8話 一蓮托生
明智家に馬車が到着する。
小林執事に抱きかかえられて玄関に入った香子を、家政婦の文代が迎えた。
ところが、血塗れの香子を見ても彼女は一切動じなかった。
「あらま、お嬢様。また魔能を使われたのですね」
年齢は小林より上だろう。白髪の多い結い髪を傾げ、年輪が刻まれた目元を穏やかに細める。絞りの小紋に割烹着姿の彼女はそそくさと香子に歩み寄ると、傷の状態を確認した。
「婆やにお任せなさい。直ぐに繕って差し上げます」
文代の魔能は『天衣無縫』。
達人級の裁縫の腕前で、致命的でない傷なら跡形もなく治してしまう。
……但し。針を見せながらニコッと嗤うのは、ちょっと怖いからやめて欲しい。
香子の自室で治療を終えると、文代は、
「精のつくものをご用意しますから、それまでお休みになってくださいまし」
と去っていった。傷は治せても、失った血液を元には戻せないのだ。
ベッドで天井を見上げ、香子はハァと息を吐いた。
小林執事と文代の存在があるからこそ使える彼女の魔能。何の因果かと考えてしまう。
彼女の魔能は、『黒い魔女』から授かったものでは無い。生まれ付きのものだ。
突然変異か特異体質か。彼女なりに調べてみたのだが、他に例が無いものとしか解らなかった。
これまでに起きた魔能怪盗による事件は全て調べた。その結果、彼女は推察した。
魔能というのは、使い手の為人が端的に現れ出たもの。
攻撃的であれば殺戮に向いた魔能となり、心を閉ざせば防御に徹した魔能となる。
ところが。
香子のような「他者から攻撃を受けないと発動しない」魔能は異質で、彼女はそれが自分の心の何を示しているのかも解らないのだ。
そして。
彼女を守り助けることに徹した小林執事と文代の魔能も、その根源を知らない。
考えれば考えるほど、己自身が怪物じみて思われ、恐ろしくて仕方がない。
香子は枕に顔を伏せ、涙を拭った。
彼女が探偵をしているのは、自らの魔能のルーツを知りたいが為。中村警部に声を掛けられた時は、運命だと思った。
しかし、怪盗を捜査する以上、彼女自身が魔能使いであると明かすのは躊躇われた。
魔能は黒い魔女が力を分け与えた怪盗のみが持つもの――それが警察内の共通認識である限り、明かすことは出来無い。
彼女の魔能は、攻撃を受ければ自動的に発動する。自分の意思で制御出来ない。それをこの先隠し通せるかという不安も勿論ある。
そこまでして魔能に近付いておいて、いざ魔能の深淵を目前にしても、そこを覗き込む勇気があるとも思えない。
ならば、何の為に傷を負い――須永神父を殺したのか。
彼女の中に渦巻く矛盾は、大蛇のように彼女を捕らえ、ギリギリと苦しめるのだ。
すると、扉をノックする音がした。
「お嬢様、小林でございます。宜しいでしょうか?」
「……構わないわ。入りなさい」
香子は慌てて涙を拭き、ベッドに身を起こす。
生真面目な執事は、香子に対しても決して礼を崩さない。深々と一礼し、部屋の中ほどに来るともう一度頭を下げた。
「お気分は如何でしょうか?」
「最悪よ」
唯一心が許せる小林には、つい悪態をついてしまう。けれど小林は厭な顔ひとつ浮かべず、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべてこう云った。
「ひとつお伝えしたいことがございます。先程、中村警部殿より連絡がございました。孤児院にはあの十人以外にも、多くの子供が居たとのこと。以前の『人形使い』による事件の人相書きから、少年怪盗団と一致する者も多数。須永神父の死が無ければ発見出来なかっただろうと仰っておりました」
「…………」
「怪我を負っている者も多かったようでございます。中村警部殿が仰るに、彼ら全員が『人形』として洗脳されていたのだろうと」
香子は、裏路地で対峙した子供たちを思い浮かべる。彼らはこれまでにも、多数の罪を負わされてきたのだ。
「――その子供たち全員を、お嬢様はお救いになったのです」
「…………」
「それは讃えられるべきことです。少なくとも、私めはお嬢様にお仕えできることを、心より誇りに思います」
小林執事はそう云うと、一礼して去って行った。
その後ろ姿を見送り、香子はフッと頬を緩めた。同時に潤む目を指で押さえ、彼女は思った。
私は、ひとりじゃない。
小林と私は一蓮托生――私が折れれば、彼も居場所を失う。
彼の為にも、へこたれてなんかいられない。
☩◆◆──⋯──◆◆☩
尾行を引き連れ、透也が向かったのは万世橋駅。
煉瓦造りの立派な建物は、東京のターミナル駅だ。
透也は切符売り場に向かうと、持ち金を叩いて切符を買った。
目的地は大阪……何とかギリギリ買えた。
その足で改札を抜けホームに向かう。
すると、後ろを眺めるリュウが囁いた。
「あいつら、駅員に透也が買った切符の確認をしてるでアリマス」
「だろうな」
透也はニッとほくそ笑んだ。
あの刑事たちに尾行を自分の意思で諦めさせる――その為の布石だ。
明智探偵の助け舟のおかげで、彼は神父殺しの重要参考人ではなくなった。あの刑事たちは、それが気に食わなくてついて来たのだろう。だがその程度の理由ならば、尾行対象が警視庁の管轄外に出てしまえば、諦めるのではないか。念の為、行き先を日帰りで帰れそうにない距離にしておいた。
かといって、本当に大阪まで旅行する気も無い。払い戻しをしなければ、明日の食い扶持もヤバい。一旦列車に乗るフリをして、刑事が諦めて帰った処で列車を降りるのだ。
案の定、刑事たちは改札の中までは追って来なかった。それでも一応と、透也は夜行特急列車に踏み入った。
刻は夕暮れ。此処が始発のこの列車は夜通し東海道線を走り、名古屋までは停らない。
座席に座り、窓から改札を見る。
刑事たちはしばらく相談した上、渋々といった様子で駅を後にした。
「……さて、じゃあ俺たちも帰るか……」
ところが。
立ち上がろうとした時、振動が足元を揺さぶった。まさか――!
ポケットでリュウが白い目を透也を見上げる。
「透也、発車時刻は確認したでアリマスか?」
「…………」
「本当に莫迦でアリマス」
「うるせー黙れヤモリ」
透也は早足に、できるだけ乗客が少ない車両に移動した。そして――
「――――!!」
窓を開け飛び降りたのだ。
しかし、ここでも注意不足が祟った。
受け身を取って落ちた先は、川。
――トポン。
ドブ川の藻を垂らしながら水面に顔を出した透也は、
「払い戻し、出来なくなったでアリマスな」
と頭の上で宣うリュウを恨めしい目で睨んだ。
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【明智香子】(追記)
魔能・因果応報
(受けたダメージに悪意を乗算して返す)
趣味・乗馬
好きなもの・愛馬ゴロー&ロクロー、あんぱん
嫌いなこと・頭の悪い人との会話
女の子として扱われること
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