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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<捌>──妖怪博士
84/97

82話 リュウ

「科学の基礎知識をインプットし、高性能のAIを搭載した。これから分からないことがあれば、こいつに聞くといい」

 妖怪博士はそう言って、小さな頭を指先で撫でた。このヤモリ型ロボットは、透也専属のアシスタントという訳だ。論文の執筆を中断されるのが煩わしいから、子守り用に作ったのだろう。


 しかし、気にすべきはそこではない。

「ヤモリ型ロボット……高性能AI……」

 怪盗十九号が盗んだものと合致する。

 まさか……!


 しかし、博士はすぐに研究に戻ってしまったし、ヤモリが「初期設定をしてください」とうるさいから、それ以上聞けなかった。

 ……慌てて初期設定をしたから、変な喋り方で登録してしまった。


 透也はヤモリを「リュウ」と名付けた。本当はヤモリじゃなくて、ドラゴンみたいにカッコいいのが良かったな……という思いから。

 リュウはいつも透也についてくる。小さな体をくねらせてシャツをよじ登り、肩にピョンと乗っかるのだ。

「質問はないでアリマスか?」

「おまえの喋り方、変更できないの?」

「変更するには、初期化が必要でアリマス」

「初期化すると、どうなるんだ?」

「ワガハイにインプットされたデータが全て消えるでアリマス」

「……やめとくよ」


 リュウは優秀だった。透也の機械いじりを適切にサポートしてくれる。ちょっと口うるさいこと以外、完璧な相棒だ。

 しかも、エネルギー源は金平糖。パクンと丸呑みする様子を見ていると、ペットみたいに愛着が湧いてくる。

 眠る時も一緒。透也がベッドに入ると、リュウは枕元で丸くなるのだ。


 でもやはり、心のどこかで気になっている――こいつは一体、どこから来たのか。


 リュウと過ごしだして一週間ほどした頃。

 ベッドに横になってから、枕元のリュウに小声で訊ねた。

「なぁ、おまえ、北通りのおもちゃ屋から盗まれたのか?」

 するとリュウは小首を傾げた。

「ワガハイの本体はAIでアリマスから、おもちゃ屋から盗まれてはいないでアリマス」

「じゃあ、大通りのコンピュータ専門店?」

「ワガハイの電源が入ったのは、この研究所でアリマスから、それより前のことは知らないでアリマス」


 少し迷った後、透也は警察無線を傍受した時の話をした。

「――博士が怪盗十九号である可能性は、どのくらいだと思う?」


 リュウは答えた。

「不確定要素が多いでアリマス。現状、50パーセントと答えるしかないでアリマス」


「なら、さ……」

 透也はリュウに顔を近付ける。

「俺たちで確かめてみないか?」

「確かめてどうするでアリマスか?」

「うーん……」

 そこまで考えていなかった。脳内で、妖怪博士の姿と、怪盗十九号のイメージを重ねてみる。すると透也の中に、明確な感情が湧き出した。


「カッコいい」

「カッコいいでアリマスか?」

「怪盗だぜ? 憧れるだろ。その正体が博士だとしたら、最高じゃないか」


 するとリュウは目をぱちくりさせた。

「怪盗は泥棒でアリマス。犯罪者でアリマス。犯罪はダメでアリマス」

「なら……」


 その夜、透也はリュウに『怪人二十面相』シリーズを全部読ませた。

 すると翌朝、リュウはうわずった声で言った。

「怪盗はカッコいいでアリマス」

「だろ?」

「ただの犯罪者ではないでアリマス。神出鬼没、頭脳明晰でキザな紳士……憧れるでアリマスなぁ」

「それが博士だったら?」

「最高でアリマス。ワガハイたちのヒーローでアリマス」

「なら、決まりだな」


 その日、透也は密かにリュウと計画を練った。

「怪盗十九号が仕事(・・)をするのは深夜だ。警察無線では、二十三時から特別警戒をすると言ってた」

「その時間に博士が出かけるかを、ワガハイが見張ればいいでアリマスね」

「そうだ。でも、ただ出かけただけじゃ証拠にならない。リュウの合図と同時に、俺は警察無線を傍受する。それで怪盗の動きが分かるはずだ」

「そして、帰ってきたところを待ち構えると」

 透也はコクリと頷く。

「怪盗は必ずパン屋に行く。だから、俺は今日、ここにあるパンを全部食べ切っておく――勝負は今晩だ」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 その夜。

「おやすみ」

 と博士に告げて、研究室のベッドに潜り込む。時計と無線機は、あらかじめ布団の中に隠しておいた。あとは時間を待つだけだ。

 覗かれても怪しまれないよう、透也は目を閉じ眠ったフリをした……つもりが、つい寝入ってしまったらしい。

「透也、博士が出掛けたでアリマスよ」

 と、リュウに頬をペチペチ叩かれて、慌てて無線機の電源を入れた。ダイヤルを合わせると、警察無線が聞こえてくる。


「あれから一週間、怪盗十九号は出ていないな」

「食いしん坊の彼なら、そろそろ次のパンが欲しくなる頃じゃないの」

「さて、どうだかな……」

 何とも緊張感のない会話だ。

 それもそのはず。昼間、リュウの力を借りて『怪盗十九号』について調べたところ、「絶対に人を傷付けない」「貧乏人からは盗まない」という情報を得られた。

 ――まるで義賊じゃないか。

 透也は嬉しくなった。


 しかし間もなく、無線の声のトーンが変わった。

「――西通り三丁目の銃器店付近で、怪盗十九号と思われる人物の目撃情報」

 間髪入れずにサイレンが鳴りだす。一気に高まった緊張感に、透也は背筋を伸ばした。

 そんな彼の横で、

「博士、大丈夫でアリマスかね」

 と、リュウが心配そうに言った。

 そこでようやく、透也は気付いた――怪盗十九号が博士だった場合、ここで捕まってしまったら、二度と博士に会えなくなる。


 心を躍らせていた気持ちは一気に硬直した。代わりにドキドキと拍動が強まって、変な汗が手を濡らしてくる。

 震える指をぎこちなく動かして音量を上げる。呼吸を止めて、無線からの声に集中する。


「西通りのビルの屋上を北へ向かい移動中」

「あの通りは銀行で行き止まりになる。銀行に捜査員を集めろ」

「全捜査員に告ぐ。西通りの銀行で怪盗を捕縛する。至急、銀行に向かえ」


 隙間風が、メガロポリスで鳴り響くサイレンを透也に届けた。これは小説ではなく、現実で起きていることなんだと、背筋がゾクッと冷たくなる。

 しかし、すぐに起こった無線の叫び声が、彼を小説の世界に導いた。


「あっ……! 飛びました! 怪盗が飛びました!」

「何、どういうことだ?」

「分かりません。通りを挟んだ向かいのビルに、滑るように移動していきます!」

「魔能か?」

「魔能センサーに反応はありません」

「念の為、魔能特殊部隊を呼び寄せろ」

「消えました! 怪盗が消えました!」

「映像を送れ!」

「本当だ……画像加工みたいに消えてる……」

「全捜査員に告ぐ! 怪盗を見失った! 非常線を張れ!!」


 さすが怪盗、一筋縄でいかないようだ……と思った途端、呼吸を忘れていたのを思い出し、透也は大きく息を吐いた。全身をぐっしょりと冷汗が濡らしているのにも、ようやくその時気が付いた。

 一方、リュウは澄ましている。

「ワイヤーガンと光学迷彩マントでアリマスね。魔能に頼っている連中は、科学の道具を知らないでアリマス」

 すると、透也の中にワクワクが戻ってくる。

「怪盗十九号……今晩は何を盗むのかな」

 けれど、無線の声は混乱するばかりで、その後、怪盗を見付けることすらできなかった。


 そうなると焦ってくる。

「博士、もう戻って来てるとかないよな?」

 透也はベッドを降り、そっと隣の部屋を覗く。けれどそこは真っ暗で、人の気配はなかった。

「どこから帰ってくるんだろう、博士」

「ならば、ワガハイにレーダー照射装置を付けるでアリマス」

 透也は目を丸くした。

「どうやって?」

「ワガハイの言う通りにするでアリマス」


 部品を博士の工具箱から拝借し、リュウの言葉通りにヤモリの腹に挿入する。そしてシステムをインプットするまで、ものの十五分。

 すると、リュウの目が光りだした。

「レーダー照射中……丘の上に生体反応がアリマス」


 夜の森を駆ける。つい先日、真っ黒な人影を見たのを思い出したが、今日はリュウが一緒だから怖くない。

 木の根の階段を駆け上がり、森が拓けた場所に飛び込む。


 すると、そこに置かれたドラム缶の横に、真っ黒な人影があった。

 けれど、それはお化けではなかった。義眼を調整してよく見ると、黒いフルフェイスのヘルメットに、ピッタリとしたボディスーツを身に着けているのが分かった。

 人影は、ヘルメットに手を掛け外そうとしているところだったが、駆け込んできた透也を見て手を止めた。


 静かな時間が流れる。草むらで鳴く虫の声が、遠くに聞こえるサイレンを掻き消していた。

 何とか呼吸を落ち着け、透也は言った。


「――博士、なの?」


 黒い人影はじっと透也を見ていた。やがて彼は、ゆっくりと手を動かす。そして、外したヘルメットを地面に転がした。


 妖怪博士は無表情に透也に目を向けた。そして、バックパックから紙袋を取り出し、透也に差し出した。

「ほら、明日のパンだ」



☩◆◆────────────────⋯

【怪盗十九号】

 正体・蛭田博士

 獲物・コンピュータ部品、パン

 道具・ワイヤーガン、光学迷彩マント

 特技・追跡を撒くこと

 弱点・戦闘行為

⋯────────────────◆◆☩

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