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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<捌>──妖怪博士
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95話 茨の道②

 ――薄暗い一室。

 普段とは違う場所に集められた面々も、だが動揺する様子は無かった。


 正面の椅子に座す人物の前に進み出て、影男は恭しく一礼した。

「遅くなって申し訳ありません。まさか、日下部伯爵がこのような手段に出るとは予想しておらず……」

「構わぬ。決戦はこれから始まる」

 その人物――黒い魔女は、ヴェール越しに冷たい目を彼に向けた。


 影男の左右に、二人の人物も進み出た。

「あ、あの……ワタシなんかで役に立てるのか解らないけど……精一杯やります」

 透明怪人が胸に手を当てる。

「拙僧は己の信仰を貫くのみ」

 一寸法師は閉ざした目を彼女の足元に向けた。


 黒い魔女の横には、幻竜が控えている。その金色の眼が、三人の後方に向けられた。

「其処に居るのは?」


 すると、手毬を抱いた少女が姿を見せた。

「ニコラだよ、お久しぶり」


 幻竜の眉間に皺が寄る。

「何故この子供を連れて来た?」

「えっと、この()を改造したのはこの子で、その、今はワタシよりも詳しいから……」

 透明怪人がドギマギと答えた。


「大丈夫だよ、ニコラ、魔能を消さない方法も解ったから」

 赤毛の少女はそう云って透明怪人を見た。

「だって、ボクと一緒に居ても、透明怪人の魔能は消えなかったもん」


 それでも剣呑な眼をする幻竜を、黒い魔女が制した。

「構わぬ」

 幻竜は深く一礼し、一歩退がった。


「さて――」

 黒い魔女がそう云うと、一同は姿勢を正した。

「敵の目的は、この()にある。此処だけは、何としても守り抜かねばならぬ」

「つまり、日下部伯爵の目的は、大鳥公爵の暗殺では無く、軍を掌握して此処に攻め入ることであると」

 影男に顔を向け、黒い魔女は頷いた。

「そうだ」


「恐れながら……」

 影男は彼に似つかわしくない緊張した面持ちで口を開いた。

「此処には、何が眠っているのでしょうか?」


「口を慎め、影男」

 幻竜の声と同時に、彼の周囲で何かが蠢いた――部屋中の壁に金色に光る眼が現れ、彼を睨んでいる。

 幻竜の手には、眼球――彼女の眷属たる竜たちが、主の命を待っているのだ。


 しかし、黒い魔女は軽く手を挙げそれを制した。

「いや――その問いに答えておこう」

 幻竜は「はっ」と頭を下げ手を動かした。金色の眼が消え、部屋は静寂に包まれた。


「これより命を賭けさせると云うに、護るべきものを伝えぬは公平では無い。だが、訊いたからには、その命、妾に預けよ」


 黒い魔女の凛とした声に、三人は敬礼を返した。

「僕の命は、元より首領のものです」

「誰にも見えないワタシの居場所は、此処しかないですから」

「信仰に命を捧げるが解脱なり」


 黒い魔女は目を細め――優しく微笑んだ。

「ありがとう」


 彼女の赤い唇が動く。

「此処には、私が二十二世紀から持ち込んだ、魔素の結晶が眠っている」


 その言葉と同時に、辺りが明るくなった。

 日下部伯爵配下の軍に取り囲まれたのだろう。


 ――其処は、幽霊塔の広間。

 壁や天井に隙間無く、竜の姿が描かれている。


「本当は、人を幸せにする筈だったもの……けれど、私は失敗した」

 黒い魔女は憂いた眼差しを窓に向けた。

「だから、待ってるのよ――()が、私を止めてくれるのを」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 ICPC本部にエドガー死亡の報告をしたエルロックは、思わぬ言葉に耳を疑った。

「帰還? 何故ですか?」

 受話器の向こうの声が低まる。

「――七海艦隊は各国の海軍に分割して接収されることが、欧州総会で決定した」


 受話器の声――彼の上司に当たる人物は、無情な言葉を続けた。

「七海艦隊の上層部は、戦犯として全員処刑されるだろう……悪いが、弟のことは諦めてくれ」


 頭が真っ白になった。

 これまで命を張ってきたショルメの存在を、何だと思っているのか。


 だが、同時に理解もした――これが、欧州総会のやり方だと。


 まだ何か云っているようだったが、聴くに耐えず、エルロックは受話器を叩き付けた。


 そんな彼に、心配そうな目を向ける人物があった。

「どうかされましたか、エルロック捜査官」

 彼――平井局長は、椅子から立ち上がるとエルロックに歩み寄る。エルロックは首を横に振り、

「私は最低なことをしました」

 と顔を伏せた。


 そんな二人を、キョトンとして眺める顔がふたつあった。

「あの……そろそろご説明願えませんでしょうか?」

 そう云ったのは野呂だ。彼の横で、中村はむっつりと腕組みしていた。

「つまり、平井局長、貴方は我々を騙した、という訳ですか」

「いや、それには語弊があります。騙したのは私ですから」

 慌ててエルロックが否定するが、平井は(なだ)めるように彼の肩に手を置いた。

「私も共犯ですから……中村室長、これからする説明で納得して貰えないか?」


 ――霞が関にほど近い、平井の住む公邸である。

 執務室の応接で、四人は顔を見合わせた。


「さて、何処から説明すべきかな?」

「エルロック捜査官の失踪の真相を」

 中村が促すと、平井とエルロックは顔を見合わせた。


 それから、平井が口を開く。

「大鳥公爵の動きは、ずっと警戒していました。彼が大西洋結社と密に連絡を取り合っていると知り、これはまずいことになるのではないかと、エルロック捜査官にご相談したのです」

「平井局長から話を聞いて、大鳥公爵がエドガーに屈する気であると察しました。奴がこの国を手にしてしまえば、取り返しの付かないことになる……そう考え、私は平井局長にひとつの提案をしました」


 エルロックは声を低めた。

「――エドガーの暗殺を」


 中村と野呂は絶句した。

 そんな彼らに苦笑を見せて、エルロックは続けた。

「と云っても、私一人ではどうこうする力もありません。私が囚われれば、弟はどんな手段を使ってでも助けに来る――それが解っていたから、立てられた計画です」

「え、えと……つまり?」

「私が結社に囚われたのは偽装です。流石に二度も同じヘマはしません」

「はぁ……」


 エルロックの説明した計画の全容はこうだ。

 大鳥公爵に、エルロックをエドガーに差し出すよう、平井が進言。それに乗った大鳥公爵は、秘密裏の条約の手土産としてエルロックの身柄をエドガーに渡した。

 エルロックとの連絡を絶たれたショルメは、案の定、彼を追ってエドガーの元へとやって来た。

 ――彼の目的は、エドガーの殺害。

 ショルメはその目的を成し遂げる為、怪盗同盟と手を組むと、エルロックは見抜いていた。平井の調査で、ショルメと同居する透明怪人なる魔能使いが、怪盗同盟の幹部であると知ったからだ。

 黒い魔女は、日本と大西洋結社との結び付きを阻止したい筈。両者の利益が一致すれば必ず動く……エルロックはそう信じた。

 エドガーの恐れる最強の鉾――魔能を使わなければ、奴は殺せない。

 それは、エルロックとショルメの共通認識でもあった。


「そんな訳で、騙したのは貴方がただけでなく、弟も一緒なのです」

「……し、しかしですよ?」

 中村が裏返った声を上げた。

「囚われた直後に、貴方は殺される可能性だってあったじゃないですか」

「ハハ……その通り。しかし、私が生きていようが死んでいようが、ショルメは同じことをしたと思います」

「はぁ……」

 理解しかねる、という顔をして、中村は眉を寄せた。


「しかし、予定外だったのは、ショルメが七海艦隊に同行したことです。結果的に、私は弟を騙し討ちすることになってしまいました。最低な兄です」

 エルロックの表情に影が落ちる。

「……今の電話の内容もご説明しましょう。エドガーの死を機に、欧州総会は七海艦隊を解体し、欧州各国の海軍へ編入しようという心づもりです」

「何と……」

 平井がゴクンと息を呑んだ。

「大西洋結社が、それを納得するでしょうか?」

「当然、反発します……だから、結社の幹部は『戦犯』という汚名を着せられ、処刑されます」

 野呂が恐る恐る口を挟む。

「では、貴方の弟さんは……」

「結社の幹部ですから、当然、処刑の対象です」


 厭な沈黙が部屋を凍り付かせた。

 随分してから、平井が口を開く。

「それで、貴方はどうされるのですか?」

「助けますよ、弟を、何としても……どれだけ払っても払い切れない借りがあるので。一刻も早く、弟と連絡を取りたいのですが」


「しかし、この様子では、東京から出るのは困難ですよ……」

 中村がそう云って、窓の外へ目を向けた。

 目の前の通りには軍靴の音が響いている。クーデターを起こした日下部伯爵傘下の兵士たちが絶えず行き来し、警戒に当たっているのだ。大鳥公爵の部下であった平井は現在、軟禁状態にある。

 中村と野呂も、途中で影男と合流しなければ、此処へ来ることは出来なかった。

 その影男も、黒い魔女に呼ばれたと姿を消して以来、行方が解らない。


「日下部伯爵の企みは察知していましたが、行動を止められなかったのを悔やんでいます」

 平井は肩を落とした。

「彼もまた、私と同じように、条約を阻止しようとしたのでしょう。その気持ちが解るだけに、何とも……」

 エルロックが首を横に振る。

「何が正解だったのか、私には解りません……今はせめて、弟を助けることで、自分の罪悪感を軽くしたいだけです」


 その時、思い出したように平井が顔を上げた。

「もうひとつ、魔能に関する調査で解ったことがあります」

「何ですか?」


「――怪人ジュークなる賞金稼ぎについてです」


 平井に三人の視線が集まる。

「彼が捕らえた乙八十二……蜘蛛兄弟なる魔能怪盗から聞き取りをしたところ、怪人ジュークの能力に、魔能に近いものがあると判明しました」

 中村は身を乗り出した――あの兄弟怪盗は強情で、中村には一切何も語らなかったのに、平井には口を開いたのに驚いたのだ。


 平井は云った。

「――恐らく、瞬間移動の能力を持っていると」


 すると、「あっ!」と声を上げたのは野呂だ。

「そう云えば、彼が高速船から飛んできた直後、我々の乗った漁船が瞬間移動したんです」


 平井とエルロックは顔を見合わせた。

「彼は今、何処に?」

 そう問う平井に、中村が答えた。

「岸壁にぶつかって気を失ったから、横浜新田の知り合いに預けて来た」

 と、中村は額のタンコブを撫でた……咄嗟に巴投げをした結果とは、流石に云えない。

「まさか、まだ眠ってるとは思えないから、目が覚めたら東京に来ようとするだろう」

「しかし、東京はこの有り様だ。彼が瞬間移動の能力で東京に入ったとして、探しようが……」


「いや、案外簡単に見つかるかと」

 野呂の言葉に、一同は顔を向けた。

「うちの母の処が、多分、今の東京で一番安全ですから」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 紫煙が乱れ、お梅は目を細めた。

 こんな日には客も来ないと店を閉めているのに入ってくる奴は何人も居ない。

 しかし、この気配は影男じゃない。なら……


 ギロリと目を向けると、癖の強い髪で顔半分を隠した少年が、カウンター席に座る処だった。

 彼は目を伏せたまま呟いた。

「大丈夫か、此処は」


 その言葉に、お梅は何時もとは違う空気を感じた。当然、世情が混沌を極めているこの状況で、嗤っていられる奴なぞ居ない。けれど、お梅は彼の声の中にあるものを感じ取った。


 ――背負い切れないものを手にしてしまった苦悩を。


 それは、最愛の人が最後に彼女に掛けた言葉にもあった。


 死に急ぐ者を止められる術など無いことは、彼女が一番よく解っていた。

 だからせめて、何時でも此処に迎えるのだ。


 お梅は煙管でポンと灰皿を叩いて、彼――遠藤透也に顔を向けた。


「何言ってやがる――此処は『白梅軒』。治外法権なんだよ」

 


 ☩◆◆── <捌>──妖怪博士【END】──◆◆☩

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