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【第28話】 ──受容──



砕けた瓦礫が地面を転がり、まだ収まらない震動が校庭に低く響いていた。 空気は焦げたような匂いを含み、破壊の余韻が重く漂う。


陽一は、立ち上がったまま微動だにせず、霧の波を見つめていた。 その奥では、怒りと恐怖、そして戸惑いが渦巻いている。


(まだだ……まだ、終わっていない)


崩れた校舎の陰に避難している沙織たちの姿が視界の隅に映った。 遠くからでも彼女の怯えと必死な祈りが、痛いほど伝わってくる。


自分ひとりの戦いではない。 ここには、守るべき命がある。


陽一は、もう一歩前に進んだ。


その瞬間、霧の奥から新たな気配が滲み出た。 それは先程の暴走とは異なる、異質な "存在" だった。 黒い濁流の中に、一際濃密な "核" のようなものが現れたのだ。


──認めない。 ──存在を、許さない。


重い、圧倒的な拒絶の意志。 それは、これまで陽一が相対してきたものとは比較にならないほど強い負の力だった。


空間そのものが軋み、足元のアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。 大気は歪み、景色がぐにゃりと捻じれる。


(これが……本当の、試練)


陽一は静かに息を吐いた。 恐怖はある。 体は傷だらけだ。 だが心だけは、確かだった。


──逃げない。 ──立ち向かう。


影が形を成す。 それは、人のようで人ではない。 黒い瘴気を纏い、幾重にも重なった無数の声が体中から滲み出していた。 存在そのものが呪いのようだった。


陽一は足を踏み出した。 校庭に、乾いた砂を踏みしめる音が小さく響く。


霧の中心から伸びた "腕" が、槍のように陽一に向かって伸びた。 空気を裂き、凄まじい勢いで迫る黒い突風。


(受け止めろ……!)


陽一は逃げなかった。 体を開き、迎え撃つでもなく、ただ "受け入れる" 姿勢を取った。


黒い槍が陽一の胸に到達した瞬間──


世界が凍り付いたように、音が消えた。


衝撃はなかった。 痛みもなかった。 ただ、陽一の中の "光" が、槍を飲み込み、浄化していったのだ。 それは陽一に芽生えた、存在そのものを肯定する力── "受容" の力だった。


霧が、ざわめいた。 恐れ、戸惑い、理解できないという叫びが四方から溢れる。 これまで触れれば全てを破壊していた存在たちにとって、自らが傷つけることなく "受け入れられる" という経験は、未知そのものだった。


陽一は静かに、しかしはっきりと告げた。


「俺は、お前たちを否定しない……。 存在していい。 ここにいていいんだ……!」


叫びではなかった。 呪いでもなかった。 ただ、ありのままを受け入れる意志の表明に過ぎない。


霧の一部が、震えるように後退した。 そして、陽一の光に触れたごく一部の霧が、かすかに色を変え始めた。 黒一色だった霧に、かすかな灰色や銀色が滲み始めたのだ。


──わからない。 ──怖い。 ──でも、知りたい……


ざわめきが変わった。


陽一に芽生えた力──それは戦うためではなかった。 理解し、受け入れるための力だった。 力の本質を見極められない存在たちは、恐れと興味の狭間で揺れ動いていた。


そして──次なる波が、陽一に襲いかかろうとしていた。


そのとき、校庭の端で、わずかに異なる波動が生まれた。 黒く濁った霧の海から、ぽつりと浮かび上がった小さな光。


それは、他のすべての存在とは異なる、どこか言葉にできない違和を孕んでいた。 怒りでも恐怖でもない、ただ、表現しようのない感情が微かに滲んでいた。


銀色にかすかに光る、小さな影。 少女のようにも見えるその輪郭は、震えながらも、陽一の方へわずかに歩み寄ろうとしているようだった。


得体の知れない緊張感と、どこか温度の違う気配。 それは、霧の群れの中で異様なほど目立っていた。


陽一は胸の奥に、微かな違和感と、まだ形にならない予感のようなものを抱きながら、ただその小さな影を見つめていた。


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