87話 怪盗再び
メガロポリスのハロウィンは、クリスマスと並ぶ大イベントである。
街じゅうに仮装した人々が溢れ返り、妖しく彩られた通りは狂乱に包まれている。
だから、怪盗十九号の仮装をした男が歩いていても、誰も気に留めない。
ボディスーツのポケットから、リュウが顔を出した。
「本当にこんな作戦がうまくいくとは思わなかったでアリマス」
「人間ってのはな、AIが考えるほど賢くないんだよ」
博士が失踪してから数か月の時を経ている、というのもある。怪盗十九号が姿を消し、世間の話題に上らなくなって久しい。
毎日ニュースを確認しても、怪盗十九号が自首をしたという話は一切出てこない。まるで人々の記憶から消去しようとしているように、透也には思えた。
その間、彼が何もしていなかった訳ではない。この日のために、綿密な準備をしてきたのだ。
まず、このボディスーツ。以前の教訓から、防護性を高め、防弾性能を加えた。とは言え、動きに支障が出ない範囲だから完璧ではないが。
あとは、義眼。動体視力モードを限界まで強化、リュウ同様サーモグラフィー機能を追加した。更にはリュウと視界を共有できるよう、脳波ピアスと通信システムを繋げた。
リュウにも色々と改造を加えた。無線だけでなく、各種サーバーをハッキングできるよう機能を追加、GPSの位置情報から現在地を義眼に送れるようにした。
……当然、そんな技能は透也にはない。リュウの指示と、博士の残したコンピュータ部品がなかったら不可能だった。
ひとりで『怪盗十九号』の名を背負う――その不安を誤魔化すために、これだけの準備が必要だったのだ。
カボチャを模したランタンを飾られた大通りは、様々な仮装をした若者たちでごった返していた。中には「センスいいね」と、透也に写真を求めてくる者もいて、それらしくポーズをしてやる。誰一人、彼が本物だなどと気付いていない。
カジノの前の噴水広場を抜けて、大通りを奥に進む。多くの若者がそちらに向かっているから、流れに沿って進むだけだ。
その先にあるのは、かつてメガロポリスタワーのあった場所。残骸が爆破された後、瓦礫は撤去され、今は公園として整備されている。
入口のゲートは、煌びやかなイルミネーションに彩られていた。その向こうに見えるのは、この公園のシンボルとなっている電波塔。
今宵、ここで花火大会が開かれる。
――そしてそれは、怪盗十九号復活の狼煙でもある。
物陰で光学迷彩マントを羽織り、人混みをすり抜けるように塔に向かう。花火の準備で慌ただしい作業員を横目に、透也はワイヤーガンを放った。塔の中ほどにある展望台の屋根にまで一気に上がり、静かに時を待つ。
かつてここにあったタワーを模した場所に立っても、今の透也は動揺しない。
これから為すべきことに集中しているからだ。
日は沈み、闇が空を包んだところで、花火大会が始まる。義眼を合わせて、眼下の人々を観察すれば、無邪気に歓声を上げる様子が見て取れた。
そして、プログラムはクライマックスへ向かう。
色とりどりの光の花が咲き乱れるさまに視線を送ってから、透也は呟いた。
「死神の再臨だ」
リュウから脳波通信が入る。
「ラストのスターマインまで、あと10秒」
「了解――作戦開始」
塔を象る鉄筋に仕込まれた花火が一斉に火を噴く。それに合わせ、透也は光学迷彩マントを脱いだ。
「レディース、アンド、ジェントルマン。今宵は怪盗十九号の復活を彩るショーにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
腕を掲げ、花火の光の中に立つ。観客のどよめきと歓声が透也の耳にも届いた。
火花の強弱の演出と、闇を染めるカラフルな閃光。その中で深々と礼をすれば、割れんばかりの拍手が公園を包んだ。
それとほぼ同時に、サイレンが押し寄せてきた。すぐさま展望台の窓が開き、彼の足元に銃口が突き付けられる。
怒りに震える警官の視線に、ヘルメットの下からニヤリと笑みを返す。
そして透也は、前に倒れるように宙へとダイブした。歓声が一気に悲鳴に変わる。
彼の義眼は落ちざまに、警官たちの驚愕した表情を認識した。それを眼下に見ながら真っ逆さまに落下し、地表スレスレのところでワイヤーガンを発射する。
狙うは、塔とゲートとを繋ぐ照明用のケーブル。
鉤が掛かったと同時に、重力とワイヤーを回収する勢いに身を任せる。ケーブルに火花を散らしながら、彼の体は観客の頭上を滑っていく。その途中、『怪盗十九号 参上』のカードをばら撒くのも忘れない。
カードを取ろうとする観衆と、塔へ向かっていた警官が入り乱れる。その様子に冷めた目を送ってから、透也はゲートの上に着地した。
「本当のショーは、ここからだよ」
彼が呟くと、リュウが反応した。
「準備はできているでアリマス」
「よし、第一段階、開始」
振り向きざまに光学迷彩マントを被る。一瞬で消えた怪盗の姿に再び悲鳴が上がるが、その後に起きた停電で、それは絶叫に変わった。
透也と別行動に移ったリュウが、公園の配電システムに侵入し、電源を落としたのだ。
大混乱となった公園に背を向け、透也はリュウに告げた。
「第二段階、開始」
すると今度は、大通りの照明が次々と消えていく。通りから花火を眺めていた人々も、一気に恐慌に突き落とされた。
そんな人々の頭上を飛び抜け、透也は近くのビルの屋上に移った。次々とビルを駆け抜けながら、次なる指示をリュウに送る。
「第三段階、第四段階、開始」
大通りから枝分かれする道々もが闇に包まれていく。それと同時に、警察署の非常電話と無線が一斉に叫びだした。
「怪盗十九号を見ました! 北通りの銀行前です!」
「東通りの宝石店だ! 怪盗十九号が出たぞ!」
「カジノ、カジノに急行せよ。怪盗十九号が出現。繰り返す……」
全てリュウの仕業だ。
何日も前から、メガロポリス内各所の公衆電話や通信基地に、トラップを仕掛けて回ったのだ。入念に変装をしたから、監視カメラにも見破られなかったようだ。
闇の底に落とされた街を駆ける。今自由に動き回れるのは、暗視できる目を持つ透也だけだろう。
彼が向かうのは、警察署。警官たちを警察署から追い出すために、街に大混乱を招いたのだ。
しかし、警察も無能ではない。暗視できる目を持つ存在が、闇の中を彼に迫りつつあった。
「透也、気を付けるでアリマス。多数の熱反応がそちらに向かってるでアリマス」
「俺の義眼でも見えてるよ」
――武装ドローンだ。
彼らには、暗闇どころか、光学迷彩も通用しない。十数機が隊列を組み、銃口を彼に向けた。
だが、透也は焦らなかった。ニッと歯を見せ、手にした装置のスイッチを入れる。するとドローンの隊列は乱れ、互いに衝突して墜落した。
ジャミング装置である。
この対策にも、リュウが一役買っていた。
警察のサーバーに侵入し、内部資料を見ている時に発見したのだ。
「本年度の予算に、武装ドローンの購入費とあるでアリマス」
予算が組まれたのは、博士が失踪するよりかなり前。怪盗対策に決まっていると、透也にも分かった。
念には念をと用意したジャミング装置だが、効果はテキメンだった。
それでも、混乱をくぐり抜けた機体がいくつかあった。そのうちのひとつを透也は掴んで振り回し、別の機体を叩き落とす。そして最後に、向かいのビルの屋上で何かの装置を操作している男に向かって投げ付けた。ドローンの操縦者に違いない。
「居場所がバレたの痛いな」
「操縦者から、無線に報告が入ったでアリマス。このまま警察署へ向かうのは危険でアリマス」
透也は足を緩める。そこは、カジノ前の広場の脇に立つビルだった。目の前に壁面モニターが見える。
リュウが落としたのは街路灯のシステムだけで、テレビは臨時ニュースを流していた。アナウンサーが、大規模停電のニュースを繰り返し読み上げる。
透也は言った。
「なら、第五段階、いくか?」
「カシコマリでアリマス」
それから二分。
アナウンサーが告げた。
「速報です。怪盗十九号を名乗る者から予告状が届きました。内容を読み上げます――現在収監中の、怪盗十九号を名乗る者は偽物である。その者の身柄を頂戴し、怪盗十九号の健在をここに示す――」
停電の情報を得るために、広場に集まっていた人々からどよめきが起こる。
「怪盗十九号が収監されていた、だと?」
「そんなの聞いたことがないぞ」
「警察はなぜ黙っていたの?」
「透也、警察無線が大騒ぎでアリマスよ」
リュウから転送されてきた、警察無線の音声に耳を澄ませる。
「管理官、どういうことですか?」
「怪盗十九号が自首したという噂は、本当だったのですか」
「彼は今どこに?」
「どちらが本物なんだ? 誰か、教えてくれ」
そんな警官たちの声を押さえ付けるように、ひとつの司令が伝達された。
「拘置所の警備を強化する。手空きの者は全員、拘置所へ急行せよ」
「……博士がいるのは拘置所、ね……」
今宵の作戦の透也の目的は、それを知るためだった。
リュウの能力をしても、怪盗十九号と自首した者の所在が、一切分からなかったのだ。そこで、警察を大混乱に陥れた上で情報を引き出す作戦を考えた。
ただ予告状を出しただけでは、罠を警戒され、対策を取られる可能性がある。しかし人というのは、パニックに陥り頭に血が上った状態では、思慮が浅くなるものだ。
透也は光学迷彩マントを脱いだ。そしてモニターに背を向け歩きだす。
「パトカーが一斉に拘置所に向かっているでアリマス。博士の居場所は分かったでアリマスから、今夜は諦めて、別の日にした方が安全でアリマス」
リュウが忠告するが、透也は首を横に振った。
「いや、明日には別の場所へ移送されてしまうだろう。今夜じゃないとダメだ」
「何か作戦はあるでアリマスか?」
歩く彼の行く手を遮る者があった。
漆黒の戦闘服を着たその男は、透也の前に立ちはだかり、右手を彼に突き出す。
そこに現れたのは、炎――。
「やっと、魔能特殊部隊のお出ましか」
「怪盗十九号、貴様を捕縛するのに生死は問わないとなっている。大人しく観念するのなら、命の保証はしてやる」
魔能使いと言えど、戦闘向けの能力を現出する者はごく限られている。そのため、魔能特殊部隊には、選び抜かれたエリートしか存在しない。
かつてスラムを焼き払った奴らも、こんな顔をしていた。
炎が爆発的に拡大する。
その光を義眼に焼き付け、透也は答えた。
「断る」
男は、腕を振り上げた。




