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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<壱>──怪盗狩人は夜嗤う
8/97

7話 正義の味方

 ……それにしても、まさか、刑事の介抱役をやらされるとは。


 礼拝堂の後方。

 透也は溜息混じりに、長椅子に伸びる野呂という刑事の目元に置かれた濡れ手拭いを交換した。

「大丈夫スか?」

「あぁ……ン……ありがとう」

 と答えたものの、まだ顔色は紙のように真っ白だ。


 もう一人の男――野呂の上司の中村という警部らしい――は、近くの駐在所に応援を呼びに行ったり非常線を張ったり、忙しく動き回っている。

 その間、第一発見者である透也の見張りが手薄になるから、野呂の介抱をさせておくのは理に適っているのかも知れない。


 その野呂は、気まずさを誤魔化すように力なく自嘲した。

「せっかく刑事になれたんだから、頑張って血に慣れようとしてたんだけど……いきなりアレは無理だったよ」

 白い顔のまま眉を寄せ、野呂は再び吐き気で口を押さえた。透也は仕方なく背中を擦る。

「血が駄目なのに、なんで刑事に?」

「正義の味方になりたかったんだよなぁ、弱気を助け悪を(くじ)く、みたいな」

「そうなんスか」

「でも現実は、正義の味方の名声を怪人ジュークに持ってかれたし、刑事をやってる意味が解らなくなってきてね。そもそも僕に向いてないし……あ、これ、中村警部にはナイショで」


 相当口が軽そうだ。

 透也はさりげなく話題を振ってみることにした。


「でも、怪人ジューク、指名手配されたんスよね」

「情報が早いね」

「号外が出てましたよ。でも俺からすると、何で悪い怪盗を捕まえてるのに指名手配犯になるのか、理解出来ないっス」

「解るよ、その気持ち」

 野呂は自分で濡れ手拭いをひっくり返す。

「僕らにしたって、奴が怪盗を捕まえて連れて来てくれりゃあ楽だからね。正直、魔能怪盗に対抗する手段は警察には無いから。でも、それが繰り返されてしまうと、警察の面子(メンツ)が保てない」

「なるほど」

「……てのは、建前で……」

 野呂は透也を見上げて声を低めた。

「実は、上層部が妙な動きをしてるって噂があるんだ」

「えっ……」

 いくらなんでも口が軽すぎだろ、と思いつつ、透也は聞き役に徹する。

「帝国評議会からの圧力がどうとかって話があるんだよ。帝国評議会には黒い噂が絶えないからね。もしかしたら、怪盗同盟と繋がってたりして」


 すると、背後で雷が落ちた。

「野呂! いつまで寝てる気だ。殺人課のお出ましだぞ!」

「は、はい! すみません……」

 野呂は飛び起き、透也に手拭いを渡すと、

「ありがとう」

 と云って走っていった。


 すると、透也の胸ポケットがモゾモゾと動いた。いつの間にか隠れていたリュウが、ヒョッコリと顔を出す。

「絶対に刑事に向いてないでアリマス」

「あぁ……」


 しかし――と、透也は目を細める。

 帝国評議会と怪盗同盟との繋がり……もしそれが本当ならば、怪人ジュークを指名手配する根拠が一気に強くなる。


 その後透也は、殺人課の刑事と中村警部の事情聴取を受けたのだが……。

「現場は密室だった、というのは、君の証言でしかない」

「えっ……」

「つまりは、あの状況で須永神父を殺せたのは、君しか居ないということだ」


 これには流石(さすが)の透也も慌てた。

「ま、待ってください。なんで俺が? どうやって?」

「詳しい話は署で聞こう」

「そんな無茶な……!」


 今日はとことんツイてない。蜘蛛兄の時計を盗んだバチなのか?

 あたふたする彼も、屈強な刑事に囲まれ両腕を捕らえられればどうしようも無い。

 ……終わった。

 身体検査をされれば右目の義眼がバレるだろうし、住処(すみか)を探られれば怪人ジュークであることは一目瞭然だ。

 透也は天井を仰いだ。


 ――するとその時。

 礼拝堂の入口に現れた人物が、高々と宣言したのだ。


「その人は犯人ではありません」

 それは、女の声だった。

 顔を向けると、無造作な断髪にした若い女が、執事らしい格好の初老の男に支えられ立っていた。

「その人は犯人では有り得ません。犯人は、魔能使いです」


「明智探偵!」

 中村警部が声を上げる。

「ど、どうかされたのですか?」


 彼女は腹部を押さえていて、乗馬服の白いズボンに血が滴っているのだ。


 だが彼女は微笑んで、首を横に振った。

「転んでしまって……ベ、ベルトの金具で切ってしまったのです」


 すると、上着の襟に隠れたリュウが透也の耳元に囁いた。

「あの二人が、先程関知した魔能使いでアリマス」

「何?」


 透也は眉間を筋立てる。

 それを隠す為に、彼女はあんな見え見えの嘘を云っているのだろう。

 ――そうなると、真実はひとつしかない。


 須永神父殺しの犯人は、彼女たちに違いない。


 とはいえ、彼女は透也を(かば)っているのだ。彼女の正体を明かしてしまえば、今度は透也に罪を押し付けてくる可能性もある。

 透也は様子を見守ることにした。


 殺人課の刑事が声を上げる。

「中村警部、これはどういうことですか?」

「彼女は、怪盗事件の捜査に協力して頂いている明智探偵だ。魔能について詳しくあられるから、彼にはこの殺人を犯せないと考えられたのだろう」


 殺人課の刑事たちは顔を見合わせ、リーダーらしき人物が明智探偵に険しい目を向けた。

「今の発言の責任は取って頂けるのでしょうな」

「明智家の名に賭けて」


 仕方なく、刑事たちは透也の腕を解いた。

「だそうだ。念の為、身元を聞かせて貰う」

 当然、透也は嘘の連絡先を教える。

 すると、明智探偵の執事が透也の元にやって来た。

「もし何かあれば、こちらにご連絡ください」

 渡されたのは名刺だ。『私立探偵 明智香子』とある。刑事たちが不審な動きをすれば受けて立つと、牽制しているのだ。


 しかし、どうして此処(ここ)まで……と、透也は名刺の本人に目を向けた。すると彼女は、痛みに耐えかねるように床に座り込んでいた。透也は慌てる。

「あ、あの……医者を呼ばないと……」

 だが執事は、

「それには及びません。すぐに失礼いたします」

 と一同に一礼し、香子を抱えるようにして去って行った。


 ……とりあえず自由の身となった透也だが、どうにも腑に落ちない。

 歩きながら、渡された名刺を眺め、透也はリュウに訊いた。

「どう思う?」

「美人でアリマス」

「は?」

「透也のタイプでアリマスね」


 彼女の顔が名刺に重なる。

 途端に頬に血が上り、透也は慌てて名刺をポケットに隠した。

莫迦(バカ)云ってんじゃねぇ……」

「一度会いに行ってはどうでアリマスか?」

「はあ?」

「彼女の目的を探りに、でアリマスよ」


 透也は口を尖らせリュウを睨んだ。

「……まぁ確かに、気になるな。怪盗でも無いのにどうして魔能を……」

「でも、今問題にすべきは彼女ではないでアリマス」


 リュウが肩に這い上がり後ろを見る。

 透也も気付いていた――殺人課の刑事たちが透也を尾行している。

「これでは家に帰れないでアリマス」

「撒くのは簡単だけど、後で怪しまれても面倒だしな」

 これは参ったと透也は首筋を掻いた。

「何かいい方法はないか?」

「そうでアリマスね……」

 リュウの尻尾が透也の肩をポンと叩く。

「では、アレでいくでアリマス」



 ☩◆◆────────────────⋯

【中村】

 年齢・四十七

 職業・東京特務警察付警部

 渾名・鬼もたじろぐ鬼警部

 解決した事件・数知れず

 趣味・釣り

 ⋯────────────────◆◆☩

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