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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<陸>──電撃の暗殺者
64/73

62話 目覚め

 三日振りに目を覚ましたショルメは、見慣れた天井と不機嫌極まる遠藤透也の顔を眺めることになった。

「いい気なモンだぜ。こっちはあのガイコツ女を宥めるのに大変だったっつーのによ」


 恨みがましい言葉に身を起こせば、幽霊塔の自室である。

 ショルメは寝癖だらけの長髪に手を当て、彼の言葉の意味を理解する……恐らく、自分は死にかけたのだろう。


 そんな彼を睨む透也は、尚も恨み言を重ねた。

「おめえがあの程度で死ぬ訳ねえのは解ってたし、本当に殺すつもりで兄貴を撃ったんでもねえとは知ってた。けどよ、勝手にリュウを投げたのは赦せねえ!」

「あぁ、あれね……まあ、その、大丈夫だろうなと思ったんだよね」

「はあ?」

 すると、彼の襟元までスルスルと緑色のヤモリが登ってきた。

「もう一回、眠りたいでアリマスか?」

「……やめとく。悪かったよ」


 ――場所を移し、広間。

「心配掛けないで! もう目覚めないんじゃないかって、こんなに痩せちゃったんだから」

 と縋り泣く透明怪人を適当にあしらい、ショルメは透也とニコラに顔を向けた。

「説明、した方がいい?」

「うん。ボクは現場を見てないから興味ある」

 身を乗り出すニコラに、ショルメは溜息を吐いた。

「どこから?」

「ジャケットの暗号の答え合わせ」

「そこから、ね……」

 ショルメはボリボリと束ね髪を掻いた。


 ――ニコラの推理は正解だった。

 ジャケットの数列の意味を、兄を人質として拘束している場所だと察したショルメは、あの夜、床下の落とし穴から幽霊塔を抜け出した後、旧知の人物を頼った。

「自分が兄を必ず助け出す。手出しはするな」

 と、軍用ライフルを用意させ、万世橋に向かう。夜の地下鉄工事現場に人影は無い。彼が侵入するのは容易だった。

 そして、囚われの兄を発見することになる――。


「……何時間、あそこで奴と睨めっこしてたんだ?」

 透也は呆れ声を出した。

「さあね。集中してると時間の感覚が無くなるから」

 ショルメはそう答え、透明怪人が差し出した薬湯を口にして顔を顰めた。

「体には良さそうだね……」


「で、どうなったんだ?」

 ニコラが胡座の膝を揺らす。

「その辺りは彼から訊いたんじゃないか? カンテラが燃え尽きたのを合図に、奴が人質を奪って、銃を撃ってきた」

「あの時撃たれたのはわざとだろ?」

 透也に云われ、ショルメは肩を竦める。

「まあね。ああでもしなきゃ撃ち返せなかったし。でも、撃つ前に君に止められた」

「――罠、だな」

 と、ニコラが身を乗り出した。

「どんな仕組みだったんだ? 図面は無いのか?」

「図面は無いでアリマスが、超音波で撮影した3D画像ならあるでアリマス」


 リュウは白い漆喰壁を向き、目から画像を投影する。簡単なプロジェクター機能だが、ショルメとニコラは目を丸くした。

「何だおまえ、こんなことも出来るのか」

「早く言えよ、家で活動写真が観えるじゃないか」

「いや、そういうのは無理でアリマス」


 ニコラが壁に近付き、目を皿のようにして画像を眺める。

「ふむ、テスラコイルの応用だな。但し、これを喰らえば焼き鳥になる」

「あー、俺の下駄、片方どうなったっけ?」

「知らね」

「でもさ……」

 と、ニコラは画像の片隅を指さした。

「この装置、見たことないぞ」

「だろうな……」

 透也は言葉を濁した。そんな彼を見て、ショルメは顎を撫でる。

「まぁ、君には礼を言わないとだね。助けられたんだし」

「それは兎も角でアリマス」

 プロジェクターを閉じ、リュウが振り返った。

「ショルメの魔能が気になるでアリマス」

「透明怪人とも発動パターンが違いそうだ。どんな感じなんだよ?」

「そうだね……」


 ――透也が罠から彼を庇った後、ショルメの中で妙な勘が動き出していた。

 その未知の感覚が何なのかを確かめる為、彼は目を閉じ集中した。


 すると奇妙なことに、この難局を乗り切る為の方策が頭に浮かんだのだ。

 彼自身、初めは出血の為に意識が朦朧として夢を見ているのだと思った。しかし、Mが逮捕される場面に至り、これは夢では無いと確信した。

 荒唐無稽に近いこの方法が、問題解決への最短……いや、唯一の道。

 そう悟った彼は、目を開いた――。


「それが魔能でアリマスな」

 リュウが青く縁どられた目をクリンと見開いた。

「ふむ。俺の魔能は未来が見えるのか」

「いや、ちょっと違うでアリマスね……」

 リュウはショルメをじっと見上げる。

「――『深慮遠謀(しんりょえんぼう)』。誰も思い付かないような解決方法を考え出す能力でアリマス……状況から察するに」

 すると彼は怪訝な顔で緑のヤモリを見下ろした。

「名前の割に地味だな」

「それはワガハイに云われても知らないでアリマス」

「つまりだ、絶体絶命のピンチに陥った時に、何か解決策が浮かぶってことだな?」

 ニコラが興味津々でショルメの顔を覗く。

「チェスでそれを使えば、おまえ、世界チャンピオンになれるんじゃないか?」


「死にかけないと発動しねえし、発動した後は三日寝込むんじゃ、チェスには使えねえな」

 三人(?)のやり取りを眺めていた透也は伸びをした。

「要するに、リュウを放り投げて先に罠を発動させといて、ショルメは兄貴を撃った――Mに、人質が死んで用無しになったと思わせる為に。しかし、胸ポケットの身分証の金属エンブレムを狙い撃ちするとは、正気じゃねえな」

「それが銃弾を止めていなければ、心臓を貫通していたと、明智家の家政婦が言っていたでアリマス」

「運が良かっただけさ……」

 ショルメは苦笑いを浮かべつつ、酷い味の薬湯を呷った。


 ――目的の為ならば、互いの心臓を撃ち抜く覚悟は、互いに出来ている。


「でも良かったわ、こうして元気になってくれたんだもん」

 空になった薬湯のカップを「ありがとう」と透明怪人に渡し、ショルメは透也に訊ねた。

「ところで、Mはチャーミングな女探偵に逮捕されたのか?」

 するとどういう訳か、彼は苦々しい表情をした。

「チャーミング、ね……」

 その横で、ニコラが首を傾げる。

「知らない人の顔まで解るのか、おまえの魔能は?」


 流石にニコラは鋭い。

 直接的な接点は無いが、諜報員として、帝国評議会の重鎮である日下部伯爵と関係の深い明智香子をマークしていたのを、迂闊にも悟られるところだった。


 だが彼が誤魔化そうとするより前に、透明怪人が壁際に厭そうな目を向けた。

「それにしても、物騒だし、いい加減自分の部屋に片付けなさいよね」

 そこに立て掛けられているのは、Mの日本刀だ。透也が流れで持ち帰って来たのだろう。

 彼は癖髪をモシャモシャと掻きつつ、どこか満足気な表情でそれに目を向けた。

「ダガーを失くしちまったから、代わりにこれ使うしかねえんだけど……やっぱ、日本刀ってカッコいいよなー」

「…………」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 明智邸で平井局長を迎え、エルロックが立ち上がって握手を求めると、彼は驚いた様子を見せた。

「傷の具合はもう宜しいので?」

「えぇ。この家の家政婦さんは非常に腕の立つ裁縫職人ですので」

「…………?」


 それからテーブルを挟んで向き合い、エルロックは平井からの報告を受けた。

「やはり、Mは口を割りません……とは云え、舌を切られて喋れないようにされていますが」

「それがエドガーのやり口です」


 執事の運んできた紅茶を受け取り、エルロックは口を付けた。

「結局、弟は我々と共に行動をすることを断ったのですね」


 ――事件後、ショルメも文代の治療を受けたのだが、遠藤透也が連れて帰った……仲間だからと。


「気に入られたようですね」

「いや、弟が気に入ったんですよ、あの若者を」


 平井局長は角砂糖をたっぷり入れた紅茶を愉しむ。

「怪我はありましたけど、Mの逮捕まで出来ましたし、今回は大手柄です――やはり、立役者は弟さんでしょう」

「撃たれましたがね」

 エルロックはハハハと嗤う。同じく笑みを浮かべた平井は続けた。

「実は、事件前、現場に行く前に弟さんがうちに寄られましてね」

「ほう、何をしに?」

「狙撃銃を欲しいと。照準が正しくて威力の低い(・・)やつ」

「威力の低い……」

「軍用ライフルを少し加工してお渡ししました。それが役に立ったようで何よりです」


 エルロックは銃創のあった場所に触れる。文代の治療で跡形もなく治っているが、ショルメの狙撃が半インチでもずれていたら命は無かった。

 手に触れた、シャツの胸ポケットに戻しておいた身分証を取り出してみる。大仰な金属エンブレムの中央に穴が穿たれていた。ここに銃弾が引っ掛かっていたから、助かったのだ。


 あいつは初めから、こうなるのを解っていたのか……。


 エルロックが改めて愕然とその事実を認識していると、平井は不思議そうに眉を寄せた。

「弟さんは、未来を見通す能力がおありなのですか?」

「強いて云えば、未来を思い通りにする力、でしょうか」

 エルロックはそう答え、窓に目を向けた。

「執念深いのですよ。現実が理想となるまで絶対に諦めないと云いますか……いつか彼は、大西洋結社を潰すような気がします。自慢の弟です」


 見慣れないエルロックの穏やかな笑みに感化されたのか、平井も微笑んだ。

「ではこちらも、Mから何としても大西洋結社の内情を訊き出さねばなりませんな――この国の未来の為に」


 立ち上がりかけた平井は、そこで思い出したように内ポケットから何かを取り出した。

「そう云えば、彼が我が家を訪問した夜、貴方に渡して欲しいと預かりましてね」

 エルロックが受け取ったのは、一冊の本。タイトルは『The Murder of Roger Ackroyd(アクロイド殺し)』だ。


 平井が去った後、エルロックがパラパラとページを捲ると一枚のカードが落ちた。ふたつ折りのそれは、彼が本屋伝てに弟に渡したものだったが、よく見ると文字が書き加えてあった。


「ご配慮痛み入る。しかし、俺は彼らとの共同生活が気に入った。今後のやり取りはこの方法で頼む」


 ……あの事件の前にこれを渡してきたということは、やはり弟には結末が見えていたのだろう。


「我が弟ながら空恐ろしいばかりだ……」

 そしてふと思い出した。

 彼は未だに、あの二連式ピストルを持っているのだろうか?



 ☩◆◆────────────────⋯

【ショルメ】(追記)

 魔能・深慮遠謀(しんりょえんぼう)

 (考えた通りの事象が現実となる)

 発動条件①・生命の危機に瀕した時のみ

 発動条件②・物理的に不可能でない事象

 発動条件③・思考中は無防備となる

 発動条件④・使用後は三日寝込む

 ⋯────────────────◆◆☩

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