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【第27話】 ──覚醒──



世界が震えた余波は、校庭だけでなく、空そのものにまで及んでいた。 曇天を引き裂くように、見えない亀裂が走る。 重く淀んだ雲の隙間から、奇妙な光が筋となって降り注ぎ、まるでこの場に新たな存在が降臨するのを告げるかのようだった。


陽一は、未だ伸ばしたままの手に残るかすかな感触を握り締めながら、ゆっくりと膝をついた。 体は限界を超えていた。 脈打つ頭痛、焼け付く脇腹、千切れそうな筋肉。 肺に吸い込む空気すら痛い。 それでも、彼の心だけは不思議なほど静かだった。


──繋がった。


影との接触により、陽一は確かに "何か" を受け取った。 それは単なる情報や記憶ではない。 絶望を乗り越えようとする、かすかな "意思" の種だった。


影──名もなき存在──は、完全に陽一の心に寄り添ったわけではなかった。 恐れは残り、拒絶は消えきらない。 だが、それでも手を伸ばしてくれたのだ。 それは、奇跡だった。


「……陽一さん!」


遠くから、沙織の声が聞こえた。 ミルが吠えながら駆け寄ってくる気配もする。 必死に駆け寄ろうとする人々の気配もあった。 だが、陽一は振り向かなかった。 まだ、終わっていないからだ。


周囲を取り巻く霧──それらすべてが、影と同じように手を差し伸べてくるわけではない。 むしろ、影が陽一と接触したことに怒り、恐怖し、暴走を始めた存在たちの気配が、空気をさらに重くしていた。


地面が再び震えた。 今度は、不規則で、不快な揺れだった。 避難所のテントが次々に倒壊し、人々の悲鳴が校庭を満たす。 校舎の窓が砕け、破片が吹雪のように舞った。 誰かが叫び、悲鳴が連鎖する。


混乱の中、陽一の意識は研ぎ澄まされていった。 肌に感じる瓦礫の飛沫、鼻腔を刺す血と埃の匂い、耳に突き刺さる破砕音。 全てが、彼に今の現実を突き付けた。


──お前も、裏切るのか。 ──また、傷つけるのか。 ──消えろ。


校庭を取り巻く無数の名もなき存在たちの声が、闇となって陽一の胸に突き刺さる。 耳鳴りのようなノイズの中で、怒りと悲しみの念がぐしゃぐしゃに絡み合い、彼の意識を揺さぶる。


彼らにとって、陽一の存在すら脅威なのだろう。 手を差し伸べたことすら、裏切りと映るほどに。


「違う……違うんだ」


陽一は呟いた。 声は風に掻き消された。 だが、それでも言わずにはいられなかった。


「俺は……ただ、そこに在ることを、認めたいだけなんだ!」


返答はなかった。 怒りと恐怖に染まった存在たちは、理屈も対話も許さない荒れ狂う力の奔流となり、陽一を呑み込もうとしていた。


(負けない──)


陽一は、血で濡れたふらつく足を強く踏みしめた。 両手を広げ、全身で彼らの怒りを受け止める覚悟を固めた。 膝が砕けそうだった。 骨がきしむ音が耳の中で反響する。 だが、意志だけは折れなかった。


大気が悲鳴を上げる。 黒い霧が鋭い刃となって襲いかかる。 地面が裂け、空気が裂け、音すら引きちぎられるような感覚が陽一を襲った。 避難者たちの叫びも、もはや陽一には届いていなかった。


(耐えろ──)


陽一は、そのすべてを背負う覚悟で、目を閉じた。 心の内側で、かつて味わったすべての孤独と絶望を思い出していた。 だからこそ、今、誰よりもこの存在たちの痛みを知ることができた。


──たとえ傷ついても、踏みにじられても。 ──俺は、お前たちを、無かったことになどしない。


その瞬間、陽一の胸の奥で、かすかな "光" が瞬いた。 それは、これまでとは異なる感覚だった。 与えられるものではない。 押し付けるものでもない。 陽一自身の意志から、自然に生まれたものだった。


傷だらけの体の中心に、確かな "核" が芽生えたのだ。 その核は、黒い怒りにも恐怖にも侵されることなく、静かに、だが確かに輝いていた。


次の瞬間、襲いかかってきた黒い刃が、陽一に触れる寸前で弾け飛んだ。 衝撃波が走り、校庭の瓦礫を巻き上げる。 驚愕したように霧がざわめき、後退する。 霧の一部が、まるで触れたものすべてから逃れようとするかのように暴れ、空間に深い亀裂を生じさせた。


陽一は、ゆっくりと目を開けた。 その瞳には、もはや怯えも絶望もなかった。


ただ、在るがままのすべてを、受け止めようとする静かな覚悟と、揺るぎない光が宿っていた。


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