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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<捌>──妖怪博士
95/97

93話 叛逆

 ――目覚めたのは、横浜新田の雑貨屋の居間だった。

 中村を避けようと妙な体勢で落下した上、直後にリュウが船を転移させた為に、透也は無人島の岸壁に放り出された――と、後になってリュウから訊いた。


「怪我が無くて良かったでアリマスぅ」

 リュウは目をウルウルさせ彼にしがみ付く。

脳震盪(のうしんとう)も、十分に怪我じゃないかな……」

 透也はそう云って起き上がるが、何処にも痛みが無いのは奇跡――いや、魔能のおかげかも知れない。


 そう云えば、中村の方は無事だったのか……と、部屋を見渡す。中華風な家具が置かれてはいるが、どれも古ぼけており、かなり質素な空間だ。リュウの話によると、あの漁船の主である羽柴の家らしい。雑貨を(非合法に)輸入し、細々と商売しているようだ。

 だが、鬼瓦のように厳めしい顔も、陽気を繕うそばかすの目立つ笑顔も無い。


 透也が目を覚ましたのに気付いたのだろう、羽柴が湯呑みを手にやって来た。

「ほれ、蒙古(モンゴル)の気付け薬だ。頭がスッキリするぞ」

 湯呑みを受け取り口に近付けると、強烈な臭いが鼻を抜けた。

「怪しい薬じゃないよな……」

「怪しいモンか。これを呑めば、三日三晩船を走らせられる」

「怪しさしかねえじゃねえか!」

 とは云うものの、恐らく世話になっている以上、無碍(むげ)にも出来ない。透也は鼻を摘まんで一気に喉に流し込んだ。


 ふうと息を吐き、透也は疑問に思ったことを訊ねた。

「他のみんなは? ニコラとか、銀髪の変な外国人とか」

 しかし、羽柴の返答は歯切れが悪かった。

「ちょっと話が長くなるぜ……」

 彼はそう云って、透也の前に胡坐(あぐら)をかいた。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 羽柴の船が無人島の入り江に転移したのとほぼ同時に、轟音が響いた。

 島の反対側に展開する七海艦隊の砲口が火を噴いたのだ。


 何が起きたのか理解出来ないまま、甲板に伏せた柴田が身を起こすと、彼方に複数の水柱と爆炎が上がったのが見えた。集中砲撃を受けた高速船は木っ端微塵に破壊され、瞬く間に海面から姿を消した……熱気球をひとつ残して。

 双眼鏡で確認したところ、気球には日本人らしい男と、肌の黒い少年が乗っているようだった。その気球はふわふわと風に流され、彼方へと消えた。


 一方、島の向こうの七海艦隊である。砲撃を放って以降、妙な沈黙に包まれていた。

 羽柴たちは、入江を取り囲む岸壁に身を隠して様子を窺っていたのだが、間も無く艦隊は向きを変え、引き返して行くではないか。


「…………?」


 明らかに様子がおかしい……彼の直感がそう告げた。

 七海艦隊と云えば、形ばかりは軍を装ってはいるが、世界の海賊連中が避けて通るほどタチの悪い無法者共の集団だ。本来の目的が、彼らの首領(ボス)であるエドガーの迎えだとしても、タダで帰って行くなど有り得ない。


 様子が気になり、羽柴は岸壁を離れた。海岸沿いに七海艦隊が停泊していた方へと向かう途中、奇妙な三人組に会った。

 女物を着流した長髪の優男と、盲目の琵琶法師、そして、銀髪の外国人……。

 


 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 話を聴く透也には解った――影男と一寸法師、そして……。

 そこで彼は口を挟んだ。

「三人、だったのか?」

「あぁそうだ。その後合流して、横浜(ココ)まで連れ帰ったから間違いねえ」

 羽柴は断言する。透也は息を呑んだ……ショルメの兄貴の奪還に失敗したのか……。

 しかし念の為にと、透也は確認してみた。

「その外国人、髪は長かったか?」

「いや、耳くらいの長さだったな」

「……どんな服を着てた?」

「背広だよ。駱駝(ラクダ)の股引みたいな色の」


 透也は混乱した――兄貴の方だ。

 ならば、ショルメはどうしたのか?


 そう訊ねると、「後は優男に訊いた話だぜ」と前置きして羽柴は続けた。

「あの三人と、ショルメとか云うメガネの外国人、それにもう一人の五人(・・)が、高速船が沈む前に、七海艦隊の旗艦に乗り込んだらしい」


 七海艦隊は高速船を沈めるべく待ち構えていた。艦砲の射程より、影男の影の範囲の方が広い。距離を見計らって乗り移ることは可能だ。


 透也は身を乗り出した。

「五人目の名前は訊いてないか?」

「あぁ……確か、記号みたいな名前だったな」

 まさか……と思いつつ、口に出してみる。

「――M、か?」

「それだ、そんな名前だった」


 目まぐるしく明らかになる状況に頭が混乱する。

 あのMが、ショルメと手を組んだ……。

 どんな魔法を使ったかは解らないが、あのペテン師、目的の為ならば手段を選ばないと見える。


 ……魔能を消したいと云いながら魔能を得た彼自身も、他人のことは云えないが。


「それで?」

 透也は先を促す。そして、羽柴の言葉に耳を疑った。

大西洋結社(クラン)の社長が死んだ」


 透也ははじめ、言葉の意味を理解出来なかった。もう一度確認しようと口を開いたのだが、羽柴は更なる驚愕の事実を告げた。


「社長だけじゃねえ。艦隊の艦長はじめ、並み居る提督たちが全滅さ」


「全、滅……」

 そう繰り返したものの、続く言葉が透也の口から出てこなかった。一体どんな手段を使えば、あれだけの艦隊に散らばった提督たちを全て抹殺出来たのか……。


 すると今度は、羽柴の方が身を乗り出した。

「あの魔能使いたちはバケモンだぜ。総督室からの呼び出しで、各艦の提督を無線の前に集めておいて、琵琶を聴かせたらしい」


 ――なるほど。

 エドガー帰還の報を受ければ、無線での呼び出しに疑い無く応じただろう。そこを一網打尽にされたのだ。


 しかし、一寸法師は元より、策士とは云え影男にもそんな策は浮かばないだろう。

 ショルメ――あの男は本気で、大西洋結社を潰す気のようだ。


 何度か呼吸をして、漸く透也は口を開いた。

「それで、ショルメは……」

「俺も若い頃、徴兵されて海軍に居たことがあるから解る。上官が死ぬと、そこに居るうちで一番階級の高い奴が指揮を執る」

「…………」

「提督連中が(ことごと)く死んだ後、一番階級が高い奴が七海艦隊を掌握した、という訳だ」


 ――結社の幹部であり、大佐の地位にあったショルメが、七海艦隊を乗っ取った。そう云うことだろう。


「まぁ、拠点へ戻るまでの臨時だろうがな」

 羽柴はそう云ったが、透也にはそうは思えなかった。

 これを足掛かりに、内部から、大西洋結社を破壊していく気だろう。


 ともあれ、七海艦隊が呆気なく退散したトリックは明らかになった。

 だが、まだまだ謎は残されている。

「それで、横浜(ココ)に戻った後、みんなはどうしたんだ?」

 透也が訊くと、羽柴は眉を寄せて薄い頭を掻いた。

「それがさ……東京で何かが起きてるのは解るんだけどよ、情報が来ねえんだ」

「どういうことだ?」


 そうだ……と、思い出したように彼は一通の電報を透也に見せた。

「これを見せたら、中村のおやじ、血相を変えて飛び出してったけどな」


 電報の文面には、走り書きでこうあった。

「サクラダモンニテツバサオレル……どういう意味だ?」

「暗号でアリマスか」

 出番とばかりにリュウが覗き込む。


 その様子に、羽柴は呆れたような目を向けた。

「大砲を撃つヤドカリも見たし、ヤモリが喋るくらい、もう気にならねえ……」


 リュウはクリッとした目を電報に近付けていたが、首を傾げただけだった。

「日本語の暗号パターンは数が少ないでアリマス。その(いず)れにも当てはまらないでアリマスね。これは暗号と云うよりも、暗示のようなものかと」

「暗示?」

「合言葉と云うか、ナゾナゾと云うか……」


 うーん……と、透也は腕組みする。

「『桜田門にて翼折れる』、と解釈して、言葉の意味を推理していくって訳か」

「桜田門とは、皇居、つまり昔の江戸城に存在する、霞が関を向いた門でアリマス。有名な歴史上の出来事と云えば、『桜田門外の変』でアリマス。江戸末期、1860年に大老・井伊直弼が暗殺された事件でアリマス」

 リュウの言葉に、透也は眉を寄せた。

「暗殺……」

「おい、そうすると、『翼折れる』って、まさか……」

 羽柴が透也に顔を向ける。


 翼が折れる……鳥の翼……鳥……大鳥……!


 透也は目を見開いた。

「大鳥公爵が、暗殺された……!」

 それに加え、東京からの情報が遮断されている事実とを併せると、事態はそれだけで済まないだろう。


「――クーデターか」


 そう呟いた透也の声は掠れていた。

「差出人は?」

 羽柴が慌てて電報の読みにくい文字を睨む。

「シライ ゴンパチ……講談か?」

 すかさずリュウが補足する。

「白井権八とは、江戸時代に存在した殺人鬼を、遊女との色恋に絡めて語った物語の登場人物でアリマス。講談をはじめ、歌舞伎や浄瑠璃でもお馴染みの演目でアリマス。本名は、平井権八という名の鳥取藩の藩士で……」

「待て!」

 透也が遮る。

「――平井、と云ったな?」

 リュウも、彼の言葉の意味を理解したのか、それ以上は云わなかった。


 エルロックを裏切った平井局長が、中村を呼び戻したのだ。

 上司の命とあれば従わざるを得ないだろうが、果たして中村たちは無事なのか?


 だが、問題はそれだけでは無い。

 クーデターを起こした人物に、心当たりがあった。


 ――日下部伯爵に間違い無い。


 国務大臣として軍を掌握している彼にしか、そのような大事は不可能だ。

 そうすると、思い浮かぶのは明智香子の強気な顔である。


 彼女は果たして、どんな境遇に置かれているのか?


 居ても立っても居られなくなり、透也は腰を浮かせた。

 だが羽柴は、そんな彼を強引に座らせた。

「事情は解った……他の奴らも、中村のおやじが飛び出して行った後で東京に向かった。だが、まともに行ったところで、易々と東京に入れるとは思えねえぞ」

 その通りだ。新聞その他の情報統制を行う程なのだ。街道が封鎖されているのは間違い無い。

「圧倒的に情報が足りねえ。権力に逆らうには、先ず敵の目を盗む処から始めなきゃならねえ。何よりも情報だ。有り金叩いてでも情報を集めろ。これが密売人の鉄則だ」

 羽柴が云うと、妙に説得力がある……と、透也は感心した。


 だが、そうなると、彼が向かうべきはひとつである。

 香しい珈琲の芳香と煙草の煙が混じる、あの空間。


「おっさん、助かったよ。ありがとな」

 透也はそう云って、羽柴の手を離した。

「おまえ、聴いてたのか? 今行った処で無駄だって……」

「俺なら行ける……俺とリュウなら」

 透也の手が、布団の傍らに転がるヘルメットを拾う。そしてリュウを肩に乗せ立ち上がると、彼は羽柴を見下ろした。

「俺の名前を教えておく――俺は、怪人ジューク。十万の賞金首さ。事が片付いたら、俺の首、あんたにやるよ」

「…………なッ!?」


 それまでこの国があればだけどな、と透也は(うそぶ)きつつ、ヘルメットを装着する。それからポケットに滑り込んだリュウの頭をチョンと撫でた。

「行先は解るな?」

「白梅軒の座標をインプット済みでアリマス」


 透也は軽く呼吸を整える。

 ……羽柴に云ったことも、満更嘘では無い。


 彼の目的の行き着く先に、彼の存在が在ってはならないのは、自覚している。

 其処(そこ)に在るのは、破滅と云う名の安らぎ……だが、其処に辿り着くまでは、死ぬ訳にはいかない。


「じゃあな、おっさん――さっきの薬、効いたぜ」

 透也はそう云った後、早口にリュウに告げた。


「――生死流転!」

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