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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<捌>──妖怪博士
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88話 再会

 その腕が振り下ろされるよりも早く、透也は動いていた。

 放たれた炎を軽くかわし、コンクリートを蹴って男の視界の外に出る。次発の的を探す一瞬で、彼は男の頭上に移動した。

 脚を男の首に絡める。身を捻りながら男を引き倒した時、グニャリと不快な感触があった。


 透也が立ち上がっても、男は動かなかった。

「透也、何かあったでアリマスか?」

 リュウとの通信が開いたままだった。透也は目を閉じ、答えた。

「何でもない」


 殺してはいない。博士との約束は破っていない。

 ただ、一生ベッドから起き上がれないだろう。

 魔能特殊部隊とはいえ、体は人間。むしろ、魔能という武器に頼り切っているから他が疎かになる。壊すのは簡単だ。


 透也は顔を上げた。

「作戦ならある。拘置所前で合流できるか? リュウ」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 ビルの陰に身を潜ませ、そっと目を覗かせる。すると、大勢の警官たちに取り囲まれた拘置所の建物が見えた。


 そこに、ビルの壁を伝ってリュウがやって来た。精密に造られたヤモリ型ロボットは、壁を歩くのもお手のものなのだ。

「作戦は大成功でアリマシタな」

「これからが本番だ、油断するなよ」

 そう返した透也を見て、リュウは首を傾げた。

「それにしても、その格好はどうしたでアリマスか?」

 ボディスーツの上から、魔能特殊部隊の戦闘服を着ているからだ。不運なあの男から拝借した。身分証まで持っていたから、ありがたい獲物だったと言える。


 有象無象の味方が集まる場ほど、潜入しやすい場所はない。変装してしまえば、見分けが付かないからだ。

 特に制服というのは、見た目に意味を持たせる効果を信用するあまり、油断しがちな代物である。しかも魔能特殊部隊という特別な立場にある者ならば、信用度の高さは桁違いだ。


 外したヘルメットをゴミ箱に隠し、透也は歩きだした。帽子の隙間にリュウを忍ばせ、つばを目深に下ろす。

 その姿を認識するや、幾人かの警官が敬礼を寄越した。

「任務、ご苦労さまです」

「警護対象の警備を命じられました。どこへ行けばいいですか?」

 と、透也は身分証を示す……顔写真の部分を、さりげなく指で隠すのを忘れない。

 すると警官たちは疑いもせず、拘置所の中を指し示した。

「地下の特別房です」

「ありがとうございます」

 透也は敬礼を返し、警官でごった返す建物に向かった。


 ……正直、ここまでうまくいくと、罠を疑いたくなる。だが、どんな状況に陥ろうとも、対処できるだけの準備はしてきた。動揺を表に出すのが一番の悪手だ。堂々と前を向くに限る。


 地下へ向かう途中も、怪しまれることはなかった。何度か敬礼のやり取りをしただけで、明らかに他とは違う扉の前に出た。

 向こうの見えない二重の隔壁。その向こうが特別房のようだ。


 冷たい空気が充満するそこには、扉を守る警官二人しかいなかった。ここに至るまでの道中にある人の目を過信しているのだろう。


 透也は扉の左右に立つ警官に敬礼した。

「警護対象――怪盗十九号の所在の確認をしたいのですが」

 だが、この二人はこれまでのようにはいかなかった。

「そのような話は伺っておりません」

「上からの命令で来たのですが……連絡の行き違いでしょうか?」

「では、こちらから確認をします」


 右の警官が、イヤホンに向けて口を開く。透也はその口を鷲掴みにした。

「なッ――!」

 左の警官がホルスターに手を掛ける。その手を蹴り飛ばしたその足で、脇腹に一撃を入れる。声も出せないまま彼は崩れ落ちた。

 口を押さえられたまま、右の警官も拳銃を抜く。発砲されたら厄介だが、片手しか使えない状況でそれを阻止するのは困難だ……そう思った瞬間。

 彼の体がビクッと硬直した。間髪入れずに透也は頸動脈を締める。白目を剥いたのを確認し、左の警官に折り重ねるように倒すと、彼の背でリュウが得意気に胸を張った。

「ワガハイの放電も、役に立つでアリマス」

 拳銃を持った手にスタンガンを当てられ、安全装置が外せなかったとみえる。

 リュウの的確な対処がなければと思うと、冷や汗が出た。弾は当たらずとも、発砲音が人を呼んだに違いない。


 リュウを手に移し、透也は小さな頭を撫でた。

「ありがとな、リュウ」

 そして彼を肩に乗せ、透也は隔壁を開いた。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 特別房には、通路を挟んで監房がふたつあった。そのうち左手の監房に、彼はいた。

 強行突破し、リュウの力でこじ開けた電子ロックの向こうで、彼は唖然と透也を見上げた。

「お、おまえ……」


 その人物を見下ろして、透也は掠れた声を絞り出した。

「何で、あんたが……!?」


 それは、かつて、彼を『疫病神』と罵った男だった。


 彼は床にあぐらをかき、ククク……と笑った。

「まさか、こんな形でおまえと再会するとはな」

「なぜだ、なぜあんたはここにいる?」

 男は力のない目を透也に向けた。

「俺が怪盗十九号だからさ」

「嘘だ! 怪盗十九号は博……」

 途中で言葉を切る。この男が博士の失踪に、どういう形で関わっているのかが分からない。迂闊に情報を与えるべきではない。


「おい」

 透也は男の首根っこを掴まえる。そして小声で囁いた。

「説明しろ。怪盗十九号はどこにいる?」

 すると男は低く言った。

「監視カメラは壊したんだろうな?」

「あぁ」

 二重扉は内側から施錠し、目に付いた限りの監視カメラは壊してきた。しかし、異変が知れるのは目に見えている。急がなければ面倒なことになるだろう。


 男は透也に目を向けた。

「金で頼まれた。身代わりに自首をするように」

「誰に?」

「蛭田博士……おまえの師匠だよ」


 透也の手から力が抜けた。

 男は自由になった首元を軽く撫でながら早口に説明した。

「俺は、あの掃討戦で脚を失って……」

 と、男は右脚に手を当てる。すると軽い音を立てて膝から下が外れた。

「蛭田博士が、この義足を作ってくれた。それなのに、俺、腐っちまってな……」


 掃討戦の責任は、スラムに住む者たち全てのものだ――博士の言葉が、男の心に深く刺さったようだ。


「自分の不幸を誰かのせいにしたかったんだろうな。それをズバッと言い当てられて、情けねぇけどよ、心が折れちまった。女房と息子に働かせて、仕事もろくにやらずに、毎日呑み暮らした。けれど、そんな俺の義足の様子を見に、蛭田博士、俺のところへよく来てくれたんだ」


 そんなある日、

 怪盗十九号の話題で持ち切りの世間を見て、男は酔いに任せて博士に愚痴った。

「何が怪盗だあ? 俺たちゲリラだって、負けねえくらいの活躍をしただろうが! ……畜生、こんな俺が生きてたって仕方がねえ。いっそ、AMTを抱えてカジノに突っ込んで、死刑になった方がマシだ……」

 それを聞いた博士は、男にある提案をした――。


「それが、自首だと?」

 透也がそう聞くと、男は「そうだ」と頷いた。

「しかも、絶対に死刑にならない方法でな」


 警察署に出頭した男は、警官にこう言った。

 ――プラントから盗んだ魔素、総額十兆円相当を、全国各地に小分けして隠した――


「蛭田博士の話じゃ、百年分の燃料だとよ」

「ひ、百年分……!?」

 透也も唖然とする量だ。そんな彼を見返す男は、軽く口角を上げ目を光らせた。

「蛭田博士はこうも言っていた――この世界にある魔素を全部かき集めても、せいぜい二百年分しかない。世界政府はそれを隠しているが、必ずその日(・・・)はやって来ると」

「…………」

「その半分を、蛭田博士――怪盗は盗みやがった。警察が躍起になるのも当然だろう。盗まれた魔素を取り返さなきゃ未来がないだけじゃねえ。世界政府が隠蔽している真実を明かされたら、収拾が付かなくなるからな。政府も警察も、その事実を知るのは、世界大統領周辺にいるごくひと握りだ。だから、怪盗十九号たる俺は、存在ごと地下に隠されてる」


 だから、魔素の在り処を明かさない限り、決して死刑になることはない――博士は男にそう言って、大量の金塊を渡した。


「こんなどうしようもない俺が、女房と息子に何か残してやれるのなら、こんなにいい話はねえ。俺は二つ返事で引き受けたさ」

 透也はゴクンと唾を呑んだ。余りに突飛な話だが、男の口ぶりは真剣そのものだ。男の話した内容を咀嚼した後、透也が口にしたのは、彼の現状にとって的外れな質問だった。

「それで、家族は?」

「何も知らねえ。黙って金塊を持って海外へ行けと追い出した。きっと今頃、幸せにやってるさ」


 博士の失踪の真相に、透也は言葉もない。

 そんな彼に、男は悪戯っぽい目を向けた。

「牢屋の中は暇だからよ、何で蛭田博士がそんな手の込んだことをしたのか、考えてたんだ」

 と彼は透也を指差す。

「――おまえを守るためだ、きっと」

「俺、を……」

「そうだ。怪盗十九号が捕まれば、警察の捜査はおまえに向かなくなるからな」


 全身の力が抜けて、透也は床に膝をついた。

「そんな……」

 科学にしか興味がなくて、透也のことは同居人としか見ていないと思っていた。そんな彼に『人類の未来』などという重荷を押し付けたことに、恨む気持ちすらあった。

 しかし真相を聞いた今、どんな気持ちで現実を見ればいいのかが分からくなった。

 

 何度も唾を呑んでから、透也は口を動かした。

「博士は、どこに……?」

「さあな」

 男は答えた。

「その後どうする気か、どこに行くのかも聞いてない」


 頭が真っ白になる。何がどうなっているのか、混乱するばかりだ。

 だが、リュウの声が彼を現実に引き戻した。

「気付かれたでアリマス。警官がこちらに向かってるでアリマス」


「行けよ。蛭田博士の思いを無駄にするな」

 そう男に背を叩かれ、透也は跳ねるように立ち上がった。

「あんたは……」

「俺はここにいる。衣食住に困らねえし、命の保証もある――魔素の在り処を言わねえ限りな。こんなに居心地のいい場所はねえぜ」

 禁酒もできて健康的だと、男は笑った。

「安心しろ。おまえに会ったことは誰にも言わねえ。昔、おまえを酷い目に遭わせた罪滅ぼしだ――死ぬなよ」


 男はそう言って、透也に背を向けると床に寝そべった。


 扉の外に足音が殺到する。透也は光学迷彩マントをまとって壁に張り付く。そして、警官たちが監房になだれ込んできたのと入れ違いに扉を出た。

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