表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<捌>──妖怪博士
81/97

79話 博士の公式

 かつて透也が住んでいたのは、スラムの一丁目。市場を抜けた先にある。

 けれどそこは、集中爆撃で何もなくなったのを彼は知っていた……その最中、両親が死んだのも。


 市場も当然、酷い有様になっていた。店は焼け、瓦礫がそこかしこで山になっている。

 ――そんな中でも、生き残った人々は、生きていかなければならないのだ。

 辛うじて焼け残った品を寄せ集めて物々交換をする。所々で物資を巡った(いさか)いがあり、中には強引に奪っていく人もいて、治安は最悪だ。


 そんな市場に足を踏み入れた透也は、見知った顔を見つけた。何度か両親と共に、街に行ったことがある人。

 もしかしたら、僕を引き取ってくれるのではないか。妖怪博士と名乗るあの変なおじさんのところにいるよりは、マシな生活ができるかもしれない――何しろ、僕はこの街のヒーローなのだから。

 透也は彼に駆け寄り声を掛けた。ところが、彼は透也を見るなりこう言ったのだ。


「生きていたのか……この疫病神め!」


 その言葉の意味が、透也には分からなかった。けれど、次第に集まってきた人たちが彼に投げつける言葉で、ようやく彼が置かれた立場を理解した。

「おまえがメガロポリスタワーを焼いたから、東京掃討戦が起きたんだ」

「メガロポリスで何十万人を殺して、自治区の人もまた十万人殺した」

「死神だ……おまえは、死神だ!」


 殴られ、倒され、蹴られ、踏み付けられる。けれど、不思議と痛くはなかった。

 何も感じなかった。

 この街のために正しいことをしてきたのに、守ろうとした人々から向けられたのは悪意……けれど同時に、心の中で、彼らの感情が正しいものだと理解した。


 僕は、大量殺人者なんだ。


 突然、数十トンにも及ぶ鋼鉄の重荷を背負った感覚。罪悪感に押し潰された心が激痛を発するから、体が受ける痛みなど些細なものだった。


 動かなくなった透也を置いて、人々は去っていった。

 そのまましばらく微動だにできなかった。やがて、近くの商店の主が、死体ならば裏手の沼に捨てようと考えたのだろう、長柄の箒でつっつこうとしてきた。そこでようやく彼は身を起こし、足を引き摺って歩きだした。


 生きていてはいけないのだろうと思った。背負った罪が、容赦なく透也を押し潰そうとしてくるから、死しか救いは無いと思った。

 フラフラと市場を抜けた先の沼。掃討戦で焼かれた身元不明の屍たちが、そこで朽ちるのを待っていた。

 ここが僕にとっての唯一の居場所なのだろう。


 透也は脂で濁った水面に身を横たえた。手足に触れる腐りかけの肉の感触も、酷い悪臭も、蝿の羽音も、どこか遠くのものに感じた。

 そうやって、空の色が移ろうのをただ眺めていた。

 闇が世界を包み、このまま朝が来ないことを祈った。


 ……けれど、しばらくして、足音が近付いてきた。人工的な光が目に飛び込んで、透也は細めた目で光の主を見た。

 その人物は、ボサボサ頭に懐中電灯を巻いていた。そして隈の濃い目を丸くした。

「おまえ、こんなところで何をしてるんだ?」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 死体漁りと言うと聞こえは悪いが、生きている人間から奪うよりはマシなはずだ――妖怪博士はそう言った。

「機械の部品に、死体から使えそうなものを拝借するんだ。医療用のボルトや義歯は、金属資源として貴重だからな」


 妖怪博士の研究所に戻された透也は、収穫品を洗う彼をぼんやりと眺めていた。薄暗い部屋でボルトを骨から引き抜く様子は、文字通り妖怪のようだ。

 しばらくして博士は、ふと顔を上げた。

「何か臭いな」

 そこでようやく、透也が酷い様相なのに気付いたようだ。

「裏に風呂がある。井戸から水を汲んで薪を炊けば風呂が沸く」


 満身創痍の体を引き摺り、汚水を垂らしながら、井戸から水を汲みドラム缶を満たす。その下に薪を焚べ、湯気が立つのを待って、そっとドラム缶に足を入れる。

 冷えきった体にじんわりと沁みる温度が、強烈に『生』を感じさせるから、透也は堪らなくなった。

「…………」

 髪の先まで湯に浸かり、無音で慟哭する。


 どうして俺は、生き残ってしまったのだろう。


 散々泣いてフラフラになりながら研究所に戻ると、妖怪博士は収獲品を炉で溶かしているところだった。

「なぁ博士……俺、どうして生きてるんだろう?」

 透也が訊くと、博士は不思議そうな顔で見返した。

「生命が存在するのに理由などない」

「けれど……生きてちゃいけないんだよ、俺は……許されていいはずがないんだ!」


 炉にかけた坩堝(るつぼ)を静かに混ぜながら、博士は興味なさげに答えた。

「『死』という選択肢を自らに課すことは、生物学的に全く意味がない。たかが数十年待てば必ず死ねるのに、なぜわざわざ死を早めようとするのか理解に苦しむ。それよりも……」

 坩堝の中身を何かの装置に注ぎ込む。赤く光る液体が、無精髭の生えた顔を照らした。

「そのたった数十年の繰り返しで、劇的な進化を遂げてきた人類という種族に、私は興味を持っている。その進化の根源――科学こそ、人類が存在する意義じゃないかな」


 何を言っているんだ……と、呆気にとられたのは透也の方だった。

 けれど、博士の言葉を聞いていると、自分の悩みなど些細なものだと、そんな風に思えてくる。

 しばらく呆然と博士の手元を眺める。溶けた金属を入れた装置に蓋をし、スイッチを入れる。ブーンというモーター音がして、振動がテーブルを揺らした。

 それを見ながら、透也は言った。

「科学って……面白いの?」

「面白いさ」

 博士は即答した。

「魔能より凄いのか?」

「魔能だって科学の一部だ。エネルギー源に使うものが違うだけで、科学で説明できる」

「なら……」

 縋るような思いで、透也は博士を見つめた。


「科学なら、東京を救えるのか?」


 博士はしょぼくれた目を透也に向けた。

「理論上、死者を蘇生すること以外、科学に不可能は無い。科学は人類の英智の蓄積だ。凄まじい執念と失敗の結晶だ。一度失敗を知ったからには、より正しい方向へ進めるはずだ……進まなければならない」

 魔能が台頭する理由となった環境破壊を言っているのだろう。それでも人類の進化を信じているからこそ、彼はこうして研究を続けているのだ。

 ヨレヨレの白衣に包まれた貧弱な体が、この時の透也にはとてつもなく大きなものに見えた。


 透也はここでようやく、猛烈に空腹なのを思い出した。

「科学に不可能はないのなら、何か食べ物を出せないの? ……市場でパン、買えなかったから」

 すると妖怪博士は目を丸くした。

「それはとてつもない難題だ……無からパンを生み出す公式を、私は知らない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ