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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<漆>──魔女と凶犬
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66話 対面

 透也はショルメの話を呆然と聴き入っていた。

「今でも思い出す――あの海賊の首領の姿を。母や町の皆を殺した、あの男を」

 チェス盤を睨んだままそう云うと、ショルメは透也に目を移した。

「そんな奴が世界を牛耳ろうとしてるのが赦せないんだ」


 透也は気付いた。

 彼は言外に、父を殺した自分も赦していないと云っている。


 透也は小さく息を吐いた。

「それで、国際警察に……」

「俺たちを助けてくれた人が、そっちに伝手(ツテ)を持っててね。随分と世話になったよ」

 

 透也は高圧的に出たのが気まずくなり、目を逸らして首筋を搔いた。

「なんか、その……悪かったな。辛いことを喋らせて」

「辛いのは君も同じだろう――二十二世紀から魔能を消しに来たその覚悟は、俺たちの比じゃない」

「知ってたのかよ……」

「ニコラに聞いた」

 リュウの奴、余計な事を……と舌打ちする。そんな彼に横目を向けて、ショルメは懐からピストルを取り出した。

「其れはさて置き、諜報員になって結社(クラン)に潜り込んだものの、未だ果たせず、って有様さ」

 古風な二連式の銃身には錆が浮いている。しかし、それなりに手入れはされているようで、可動部は錆び付いてはいない。

 遠い目でそれを眺め、ショルメは云った。

 

「これは、兄貴との誓いの証」


 透也はゾクッとした……常に持ち歩いているのに、兄の危急にも使わなかった銃。

 この銃に残された一発を、彼らの仇に向ける為に違いない。


 その鈍色の銃口に無感情な目を向け、ショルメは続けた。

「これは私怨だ。それに君たちを巻き込んだ、此方(こちら)の都合に利用する為にね。一人でいるより、君たちと行動を共にした方が広く情報が入る。特に、あの喫茶店の女将。彼女は君だけには気を赦しているように見える」

 彼の前で露骨な話はしていない筈だが、流石はスパイ、全てお見通しのようだ。

「それに、兄と同じ場所には居られない。例えば罠に嵌った場合、共倒れになってしまうからね。だから、特務警察や明智探偵とは別行動をしている君たちが、俺にとって好都合だったんだ」

 そう云って、ショルメは銃口を彼方に向けた。

「ただ奴を殺せばいいって訳じゃない。直ぐに後継者が出て引き継いでしまっては意味が無いからね。俺たちの最終目標は、大西洋結社を潰すこと。その為に、未だ奴らが手に入れられていないこの東京を護って、鼻柱を折ってやりたいのさ……とは云え、先程も云ったように、それは此方の勝手な都合だ。追い出すのならそれで構わない」


 その声に、何時もの彼とは違うものを感じて、透也は息を大きく吐いた……今の言葉に嘘は無いのだろう。

 少し勿体ぶったように腕組みし、透也は低く答えた。

「困った時はお互い様……この国にはそういう(ことわざ)があるんだ。それに、話を聞いた限り、向かう先は同じみたいだ。旅は道連れ……これもこの国の諺だ」

 ピストルを懐へ戻しながら、ショルメは丸眼鏡の奥の目をニッと細めた。

「じゃ、遠慮なく。三食昼寝付きは譲らないけどね」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 保警局の平井に呼ばれたと、エルロックが外出した後も、明智香子は動けないでいた。

 余りに残酷な運命――しかしそれは、彼ら兄弟に限ったことではないのだろう。ニコラも云っていた……彼女もまた、海賊に(さら)われて奴隷となったのだ。

 世界では、そんな悲劇が毎日のように起きている。


 それだけに、同じ状況がこの国に襲い掛かるのは絶対に避けなければならない。そうは思うものの、私に出来ることなどあるのだろうか……。

 チェス盤を眺めながら、そんなことを考えていた時だった。


「失礼するよ」

 と、部屋に入って来た人物があった。

 その姿に視線を送り、香子は心臓が止まる思いがした。


 何度も呼吸を繰り返し、(ようや)く彼女は、蚊の鳴くような声を絞り出した。


「――日下部、おじさま……」


 仕立ての良い背広に無地のネクタイを締めた初老の紳士は、先程までエルロックが座っていた椅子に腰を下ろすと軽く脚を組んだ。

 整った口髭の似合う上品な顔立ちに笑みを浮かべ、彼は

「久しぶりだね」

 と香子を見た。

「ご、ご無沙汰しています……」

 彼女は立ち上がり、一礼する。それからどうしていいのか解らず、動けなくなった。

 そんな香子を見かねたのだろう。日下部伯爵は

「座りたまえ」

 と手で椅子を示した。


 香子が椅子に戻ると同時に、執事の小林がやって来た。手にした紅茶カップとソーサーを手際よくテーブルに置き、

「急なお越しでしたもので、何も用意が無く、申し訳ございません」

 と頭を下げた。だが、日下部伯爵は小林の方を見もせずに香子に云った。

「私が今日来た理由に、察しが付いているようだね」


 小林は一礼して部屋を退出する。その後ろ姿にやや恨めしい目を送ってから、香子は返事をした。

「…………はい」

「では率直に云おう」

 日下部伯爵は軽く顎を引く。

「これ迄のことは水に流そう。此処からは私について来るのだ」


 有無を云わさぬ圧が、香子の全身を締め付ける。彼女は胸に手を当て、だが決意を持って顔を上げた。

「その前に……おじさ……伯爵の、目的をお伺いしたいです」

 日下部伯爵は軽く小首を傾げる。

「それは桐生男爵の件で解っただろう――我が国は今、有史以来の危機的状況を迎えている。外敵による侵攻の危機だ。我が国は近代化から日が浅く、欧州諸国を迎え撃つだけの軍事力を持ち合わせていない。対抗策として唯一我が国にあるものが、魔能だ」

「…………」

「そこで私は、桐生男爵と共に、魔能の軍事利用の研究をしていたのだ……君に潰されてしまったがね」

 どう答えていいのか解らず、香子は視線を伏せた。

「君は聡明な女性だ。我々の目的を理解してくれると信じている……桐生男爵と云う協力者亡き今、私の研究に賛同してくれる魔能使いは、君だけなのだよ」

「賛同……」

「私は国を、国民そして国土を、主権を護るという責務を負っている。多少の犠牲は(いと)わない覚悟だ。そうしなければ、この先、五千万の国民が血を流し、飢えに苦しむことになる。君ならそれがどういう意味か、理解出来るだろう」


 先程のエルロックの話を思い出し、香子は息を呑んだ。

 侵略を受けるということは、エルロックの故郷での惨劇が、この国のあらゆる場所で起こると云うこと。到底受け入れられるものでは無い。

 けれどその為に、本人の意思なく兵器に仕立てられる人々の存在を容認するのは、果たして正しいことなのか……。


 言葉に詰まる香子を、日下部伯爵はじっと見ていた。だがしばらくして、彼は内ポケットから懐中時計を取り出した。

 香子はハッと顔を上げる。

「おじさま、お忙しいでしょうに……」

「いや、君とこうして語らう時間くらいどうにでもなる。しかし、君が苦悶するさまを見ているのは私も苦しい」


 日下部伯爵は金の鎖を手に持って、顔の前で時計をブラブラと揺らす。それに何の意味があるのか……と目で追ううち、香子は気付いた。


 文字盤の針が、逆回転しているのだ。

 音も無く滑らかに左回りにくるくると巻き戻る二本の針。それに気付いた刹那――


「…………」

 香子の意識が遠のく。為す術なく、彼女はガクリと椅子に身を預けた。

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