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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<漆>──魔女と凶犬
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73話 対策

 透也たちが戻ると、幽霊塔の広間は重い空気に包まれた。

 事情を聞いたショルメは、少し離れて考え込んでいる。影男は透也の正面に座り、床を睨んだまま動かない。いつもは饒舌な透明怪人すら、皆に遠慮するように押し黙っていた。


 そんな沈黙を破ったのはニコラだった。

「クヨクヨと悩んでいても仕方が無い。今は、ショルメの兄貴が何処に居るかを探すのが最優先だ」

 彼女の冷静さに助けられた気がして、透也は顔を上げた。

「そうだな……先ずはそこからだ。誰か、心当たりは無いか?」

 彼がそう云うと、唐突にショルメが立ち上がった。

「何処に行くんだ?」

 透也の問いに、彼は低く答えた。

「横浜」


 その意味を探るように、一同は顔を合わせた。

 キーワードは、保警局の平井局長……そして、彼を指揮する立場にある、大鳥公爵。

 そこまで辿って、透也の血の気が引いた。


「……大鳥公爵に嵌められて、大西洋結社に売られた……」


「条約か何かを結ぶ際の手土産と考えれば、兄は丁度いいだろう」

 結社を率いるエドガーにとって、国際警察は取るに足らない存在だろう。しかしこの国の代表が捜査員を差し出すことで、太平洋結社に対する立場を示したとしたら、とてつもなく重大な意味がある。


 ショルメは無言で歩き出した。その足を影男の声が引き留める。

「一人でどうしようと?」

「…………」

 ショルメは答えない。相討ち覚悟で乗り込む気なのだろうと、透也にも察しが付いた。だが影男は冷徹だ。

「君の兄上が生きている保証はあるのかな?」

「クッ――!」

 普段飄々(ひょうひょう)としている彼とは思えない、烈火のような視線が影男を睨む。そんな二人を見比べて、ニコラが答えた。

「ショルメの兄貴は生きている可能性が高いと思う。何故なら、国際警察の捜査員がこの国で死んだとなると都合が悪い。ヘタをすれば、国際問題になりかねないからな。だから大鳥公爵はコッソリと結社に引き渡したんだ。じゃあ、エドガーは直ぐに殺すか? これもやっぱ都合が悪い。結社はああ見えて、国際社会を敵に回すほど莫迦じゃない。国際警察と対立するのは避けたいところだ。ならどうするか」


 ニコラは顔の前で指を立てた。

「生きたまま連れ出して、死体が見つからないよう、太平洋のど真ん中に捨てる」


 淡々と語る幼い声に、透也の全身が粟立つ。ニコラの洞察に否定する要素は無い。ならば、こうして居られない。

 透也は云った。

「俺も行く」

「僕も付き合うよ」

 影男も顔を上げた。

「僕の『影』が、何かと役に立ちそうだし」

「じ、じゃ、ワタシも……」

 透明怪人が云いかけるが、透也は手を挙げて制した。

「いや……おまえとニコラには、別の仕事を頼みたい」

「何?」

「白梅軒に行ってくれ」

 それだけでニコラは透也の意図を察したようで、「解った」と一言、透明怪人の手を引いて出て行った。


「彼女を巻き込みたくないんだね」

 影男が透也に微笑む。彼は目を伏せて腕組みをした。

 勿論、それもある。だがそれ以上に、先の見えないこの状況で、使える手駒を全て出し切るのに抵抗があった。ニコラ、そしてお梅なら、此方(こちら)がどんな状況になろうとも、最善の対応してくれるだろうと考えたのだ……また世話になるのに引け目が無い訳ではなかったが。


 それに、と彼は付け加えた。

「これは俺の都合でもあるんだ……ニコラの説が正しければ、蛭田博士もこの国を離れるってことだ。次に会うチャンスが何時巡って来るか解らない。だから、ニコラを危険に付き合わせたくない」

 顔を伏せた透也の思い詰めた様子に対し、影男は軽薄な表情を浮かべてこう云った。

「僕も、エドガーとか云う失礼な奴は気に入らないからね。一泡噴かせてやりたいよ」

「なら決まりだ……しかし、事は急がなきゃならない。影男、おまえの『影』で横浜まで行けるか?」

「生憎、『影』の届く範囲は無限じゃない。一度に移動できるのは、精々一里って処だね」

 一里は約四キロメートル……とても横浜には届かない。

「それに、確実に影があると僕が認識している場所でなければ無理だ。生憎、横浜には行ったことが無くてね」

「…………」

 透也が考え込む素振りを見せると、ショルメが云った。

「品川なら行けるな?」

「当然。一度、赤坂辺りを中継すれば」

「問題ない――品川警察署に送って欲しい」

 影男は一瞬不審な表情を浮かべたものの、直ぐに返答を返した。

「了解――準備はいいかな?」

 透也の隣にショルメが座る。透也は日本刀とヘルメットを抱えた。リュウがポケットから顔を出し、

「ワガハイは何時でも大丈夫でアリマス」

 と、透也の代わりに返事をした。


 影男はニッと目を細め、指を鳴らした。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 透明怪人と共に、市電を乗り継いで向かった千駄木の急坂。ニコラが白梅軒の扉を開ける頃には、日が傾きだしていた。

 「ヨッ!」と店に入ると、お梅は何時ものように煙草を吹かしていた。

「何だい、今日はひとりかい」

 そうギロリと目を向ける彼女に、ニコラは答えた。

「透明怪人と一緒だよ」

「透明怪人?」

 お梅が怪訝な顔をするのは尤もだ。魔能を持たない彼女には、透明怪人の姿が認識できない。

 そこで、透明怪人が挨拶した。

「お初ですー。影男から、此処の珈琲が美味しいって話は訊いてたけど、素敵なお店じゃない。一杯頂けるかしら?」

 彼女はそう云って、お梅の正面に腰を下ろした。

 お梅には、椅子が勝手に動いたか、もしくは椅子が消えたように見えただろう。しかし彼女はすぐさま状況を把握した。棚からカップを取り出すと、サイフォンの珈琲を注いで「あいよ」と差し出した。


 それから彼女は長煙管に刻み煙草を詰め火を点ける。それを一息吸ってから、紫煙と共に言葉を吐いた。

「あの坊主、また無茶してんじゃないだろうね」

「横浜に行くって云ってた」

 ニコラが答えると、彼女は察したように目を細めた。

「横浜、ねぇ……」

 お梅は呆れたように小さく溜息を吐く。そして詰めたばかりの煙草を灰皿に棄て呟いた。

(アタシ)の顔が広いっつっても、横浜にゃあ効かない……此処は、あの鬼瓦に借りを作るしか無いようだね」

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