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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<陸>──電撃の暗殺者
62/97

60話 暗殺者VS報復者②

 肌のひりつく緊張は続いている。

 居合わせる透也も、息を殺して見守るしか無い。

 しかし、ただ状況を眺めているだけでは無かった。来るべき破綻――どちらかの銃が火を噴く時に、為すべきことを考えている。


 まず、その瞬間の状況をシュミレーションしてみる。

 現在地からの発砲は無意味だ。銃の種類から、互いに装填されているのは一発ずつ。尚且つ、弾道上に人質がいる。発砲したところで弾は人質に当たり、次発を装填する間に、相手からの反撃を喰らうことになるからだ。

 均衡を破るには、人質を動かすしかない――カンテラが燃え尽きた瞬間に。

 透也はワイヤーガンの装着された左手を確認する。そして、こちらの作戦を敵に気取られずにショルメに伝える方法を考えた時。


 透也が指示を出すより先に、リュウが脳波通信を通して話し掛けてきた。

「誰か来るでアリマス」

 透也は神経を研ぎ澄ませる……すると、レールを踏む振動を感じた。複数人が、透也が入って来たのとは逆の上野方面から、ゆっくりと線路を進んでくる。

 透也も声にはせず脳波で答える。

「足止めしてくれ、リュウ。出来るな?」

 透也は動けない。微動すら二人の対峙に水を差す。それを察したリュウは、

「了解でアリマス」

 と脳波に告げ、天井伝いに奔っていった。


「…………」

 非常にまずい状況だ。透也は眉間を筋立てる。ショルメとの連絡手段を失った今、プラチナブロンドの兄弟の命は、運命に任せるしか無いのか。

 


 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 天井から肩に落ちてきたものを見て、明智香子は悲鳴を上げそうになった。

「声を出さないでアリマス!」

 押し殺した声で強く云われ、彼女はやっとの思いで声を呑み込む。

 ……緑色のヤモリ。これは確か、怪人ジューク――遠藤透也の傍にいる子のはず。


 彼は香子の耳元で囁いた。

「この先、人質を挟んで、暗殺者とスパイが睨み合ってるでアリマス」

「えっ……」

「同行者を止めるでアリマス」


 なるほど……と香子は納得した。混乱なく一同を此処に留めるには、自分は身を隠し、面識のある香子に主導権を持たせるのが正解だ。


 香子は脚を止めた。

「ちょっと待って」

 すると、中村と野呂、案内の地下鉄職員、そして応援の警官五名が振り返った。

「どうしましたか?」

「嫌な予感がするの。一度此処で計画を立て直しましょう」


 嫌な予感などと云う不確かなもので、通常なら彼らを留められるとは思わない。しかし、中村と野呂は彼女が魔能を持つのを知っている。その為、嫌な予感などと云う不確かなものの方が説得力がある。香子はそう思った。


 案の定、彼らは顔を見合わせ香子の周りに集まってきた。

 いつの間にかヤモリは、上着の胸元に身を隠している。上着とブラウスの隙間からチョコンと顔を覗かせているさまは、ちょっと可愛い。


「何か解るのですか?」

 中村が香子の前に立つ。

「えぇ……今一瞬、魔能っぽい反応が」

「何!?」

 一同は浮き足立った。

「ど、何処から?」

「もう少し先……トンネルのもっと奥から。多分、そこにエルロック捜査官は居る。でも今は、迂闊に近寄らない方がいいような、そんな気がするの」


 耳に手を当て、それっぽい仕草をする。視線を落とせば、ヤモリが満足げに首を傾げた。香子は続ける。

「そうね……この先の線路がどうなっているか、確認させてくださる?」

 と、彼女は地下鉄の職員に目を向けた。

「はい……」

 と、彼は枕木に図面を広げ、懐中電灯で照らす。

「線路は万世橋方面へ延びております。で、末広町の手前のここに引き込み線があります」

「引き込み線?」

「ええ。複線ではありますが、車両故障などがあった場合、身動きが取れなくなってしまいます。その場合の迂回路です」

「なるほど」

「しかし、ここも工事中でして、百(メートル)ほど先で行き止まりになっています」

「…………」


 香子は顎に手を当てるフリをし、小指でヤモリの頭を撫でながら図面を睨む。

「此処にエルロック捜査官がいる可能性が高いわね……でも、どうやって入り込んだのかしら?」

「日雇い人夫で工事を進めておりますので、正直、素性の判らぬ者が入り込む可能性は否定出来ません」


 中村は無精髭をボリボリと搔いた。

「人質を餌に暗殺対象を誘き出そうとしているのなら、Mもこの付近に潜伏している可能性が高い。これは迂闊に近付けませんな」

 その言葉に、香子は胸を撫で下ろした。

「そうね。ここからは慎重に作戦を練っていきましょう」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 透也はリュウからの通信で、侵入者が明智香子と特警の面々だと云うのと、この引き込み線はこの先で行き止まりになっているという情報を得た。

「…………」

 彼は膠着したままの状況を睨みつつ考える。

 敵は逃げ場が無い位置に身を潜ませていると云うことだ。熟練の暗殺者としては考えにくい状況である。何が目的だ?


 ――だが、その答えが出ないまま、状況は変化の刻を迎えていた。


 バチッ。

 音を立て、カンテラが燃え尽きたのだ。


 辺りが闇に包まれた刹那、透也は動いた。

 身を隠していた壁から飛び出し、ワイヤーガンを人質を拘束する椅子に向けて発射する。フックの手応えを感じた瞬間、思い切り引く――筈だったのだが。


 パン。

 銃声が響く。敵の銃だ。

 しかし弾丸は人質を穿つことなく、ショルメが身を隠していた柱に当たった。


 此処で漸く、透也は状況を把握した。

 簡単なことだ。透也のやろうとしていたことを、敵の方が一瞬早くやってのけたのだ。それと同時の威嚇射撃。人質の座る椅子が倒れ、椅子ごと奥へと引き摺り込まれていく。


 一方、相手の発砲と同時にショルメも飛び出した。敵は銃を撃った。次に装填するまでの隙に距離を詰めようとするのは当然の動きだ。坑道に下駄の音が響く。


 ところがその時、透也の脳内に叫び声が届いた。

「ショルメを行かせては駄目でアリマス!」


 反射的に、回収途中のワイヤーをしならせる。投げ縄のようにショルメの体に巻き付け強く引く。

 その勢いで後ろに倒れた拍子に、彼の下駄が飛んだ――それが人質のいた辺りに届いた瞬間。


 バチッ!


 上下左右から稲妻が奔った。

 罠だ――通過する者に電撃の槍を撃ち込む為の。

 電撃は下駄を粉砕し、レールへ向けて放電した。火花の発する閃光が周囲を白く染め、透也の義眼がエラーを起こす。


「……クッ!」

 右目を押さえながら、左手のみでショルメを回収、近くの柱の影へ身を隠す。

 閃光が消えた後の坑道は漆黒の闇……全く状況が解らない。


 一方、透也の腕が抱えるショルメの体は震えている。怒りか、極度の緊張か、命の危機を自覚したことか、その全てか。

 透也も同じ心地だ。義眼を失った今、相手の方が確実に優位だ……あのゴーグルに暗視機能が付いていると思った方がいい。こちらの動きは読まれている。いつ何時、襲って来るか解らない。

 そして、先程の電撃だ。

 罠に違いないのだが、その全容すら見て取れない。今動くのは危険だ。


 そんな透也の肩に、トンと降り立つ慣れた感触があった。

「罠の構造を見てきたでアリマス」

 と脳波に語り掛けたリュウの声は、この時の彼にとって救世主のようだった。

 同時に義眼に画像が送られてきた。3D画像にあるのは、複雑極まる配線の数々。

「テスラコイルの応用でアリマス。時代的には存在していてもおかしくないでアリマスが、このコンデンサの仕組みは、二十一世紀末から使われるようになったものでアリマス」

 やはり……と透也は目を細める。電源は、恐らく既に敷設させている地下鉄の配線から取っている。その程度で、木製の下駄を粉砕するほどの電圧を得られるとは思えなかったのだ。


 そして、コンデンサの配置から推測すると、この罠は、範囲内に入った対象を強烈な電撃により破壊するだけに留まらない。

 対象を経由して、それが来た方向へと放電する仕組みだ。


 つまり、こちら側から銃を撃てば、銃弾を通して発砲者へ落雷する。


 先程の下駄は粉砕してしまった為に、電撃がレールに流れたに過ぎない。一歩間違えば、ショルメは黒焦げになっていた。

「…………」

 氷柱を伝った雫のような厭な汗が、透也の背を濡らす。

 人質を奥へ引き込み、ショルメを罠に誘うのが目的だったのだ。リュウの制止が無ければ、今頃彼は……。


 ショルメは相変わらず、小刻みに身を震わせ、闇の奥へと銃口を向けている。押し殺してはいるが、呼吸が荒い。

 ……と、透也はようやく気付いた。

 彼の手が抱える着物がぐっしょりと濡れている――血だ。先程の銃撃で、柱に弾かれた弾丸が当たっていたのだ。それを見越して、相討ち覚悟で飛び出したのかもしれない。

 呻き声ひとつ上げない彼を見て、透也は戦慄する……早くしなければ、出血で命を落としかねない。


 しかし、状況は再び膠着状態となった。相手は当然、次の銃弾を装填したに違いない。しかも、人質は奴の手の内にある。

 ――最悪だ。


 手も足も出ない時間が続く。良い方向へ動いたのは、透也の義眼が復旧したことのみ。

 祈る思いでショルメを抱えていると、やがて彼の体がグラッと揺れた。慌てて透也は彼を支えるが、蒼白な顔は瞼を閉じている。

「…………!」

 状況は悪い。今だ銃はピタリと奥へと向けているが、長くは保たないだろう。

 透也は脳波で叫んだ。

「リュウ! この事態を解消する方法を検証しろ!」

「先程からやってるでアリマスが、人質を傷付けずに回収できる確率が一パーセントを超えないでアリマス」

「嘘だろ……」


 透也は奥歯を噛み締める。これでは敵の思うがままだ。

 時間だけが過ぎていく。何十分なのか、或いは数秒なのか。極限の緊張と焦りが全ての感覚を狂わせる。


 すると、リュウが脳に囁いた。

「魔能でアリマス」

「何処だ?」

「ショルメでアリマス」


 ハッと透也は彼に目を向ける。しかし目を閉じたまま動かない。

「…………」

 そんな彼の様子を眺めつつ、透也は神経を集中させる。何か動きがあった場合の彼の役割を、何通りも頭の中でシュミレーションする。


 すると。

 唐突にショルメが目を開いた――鮮やかな碧眼が薄らと光っている。

 そして、透也の肩にそっと手を伸ばすと、いきなりリュウを掴んで、思い切り放り投げたのだ。


「…………うぐぇ?」


 目を丸くして宙を舞うリュウ。

 為す術無く罠に到達すると同時に、強烈な電撃が発射される。


「――――!!」

 透也は声も出ない。リュウは線路に落下し、電撃がそれを追うように動いた。

 その瞬間、透也の耳元でショルメの銃が火を噴いた。


 唖然と呆然と愕然の入り交じった目で銃弾を追う。流石に先程の轍は踏まない。明度調節で視界が確保された透也の義眼は、鈍く光り回転しながら進む弾丸を捕捉する。それは罠から発せられる稲妻の隙間を通過し、闇の奥へと到達する。

 そして、敵が盾としている人質の胸へと飛び込んだ。血飛沫が弾け、椅子ごとバタリと倒れる。


 失敗したのか――! 透也は焦った。

「おい――!!」

 とショルメに目を戻す。すると彼は、糸が切れたように崩れ落ちた。

「な……ッ!!」


 兄貴を撃っといて死ぬなよ!

 しかも大事な相棒まで――!!


 何処に怒りを向けていいか解らない透也にはだが、混乱している猶予は与えられなかった。


「――――!!」

 銃声と同時に身を反らす。義眼のモードが違っていれば避けられなかっただろう。銃弾は彼のすぐ鼻先を通過し、背後の壁に穴を穿つ。


 だが、殺気はそれで終わらない。

 頭上に落ちる刃。透也は横っ飛びに一撃を避けた。


「…………」

 彼を見下ろす無機質なゴーグル。

 それを睨み返し、透也は怒りの矛先を決めた。


 ――そもそも、こいつが居なければ、こんな状況にはならなかったのだ。

 こいつを、絶対にブッ殺す!

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