【第7話】 ──交差──
避難所に向かう道は、かつて何百回と歩いた見慣れた住宅街だった。 だが今、そこには見知った風景の輪郭すら歪み始めていた。
軒先に掲げられた風鈴は無風の中で鳴り、電柱に巻かれた防犯カメラは同じ箇所を何度もループするように左右に揺れている。 道路の一部は、亀裂から異様な光が滲み出ており、誰もそれに近づこうとしない。
ハルキは沈黙のまま、だが陽一と沙織のすぐ後ろをついて歩いていた。 ミルも落ち着かない様子で鼻をひくひくと動かしながら、時折ぴたりと足を止めては何かを警戒するように後ろを振り返った。
「……あと少しで避難所だ。高井戸第四小学校。ここから歩いて10分くらいだ」 陽一がそう告げると、沙織が小さく頷いた。
「何もなければいいけど……」
その言葉に、ふと不吉な静寂が空気に混じった。
交差点の先、校舎の屋上に立つ人影が見えた。
「誰か……いる?」
陽一が目を凝らすと、その人影はゆっくりと腕を上げ、まるで何かを示すように真上を指差していた。
その瞬間、空が“割れた”。
空に走ったひび割れのような亀裂から、淡い紫と赤が混じった光がこぼれ落ち、まるで夜空に巨大な絵筆で絵の具を垂らしたように染まっていく。
「な、何だあれ……!」 沙織が悲鳴を上げる。
陽一は反射的にハルキを庇いながら、光の中心を睨んだ。
それは天災ではなかった。 まるで、誰かが“扉”を開けたかのようだった。
「……誰か、異能者がこの付近にいる。しかも、制御できていない」 ハルキの声が低く響く。
避難所と目されていた校舎は、まるでその“扉”の発信源のように震えていた。
「ようちゃん、行けるの? 本当にあそこに?」
陽一は数秒の沈黙の後、頷いた。
「……俺たちは、見届けなきゃいけない。 それが“選ばれた”意味なのかもしれない」
一行は、ゆっくりとその異形の光へと歩を進める。
常識が崩れ、現実が揺らぐこの都市の片隅で、彼らの運命は確かに交差し始めていた。