉ!『身体強化』!ぶち抜けぇぇ!」
槍が軽いからだろう。いつもの2倍は跳べている。
『身体強化』を最大出力で使用し、槍を構えた。狙うのは、奴の、というか一般的な生き物の、この状態での唯一の急所ーー即ち目を狙って。
槍は、的確に奴の目を貫いていた。だが、おかしい。なにがおかしいかと言うと、ちゃんと通ったことがおかしいのだ。俺は、奴が少しでも怯んで足を止めたら良いと思って、槍を放ったのだ。いつもなら、貫くことなんか無い。いつもその硬い瞼に遮られるし、眼球に当たったとしても、刺さることくらいしか無いのだ。
ジャイアントライノは、並の人間とは比べられないほどに強力な『身体硬化』というスキルを使う。
その硬さは、槍の刺突を弾き、剣の斬撃を受け付けない。そして、スキルの効果は、少し弱まるとは言え、眼球にも及ぶのだ。俺の攻撃も、少しの傷を負う程度で終わるはずだった。
しかし、現実は違う。俺の槍は奴の目を貫いていた。それはつまり、この槍がかなり強力な「魔法武器」であることを示している。それが何故かというと、手に持っている時は羽のように軽いのに、振り下ろし始めたら、普通の重さに戻ったのだ。それに加え、ジャイアントライノの目を貫いたというのに、壊れそうな気配もない。柄の部分は木材なので、普通なら折れる。やはり、これは「魔法武器」に違いない。
「驚いたな。いつもならこんなに素早く動けることはないし、こんなに容易く入ることもない。これもこの槍のお陰なのだろうか。」
あまりの驚きに、俺らしくもなく、立ち止まってそう言ってしまった。そう、動きを止めてしまった。戦闘中にも関わらず、だ。
まずい、と思った頃にはもう遅い。ジャイアントライノは体勢を立て直し、己の目を抉った不届き者を粛清せんと向かって来る。
俺は、ほとんど諦めの境地だった。もう、間に合わない。いくら俺でも、あんな角で貫かれたら即死なのだ。
最期に魔法武器を振るえて良かったな、などと考えていたが、運命の女神は俺に微笑んでくれたようだ。
俺の背後から灰色の影が飛び出した。あの狼だ、と思った頃には、ジャイアントライノは5つに分かたれていた。恐ろしい威力だが、どうやら俺は、助かったらしい。
「これで、レベル1…?」
青年がそう呟いて居た気がするが、気のせいだろう。