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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<捌>──妖怪博士
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84話 怪盗二人

「――聞こえるか?」

 左耳のピアスから博士の声がする。と言っても、実際に声が聞こえている訳ではない。ピアス型脳波通信機を通して、脳に直接、信号が届くのだ。

 透也も言葉を介さず脳波で返答する。

「聞こえてるよ、博士」

「おい、声にはせずとも、その呼び方で呼ぶな。咄嗟の時に声に出したら致命的だ。普段から慣らしておけ」

「了解――十九号」

「それでいい、十八号」

 『十八号』は、透也のコードネームだ。博士よりも未熟だという意味もあるし、十八(トウヤ)と当てればピッタリだ。


 ボディスーツの胸ポケットから、リュウが顔を出した。

「ワガハイもコードネームが欲しいでアリマス」

 リュウも脳波通信機能を持っているから、博士との会話は聞こえているのだ。

「うーん、リュウは正体がバレても逮捕されないし、リュウで良くないか?」

 透也がそう言うと、不承不承ながらも納得したようだ。


 博士からの通信が告げる。

「手筈は頭に入ってるな?」

「もちろん」


 ――メガロポリス大通り。煌びやかに彩られた街は、深夜も人通りが絶えない。

 それを見下ろすカジノの屋根で、透也はヘルメットを装着した。博士が使っていたものだ。

 漆黒のボディスーツにフルフェイスのヘルメット……子供の透也でも、小柄な博士と同じ格好をすれば、遠目には区別がつかない。


 要するに、一人二役ならぬ二人一役(・・・・)のトリックを行おうというのだ。


 人目のある大通りで、透也が『怪盗十九号』として派手に立ち回る。そうして警察の注目を集めておいて、博士は別の場所で盗みをする、という作戦だ。

 怪盗十九号はこれまでひとりで盗みを行ってきたから、警察は透也の存在を知らない。怪盗が二人いるというのがバレない限り、最も安全に盗みが行える方法だと考えた。

 体力には自信がある。少年兵の当時から、それなりの訓練を受けていたから。だから、この作戦は透也が提案した。


 左腕に装着したワイヤーガンを確認する。研究所の森で練習を重ねた。手の延長とまではいかないが、意のままに動かせる程度にはなった。

 首に巻いた光学迷彩マントも、使い方はバッチリだ。でもこれは、いざという時まで使わない。手品(マジック)のタネは、使えば使うほどバレやすくなる。

 あと、博士に内緒で電磁バネを仕込んだブーツも作った。ジャンブ力が何倍かになるものだ。身軽な動きを助けてくれるはずだ。


 ヘルメットの下で、透也はニッと歯を見せた。

「そろそろ時間だ――作戦開始」


 その途端。

 緩やかな曲線を描く屋根全体が光りだす。虹色の煌めきは波打ち渦を巻き、中央の時計塔へと集約される。正面広場の噴水に仕掛けられたサーチライトが夜空に矢を放ち、幾つもの円を描いて、時計塔へ集まってくる。


 時報代わりのプロジェクションマッピングが行なわれるのだ。


 広場に集まった人々の視線が時計塔に集まる。十二の位置で揃おうとする分針にワイヤーガンを放ち、透也は身を踊らせた。


 分針の頂点に着地する。光のショーの起点となる十二の文字にサーチライトが集中する。

 そこで、透也は立ち上がった。


 鐘の音と同時に、派手な音楽が鳴り出す。

 地上の音は聞こえない。だが彼の義眼は、見上げる人々が彼を指差し、カメラを向けているのを映し出した。


「……警察無線を傍受したでアリマス」

 リュウが脳波に告げた。彼の小さな体に無線機を搭載するのは、レーダーよりも簡単だった。

「怪盗十九号出現と騒いでるでアリマス」

「そうか」

「間もなくパトカーがここに集まってくるでアリマスよ」

「じゃ、ギリギリまで引き付けるとするか」


 光が動く。それに合わせて大きく腕を振れば、まるで透也が光を操っているように見える。


 メガロポリス各地から、けたたましいサイレンが集まってきた。音楽に負けじと、スピーカーからダミ声が投げ掛けられる。

「怪盗十九号、投降せよ。繰り返す、怪盗十九号、投降せよ」


「ショーの邪魔をしないでほしいな、ここからがいいところなのに」

 踊り狂う光のカーテンを指先で操る。大きな身振りの演出に観衆は狂喜し、警察は激怒した。

「これが最後通告である――今すぐに投降せよ。さもないと……」


 サーチライトの隙間から軍用ヘリコプターが現れた。ローターが回転する爆音が音楽をかき消す。

 そして、左右の機銃を透也に向けるものだから、流石に彼も肩を竦めた。

「本気になりすぎじゃね?」

「下も見るでアリマス。逃げ場はないでアリマスよ」

 リュウに促されて目を足元に向ける。屋根に集まった警官隊が、時計塔に梯子を掛けて登ってくるところだった。


 透也はため息を吐いた。

「万事休す――――なワケねぇだろ」


 左手を前に突き出す。放たれたワイヤーガンは、ヘリコプターの(スキッド)を捕らえる。そして透也は、光の中に身を踊らせた。

 空中ブランコの要領で、観衆の頭上スレスレを滑空する。その途中、『怪盗十九号 参上』と書かれたカードをばら撒くのも忘れない。

 クライマックスの噴水が沸き立つ。その隙間を抜けて再び上昇し、遠心力に乗ったところでワイヤーを解放。くるくると回転しながら、広場を挟んだ向かいのビルに着地した。


 ヘリコプターの音を凌駕する歓声が響く。ビルの壁面に設置されたモニターに、ニュース映像として透也の姿が映し出された。その中で、ショーを終えたマジシャンのように丁寧に一礼してから、彼はビルの影へと姿を消した。


「……どうだった? 俺のショーは?」

「初戦にしてはまあまあでアリマスな……動きを予期されていなければ」


 リュウの目のサーモグラフィーは、ビルの屋上に身を隠す人影を感知していた。

「給水塔と建屋の影にそれぞれ一人ずつ、狙撃銃を構えているでアリマス」

「了解」


 ブーツがコンクリートを強く蹴る。透也の体は、給水塔と建屋の隙間に向かって跳んだ。二人の間に入るためだ。こうしてしまえば、味方同士が向き合う格好となり狙撃できない。

「動くな!」

 と叫ぶ銃口の前を駆け抜け、透也は隣のビルへと飛び移った。


「やっぱり博士は凄いや。体が羽根みたいに軽い」

「そのスーツのおかげでアリマスか」

「間違いない。こんなに楽しいの、いつ振りだろうな……」


 体を動かすのには慣れている。敵を殺すため、様々な訓練を受けてきた。

 けれど、体を動かすことで解放感を味わったのは初めてだった。

 ヘルメット越しに風を感じる。移り行く景色を美しいと感じた。


 光り輝く摩天楼を眼下に見れば、まるでメガロポリスをまるごと盗んだように錯覚する。


 幾つかのビルの屋上を駆け抜けた後、だが突然、透也は足を止めた。

 メガロポリスの最奥に鎮座する、黒々とした残骸……かつて『メガロポリスタワー』と呼ばれていたそれが目に入った瞬間、動悸が高まって呼吸ができなくなった。

「…………」

 目が霞み、その場にうずくまる。

「どうしたでアリマスか、透也?」

 リュウがポケットから抜け出し、透也の顔を見上げた。冷汗だか涙だか分からないものがヘルメットのゴーグルを濡らして、透也はその姿を見ることができない。

 ようやく絞り出した声は、百歳の老人のようだった。


「俺は……死神なんだ……死神……ウッ……!」

「透也、しっかりするでアリマス!」

 リュウがヘルメットに張り付いて声を掛けるが、透也の心には届かない。震える肩を両手で抱えて、トラウマを持て余すしかない。


 だが次の瞬間。

 地の底から響くような轟音が、文字通り彼のトラウマを吹き飛ばした。


 メガロポリスタワーの残骸が、土煙の中へ崩れていく。

 ダイナマイトの爆破で高層ビルを解体する方法があると聞く。それと同じように、焼け焦げた塔が足元から崩壊していくのだ。

 火薬の匂いと粉塵が、風に乗って透也にも届く。何が起きたのか理解できないまま、透也はその様子をじっと眺めた。


 すると、背後に人の気配が現れた。振り返れば、見知った顔が彼を見下ろしていた。

「――――博士」

 乾ききった声で透也が呼び掛けると、博士は無表情でこう言った。

「人類の末期(まつご)を彩るこの街に、負の遺産は似合わない」


 今宵、怪盗十九号が盗んだもの――それは、街と透也が抱える暗い過去だった。

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