【第11話】 ──門内──
旧音楽室の扉をくぐった瞬間、陽一は“世界”が変わる感覚に襲われた。
空気が重い。呼吸するたびに胸が締めつけられ、耳鳴りのような音が鼓膜の裏側から響いてくる。
「ここが……“穴”のある場所か」
音楽室だったはずの空間は、もはやその原形を留めていなかった。 黒い霧が低く立ちこめ、壁も天井も溶けかけたロウのように歪み、見えない熱で空間そのものが揺れている。
床の中央には、直径2メートルほどの“穴”が開いていた。 その周囲の床材は焦げて割れ、渦を巻くように下へ向かって吸い込まれている。
そして、穴の縁には──誰かが立っていた。
それは人の形をしていた。 だが、人ではなかった。
背中には枝のようなものが突き出し、皮膚はひび割れた粘土細工のように乾いている。 目は、空っぽだった。 まるで、見ているのではなく、ただ「そこに目がある」というだけのように。
陽一は、咄嗟に手を掲げる。 だが、異形は動かない。 穴の縁に立ち、ただ静かに、彼を見ていた。
「……お前は、“扉の番人”か?」
返答はない。 だが、言葉にならない“声”が、脳内に直接響いてきた。
──選定は済んだ。 ──導入は完了した。 ──ここより先は、存在の試練。
「試練……?」
異形が一歩、陽一に近づく。 足音はない。 しかし床が軋み、空間そのものが震えた。
陽一は反射的に能力を発動させようと掌に力を込める。
──しかし、何も起きなかった。
「……嘘だろ」
熱がない。 光もない。
異形が、もう一歩進む。
その瞬間、陽一はようやく気づいた。 ここは“外”ではない。
ここは、“内”なのだ。
この空間では、現実の理が通用しない。 自身の力さえも、試される領域。
──それでも、行かねばならない。
陽一は足を踏み出した。 暗闇と霧のただ中へ。 家族を守るために。 そして、“穴”の真相を掴むために。




