61話 暗殺者VS狂戦士
「……ッざけんじゃねえぞテメエ!!」
透也のダガーが斬りかかる。しかし軽く避けたMの反撃に足元を掬われる。
敵の得物は日本刀。間合い的に不利だ。跳び上がり回避した透也は、天井を蹴り一転して壁際まで後退した。
まともにやり合っても届かない。懐に飛び込むしか無さそうだが、身のこなしを見れば身体能力は透也と同等。簡単には入れそうにない。
ならば……!
ワイヤーガンを発射。右手首を拘束して急接近する。
だがMもワイヤーガンで反撃。右手の拘束は避けるが、首に巻き付く。
「――――!」
意識が飛びかかる。しかし完全に締められる前にワイヤーが緩み、透也は身を捻って逃れた。
……何が起きた?
身を伏せて見上げれば、よろめいたMの首から緑色のヤモリが跳んできた。
「リュウ!」
両手を伸ばして小さな体を受け止める。すると見事に四足で着地し、青い縁取りをした目がクリッと見上げた。
「無事だったのか――!」
と透也が顔を近付ければ、リュウは、
「ワガハイが十万ボルトの電圧に耐えられるのを忘れたでアリマスか」
と胸を張る仕草を見せた。
「あれ……そうだっけな……」
透也は目を泳がせる。その間にもリュウはそそくさと腕を登り、
「放電で一瞬油断させただけでアリマス。モタモタしてる場合でないでアリマス」
とポケットに収まった。
――その途端。
上段からの一閃が頭上に落ちる。
咄嗟に透也はワイヤーガンでMの後方に退避。そのまま壁を蹴って金髪の頭上をダガーで狙った。
「死ねえええ!!」
☩◆◆──⋯──◆◆☩
銃声が坑道に響き渡る。
「こ、これは……!」
中村は野呂と顔を見合わせた。
「流石に放置出来ないな」
中村の指示で、警官隊が拳銃を抜く……警察官でなくなった中村と野呂は拳銃を持てず、地下鉄職員と共に、警官たちを盾にして進むしか無いのだ。
間もなく引き込み線への入口が見えてきた。するともう一発銃声が。
「ま、まずいのでは……」
野呂がそう言った途端、再び銃声。意を決した中村が一同に告げた。
「発砲許可。我々で鎮圧する」
すると、地下鉄職員が空のトロッコを押してきた。
「盾代わりに使ってください」
トロッコに身を隠し、そろそろと線路を進む。引き込み線の前まで到達すると、彼らはトロッコの連結部から奥を覗き込んだ。
「……暗くて見えませんね」
と、懐中電灯を向けながら野呂が呟く。
「何かが暴れている気配はありますが」
すると、闇の奥から迫る足音があった。意を決し、五人の警官たちが拳銃を向ける。
「動くな! 止まらなければ撃つぞ!」
懐中電灯の光の中に現れたのは、黒い服の男。鼻から下を覆面で覆い、奇妙な眼鏡をしている……そして、額を染める血。
男はそこで足を止め、後ろを振り返った。
と、暗闇から声がした。
「逃げんじゃねえ! クソが! いい加減負けを認めろ!!」
現れたのは、両手に短刀と日本刀を持った、完全に顔を覆うヘルメットをした男。
咄嗟に警官の一人が声を上げた。
「撃て!」
一斉射撃が闇を貫く。弾丸は手前の男の頭上を抜けて、背後から迫る男に向けて飛んだ。
すると、日本刀が宙を舞った。何閃かの後、金属音が響く……斬られた弾丸が線路に落ちたのだ。
「なっ……!!」
唖然としたのは警官たちだけで無い。手前の男もヒュッと喉を鳴らした。
だが、日本刀の男は意に介さない。
「邪魔すんじゃねえ!」
とダガーを投げ、トロッコに突き立てる。
そして、飛ぶような動きで再び引き込み線の奥へと逃げた先立の男を追い、闇の中へと消えていった。
「…………何、だったんでしょう?」
腰を抜かした野呂が乾いた声を絞り出す。
「さぁな……」
中村も、それだけ答えるのが精一杯だった。
☩◆◆──⋯──◆◆☩
Mは罠の奥へと逃げていく。
「逃げるな! 卑怯者!」
その背に透也が刀を投げようとすると、すんでのところでリュウに止められた。
「罠が発動するでアリマス!」
透也の肌を濡らす汗が一気に冷える……と同時に、当たり前の疑問が浮かんだ。
「あいつ、どうして何事も無く罠を通過出来たんだ?」
たとえ罠に指向性があったとしても、手前から奥に通ることは出来ない筈だ。
リュウの目がギョロリと動く。そして直ぐに、気まずそうな返事があった。
「……罠は解除されてるでアリマス」
まぁ、当然のことだろう。
透也は再び線路を蹴って、配線の奥へと踏み入った。
……透也としては拍子抜けだった。「M」などと大仰に呼ばれている暗殺者だと身構えていたが、素早さはともかく、腕力が全く無い。軽く腕を捻り上げただけで日本刀が奪えてしまったし、蹴ったら吹っ飛んでいく始末。
罠を張るタイプの暗殺者だから、格闘術の腕は大したことが無いのだろう。
「ッたく、面倒臭ぇなあ。今諦めれば、警察に突き出すだけで済ませてやるのに」
チョロチョロと逃げ回るMに辟易した透也が呼び掛けるも、彼は行き止まりに背を向けて身構えている。
「なぁ、武器も無えんだろ。この辺で終わろうぜ……実を言うと、別にショルメには思い入れは無えし。死んだところで俺は困ら……」
――その瞬間、厭な感じが背後にあった。
リュウが叫んだ。
「罠が起動したでアリマス!」
「クソッ!」
袋小路に閉じ込められたという訳だ。それと同時に、Mは隠してあった狙撃銃を透也に向けた。
反射的に刀を構え、彼は目を細める。
「銃が無駄なのはさっき見ただろ」
「違うでアリマス! 罠に向けて発射されたら、こっちに放電が来るでアリマス!」
その言葉が終わらないうちに、透也は前に跳んだ。そんな彼に、Mは銃口――では無く、ニヤリと笑みを向けた。
「透也! 伏せるでアリマス!」
リュウの叫びと同時に、迸る閃光――爆弾が仕掛けてあったのだ!
「クッ――!!」
両手で身を庇い線路に身を投げる。その頭上を爆炎が飛び過ぎる。
直後、轟音が轟く。激しい崩落音と粉塵が透也を襲った。
……やがて爆煙が収まり、透也は顔を上げた。
行き止まりにあった岩盤はひび割れ、天井は瓦礫と化して落ちていた。穴が開いた部分から夕日が射し込んでおり、歪んだ線路を薄紅く染めていた。
流石に震えが止まらない。この装備でなければ、命の保証は無かっただろう。
透也は動揺を抑えられない声でリュウに云った。
「自爆、したのか?」
「いや、逃げたでアリマス」
彼は汚れたヘルメットのゴーグルを上げ、光を失いつつある空を見上げるしか無かった。
☩◆◆──⋯──◆◆☩
道路に開いた穴から、爆煙と共に飛び出してきた男の前に、夕日を背に人影が立ちはだかった。
彼女は数十名からなる警官隊に男を包囲させると叫んだ。
「確保!」
その途端、男の左手が動く。だが彼女――明智香子はお見通しだった。
「無駄よ。あの人を捕まえる方法を、ずっと考えてたから」
と、ワイヤーガンを放つ寸前の左手に発砲する。
弾ける金属片と血飛沫。その上、数十丁の拳銃に取り囲まれたMは、降参するしか無かった。
後ろ手に取り押さえられるMを見下ろし、香子は云った。
「私を突き飛ばして逃げるんじゃないかと思ったけど、やらなくて正解だったわよ。おめでとう」




