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【第21話】 ──訪問者──



陽一が再び旧音楽室の方向を見つめていると、不意に校庭の入口から複数の足音が響いた。 振り向くと、制服を着た警察官と、防災服を着た職員たちが校門を越えてこちらへと歩いてくるところだった。


避難所の空気がわずかに張り詰めた。


集まっていた人々の間にざわめきが広がる。 小さな子どもを抱えた母親は警戒心に目を光らせ、年配の男性たちはひそひそと声を潜めて話し始めた。 「政府の人間か……」「また隠すつもりなんじゃないか……」 そんな不信と不安の入り混じった囁きが、冷たい朝の空気に漂った。


一方で、若い青年たちの中には、希望を託すような視線を神原に向ける者もいた。 「これで何か変わるかも」と、震える声でつぶやく人もいた。


そうした視線や空気の揺れを一身に受け止めながらも、中央に立っている、黒縁眼鏡をかけた女性は表情ひとつ変えずに歩を進めた。


年齢は三十代前半、肩までの黒髪を無造作にまとめ、鋭い目元にどこか焦燥と冷静さが同居していた。


「斎藤陽一さんは……こちらにいらっしゃいますか?」


声を張らずとも、確実に届く口調。 陽一が一歩前に出ると、彼女は胸元から身分証を差し出した。


「内閣危機管理局 特別調査室、神原と申します」


周囲にいた避難者たちがわずかに息を飲んだ。


「あなたのことを、“特異存在に接触した者”として把握しています。 いくつか確認させていただきたいことがあります」


陽一は無言で頷いた。 一歩前に出ようとしたその瞬間、沙織の手が彼の袖をつかんだ。


「……大丈夫?」


彼女の声は震えていた。 だが、目は真っすぐに陽一を見ていた。 心配ではある。 けれど、それでも「行って」と言える覚悟が、彼女の瞳に宿っていた。


陽一は小さく微笑んで、沙織の手を包み込んだ。


「大丈夫。……何があっても、帰ってくる」


そう告げて、彼は神原のもとへ歩み寄った。


「……案内をお願いします」


神原は一礼し、旧校舎の外れにある使われていない管理棟へと陽一を導いた。 途中、何人かの避難者が不安げな視線を送るが、陽一は黙ってその視線を受け止めて歩いた。


管理棟はすでに仮設の指令室のような役割を果たしていた。 持ち込まれた通信機器、モニター、分厚い資料。 その中心で、数人の政府関係者とおぼしき人物たちが情報のやり取りを続けていた。


「我々の目的は、特異存在に対する国家的理解と、社会的安定の維持です」


神原はそう切り出した。


「そしてあなたは……初めて、“名を持たなかった存在”に対して直接的な影響を与え、記録に定着させた人物です」


その言葉に、陽一の背筋がすっと伸びた。 彼はただ目の前の“ユウ”に応えたにすぎない。 しかし、それがどうやら国家規模での関心を集めてしまったらしい。


「あなたの証言と体験は、今後の政府対応を左右する大きな鍵となります」


神原の瞳は真剣だった。 だがその奥に、何か言い淀むような気配も感じられた。


「……何か、他にもありますね?」


陽一の問いに、神原は数秒の沈黙の後、静かに頷いた。


「“ユウ”だけではありません。 ここ数時間の間に、他の地域でも“名の無いもの”の兆候が観測されています」


空気が凍る。


「そして……そのいくつかは、明確な“敵意”を持って現れた、という報告があります」


陽一の脳裏に、かつて霧の中にいた異形の影がよぎった。 形を持たず、けれど明確に誰かを否定する“空白”──あれが再び、形を変えて広がろうとしているのか。


陽一は、目を閉じ、深く息を吐いた。


まだ終わってなどいない。


いや──ここからが、本当の始まりなのだ。


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