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【第4話】 ──予兆──



掌に宿る熱は、やがて鋭い針のような疼きに変わった。


「くっ……!」


陽一は思わず手を引っ込め、指を開いて見つめた。そこには何の変化も見えなかった。肌の色も、爪の形もいつも通り。だが、確かに“何か”が掌の奥にいる。それはまるで、見えない生き物が皮膚の下を這いずり回っているかのような感覚だった。


沙織が不安そうに覗き込む。 「どうしたの? また……?」


「大丈夫。見た目には何も……でも、変なんだ。自分の手じゃないみたいな感覚がある」


ミルが不安げにくぅんと鳴いた。


そのとき、スマートフォンが鳴った。緊急速報ではなかった。近隣住民に一斉送信された杉並区の通知だった。



《杉並区役所よりお知らせ:現在、区域内において複数の異常事象が報告されております。避難を推奨します。指定の避難所は高井戸第四小学校です》



「……とうとう来たか」 陽一は低く呟き、テレビのスイッチを入れた。


画面には、各地の被害映像が連続して映し出されていた。炎に包まれた高層ビル。巨大なクレーター。天を裂くように伸びる“光柱”。どこかの都市では、空そのものが紫に染まっていた。


「これ……映画じゃないよね?」 沙織の声には、震えが混じっていた。


陽一は、そっと彼女の手を握った。 「避難しよう。車は危ない。徒歩で行くにしても、できるだけ目立たないようにしよう」


荷物は最低限にした。 飲料水、保存食、懐中電灯、バッテリー。 そして、何より大事なミルのキャリーバッグ。


玄関で靴を履く手が、かすかに震えていた。 それは恐怖ではなく、“何かを知ってしまった者”としての直感だった。


家の外に出ると、街の様子はさらに荒れていた。 カラスが異常に飛び交い、遠くで火災報知器のような音が絶えず鳴っていた。 何人かの住民が同じように避難を始めていたが、誰もが一様にうつむき、口を閉ざしていた。


数十メートル歩いたところで、異変は再び起きた。



「ようちゃん、見て……あれ……」


沙織が震える指で指さした先。 路地裏に佇む一人の少年。


彼の周囲の空気が、蜃気楼のように歪んでいる。 まるで、そこだけが別の次元と接続されているようだった。


少年はぼんやりと空を見上げていた。 だが、次の瞬間──



彼の体から爆発的に何かが放出された。 風でも熱でもない。だが、目には見えない“圧”が陽一たちに襲いかかった。



「下がれ!」


陽一は反射的に沙織とミルを背後に庇った。 地面が揺れ、電柱がぐらりと傾く。


少年の周囲に、亀裂が走った。


その姿が見えたとき、陽一は悟った。


──この世は、もう“人の領域”だけではなくなっている。


異形だけではない。 人間もまた、変わり始めている。

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