メッセンジャー バレンタインチョコはかなり焦っている
香月よう子様&楠結衣様主催【バレンタインの恋物語企画】参加作品です。
開けて! ここを開けて!
ここはどこ?
寒くて、暗いの。
早く開けてちょうだい! あたしのメッセージを受け取ってちょうだい!
お願いッ!
あたしが形を成したのは、今から3~4週間ほど前かしら。
ある女の子が想いを込めて、あたしを作ったの。
そりゃ、もう、必死だったわよ。
その娘ね、普段はそんなタイプじゃないの。
市販品で済ませちゃう……って手段もあったのに、それじゃ思いが伝わらないかもって、レシピとにらめっこしながらあたしを製造してくれたの。慣れない手つきで溶かして丸め、パウダーを振りかけカップに入れて、そして小さなかわいい箱に詰めてくれたのよ。
そりゃ、あたしの姿かたちはちょっと不恰好よ。なにせ初心者の初チャレンジ作品なんですもの。でもね、素材は悪くないし、なんてったって想いがこもっているわ。
これこそが、最高のスパイス!
ええ、バニラやカルダモン、ピンクペッパーに負けない、最高にして最上のスパイスだわ。
あたしの味を引き立てるために、スパイスを入れることをご存じない? まあ、残念。味に変化がついて、ちょっと個性的になるのよ。
ま、あの娘は初心者さんだから、あたしを成型するだけで手一杯だったみたいだけど。
ドキドキしながら、一生懸命。けど火傷しそうで、危なっかしくって。その姿がいじらしくって、愛おしくなっちゃったのよ。
託された想いを内に秘めて、あたしは仕事を全うしなければならないわ。大切なメッセージを伝えなければ。
あたしを食べれば、それはすぐにわかるはず。
このせつない想い。もどかしくもときめく、この初々しい心。
だから、食べてちょうだい。いいえ、まずはこの箱を開けて。あたしを見て!
あたしを――彼女の想いのこもった手作りトリュフチョコレートを!
♡ ♡ ♡ ♡
彼は冷蔵庫を開け、扉のポケットからジュースを取り出そうとしていた。さりげなく目線が一番上の段の隅、タッパーの後ろに隠すように置かれた小さな箱を確認する。
水色の10センチ四方の箱は、先月の14日に、あるクラスメイトからもらった――たぶんチョコレートであろう。
いや。チョコレートであって欲しい。頼むから、チョコレートであってくれ!
まだ開けてもいない。真っ赤な顔して「義理だからね!」と渡されたのだから、中身はチョコレートだろうが、もし違ったらと思うと怖くて開けることも出来ない。
かといって、中身を確認してみたい気持ちも日に日に膨らんでくる。
「義理」とはいえ、人生で初めてもらったチョコレート。しかも、ずっと気になっていた女子から、だ。
うれしくてたまらないのに、臆してしまった。
なぜか小さな箱が開けられなくなってしまった。
どうしようかと悩んだ末、溶けないようにと冷蔵庫に仕舞い込み、毎日眺めては扉を閉めるという日々が続いていた。
そうこうしているうちに、月が替わった。時間はどんどん過ぎていく。
彼は覚悟を決め、冷蔵庫の扉を開けた。手を伸ばし、箱を掴むと、一目散に部屋まで駆け込んだ。
ドキドキする心臓を抑え、箱を開けてみる。
そこには手作りらしい、不揃いのトリュフチョコレートが並んでいた。
♡ ♡ ♡ ♡
ああ、ようやく蓋が開いたわ。
長かった。このまま朽ち果ててしまったら、どうしようかと本気で心配していたのよ。暗くて寒くて、まるで棺桶の中にいるようだったんですもの。もう見込みがないのかと、あきらめかけていたくらい。
身体が冷え切って、カチコチよ。少し温めて。そうしたら蕩けるようになるわ。あなたの口の中で、甘く、柔らかくささやいてあげる。彼女の想いの丈を……。
おまけに。ここまでやきもきさせてくれた恨みを少しだけビターな苦みの中に忍ばせて、恋の階段を一段上らせてあげましょう。
ふう、光がまぶしいわ。あたし、箱の中に何日いたのかしら。
ねえ、今日は――え、3月13日ですって。
え~~~~、どうしましょう!?
愛のメッセンジャーとしての、あたしの役目はどうなるのっ!?
や~ん、頭の中真っ白よ~~!!
♡ ♡ ♡ ♡
彼はしばらく手作りトリュフを眺めていたが、やがて口許がうれしそうにゆるんでくる。
「あはは……。チョコレートだ」
我知らず、ホッとした声が漏れてしまった。
冷蔵庫に約1か月放置したせいか表面に白い粉のようなものが浮いているが、チョコに含まれる脂肪分が表面に現れたもので、身体に害がないことは偶然知っていた。
手に取り、口の中に放り込んでみる。形や味うんぬんよりも、トリュフチョコレートとは思えないほどの硬さの方が問題だった。
「なんだよ、これ。石かよ……」
それでも口の中でもどかしいくらいゆっくりと広がるほろ苦くも甘い味に、彼は満足げだった。
♡ ♡ ♡ ♡
翌日の放課後。みんなが帰った後の、ふたりきりの教室の片隅で。
差し込む夕日に顔の熱りを誤魔化しつつ。
「義理だぞ! 義理チョコもらったから、……だから、その……。これ!」
彼は、彼女に水色のリボンのついた小さな包みを押し付けた。大急ぎで用意した品だったから、彼女がどんな反応をするのか不安でたまらなかった。
戸惑いながら包みを受け取った彼女だが、それまでの不安で泣きそうな顔は、一瞬にして花のような笑顔に変わっていく。
そのはち切れそうな笑顔を見て、カチコチに緊張していた彼の心も、トリュフチョコレートのように溶けていったのだった。
バナー作成:楠結衣様
ご来訪、ありがとうございます。
主催のおふたりのために、なんとか参加できないものかと、ボツ案をほじくり返して苦心惨憺してみました。
恋愛モノといえば恋する二人のドキドキ・もだもだが醍醐味だと思うのですが、ふとそれを取り持つ役目を背負ったチョコレートの気持ちってどんなものかしら? とか余計な斜め上思考が頭を占領して。
参加なさる皆さまは、きっと素敵な恋愛物語をお書きになるだろうから、ひとりくらいは異分子がいてもよう子様面白がるのでは? と勝手に判断させていただきました。ホラーじゃないし。ハピエンだし。
多少のファンタジー要素はスパイスだと見逃してください。
ちなみに、作中でも出てきたチョコの表面に白い粉・白い斑点・白いブツブツが現れるのは「ブルーム現象」や「ファットブルーム現象」と呼ばれるものだそうです。チョコレートに含まれているココアバターの脂肪分は、28度以上になると表面に出てくる性質があるのだとか。害はありませんが、風味は多少落ちてしまっている可能性大です。食品ですから、早めの消費をお勧めします。特に、バレンタインチョコは彼のように放置なんてもっての外ですよね!