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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<陸>──電撃の暗殺者
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59話 暗殺者VS報復者①

 明智香子は、応接間に迎えた二人の話を訊き、驚きを隠せないようだった。

「エルロック捜査官が……そんな……!」

「一刻の猶予もありません。そんな事情ですので、何卒、明智探偵のお知恵をお借りしたく」


 頭を下げる中村室長に、香子は戸惑いを隠せない。

「全力を尽くします。しかし、私の手に負えるのか……」

 三人とも黙り込む。そこに小林執事が紅茶を運んできた。

「私めなどが口を挟むのは恐縮ではございますが、お嬢様」

 と、彼は角砂糖のポットをテーブルに置きながら、彼は香子を見た。


「――『暁の名探偵』に、解決出来ない事件は無いかと」


 カップを手に取り、口を付ける。

 ……小林の魔能があれば、私は絶対に死なない。いざとなれば、この身を盾にするだけ。躊躇する必要などないのだ。


 そう考えた香子は、やおら顔を上げた。

「情報の出処は影男と云ったわね」

「は、はい」

 目付きが変わった香子を見て、野呂が姿勢を正す。

「彼の魔能を考えると、この東京で得られない情報など無いわ。彼が結社の暗殺者を庇う理由など何処にも無いから、情報を出し惜しんでいる可能性も無いと考えられる。その彼が居所を掴めていない。それはどういう意味か」

「…………」


彼の認知の(・・・・・)中にない場所(・・・・・・)だから」


「と、仰いますと?」

 中村が身を乗り出す。

「彼は影さえあれば、思った場所に出現できる。けれどそれを逆に捉えれば、彼の認識していない場所、例えば、行ったことのない場所には行けないはず」

「なるほど」

「この東京で、彼が行ったことのない場所は何処か」

「こ、皇居とか……」

 野呂が云うと中村が頭を小突いた。

「不敬だぞ!」

「いや、考え方としては間違っていない。しかし、流石に無いわね……あとは……」


 香子は顔を上げた。

「地下鉄の工事現場」


 中村と野呂は息を呑む。二人に視線を送り、香子は云った。

「現在、浅草と上野間で開通している銀座線。将来的には神田川を潜り、新橋まで延びる計画があるとか」

「確かに。二年後には万世橋駅の開業を目指していると聞いたことがあります」

 野呂が膝を叩く。

「鉄道には引き込み線なんかもあるはず。そんな場所を隠れ家にしているとすれば、影男には認知出来ないわ……彼の目的は女性だもの。男ばかりの工事現場に行く用は無い」


 中村と野呂は顔を見合わせ、頷いた。

「調査する価値は十分にあるでしょう」

「決まりね」

 香子は立ち上がった。

「私も行くわ――各方面への調整をお願い」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 透也は走っていた――強耐性ボディスーツのフル装備だ。


 あの後、ジャケットに書かれた血文字の暗号について、ニコラが考察したのだが……。

「手紙の数字の羅列と同じ解き方をすると、この0が示すのは、秋葉原の辺りだぞ?」

 と云いだしたのだ。

「何で?」

「手紙のシミは、この幽霊塔だったろ? そんなら、ジャケットの方のシミは東京で一番高い浅草の煉瓦塔となる」

「ふむふむ」

「そこを起点に数字を追うんだ。すると、路線図に見える」

「どして?」

「まだ解らないのか? ほら、ここをこう行けば、此処が上野で、此処が神田川」

「いや……解らねえ……」

「要するにだ、地下鉄だ」

「は?」

「今はまだ上野までしか来てないがな。今、神田川に向けて工事中だ。この数列は、そこを示してる」


 ――透也には理解出来ないのだが、ニコラが云うんだから、そうなのだろう。


 そもそも、ショルメを追う義理も無いのだが、関わった以上、放ってはおけない。

 ――俺の前で人を死なせない。

 仲間になったショルメを見捨てるのは、彼の矜恃が許さないのだ。


 と、もうひとつ。

「彼に何かあったらと考えると食事も喉を通らないの……本物の骸骨になっちゃう」

 透明怪人が泣き付いてきたのもある。


 市電の屋根を飛び移りながら神田の街並みを抜ける。秋葉原は目の前――

「リュウ、地下に何か反応は無いか?」

 ポケットのリュウに訊くが、顔を覗かせた小さな頭は首を横に振った。

「流石に無理でアリマス。もう少し近くに行かないと……」


 ワイヤーガンをビルの尖塔に引っ掛かけて、歓楽街を一気に飛び越える。神田川沿いの街並みの屋根を駆け抜け、万世橋を見下ろすガス燈の上に着地する。


 すると中央通りに、大きな杭が並んで立っている場所があった――この先が、地下鉄の工事現場だ。

 この当時の工法は、地下にトンネルを掘るのではなく、溝を掘ってから蓋をする工法。それもほぼ人力だ。多数の人夫が作業に勤しむ上を飛び越え、透也は蓋のされていない部分へ侵入した。


「光学迷彩マントを着ているとはいえ、バレたら大変でアリマスよ。賞金首の自覚をするでアリマス」

「しゃあねーだろ。見つかったらその時、逃げりゃいいんだよ」


 土を運ぶトロッコを飛び越え、掘削作業をする人夫の隙間を縫うように駆け抜ける。隙あれば少し先の器材へ向けてワイヤーガンを放ち一気に距離を詰め、壁を蹴って人夫を避ける。

 義眼越しに目まぐるしく移る景色に身を任せ、透也は思った。

 人夫に紛れてしまえば侵入は容易いだろう。こんな大勢の労働者を集めるのに、いちいち為人(ひととなり)を調べているとは思えない。木を隠すなら森の中だ。彼自身、それはよく知っている。

 そして、この先は闇――。


 蓋のされた部分に差し掛かる。工程的に手の空いたのか、急に人影が無くなった。同時に明かりも消え、透也は暗視モードを起動する。


「リュウ、そろそろ反応ねえか?」

「レーダー照射中……百(メートル)先の引き込み線に生体反応がアリマス」

「マジか!」

 正直、透也はニコラの推理を半信半疑に思っていた。ここまで的中させるとは……と、感嘆するしかない。


 トンネルに足音が反響しだし、透也は脚を止めた。工事現場から遠く離れ、静寂に満たされたトンネルの中では、呼吸音さえも広範囲に届いてしまう。

 透也はレールの上に足を置き、抜き足差し足で移動する。そして――


 壁に身を隠した引き込み線の先。

 緩やかにカーブした五十(メートル)ほど先に、カンテラの光が見えた。その横に、濃い色のシャツを着た男が椅子に縛り付けられている。ズームで見ると、髪の色、顔立ちの雰囲気がショルメに似ている――あれが兄だろう。意識はあるようだが、虚ろな視線はどこも見ていない。


 そして、彼より二十米ほど手前の柱の影に、ショルメ。何処で手に入れたのか、軍用ライフルを構えたまま微動だにしない。柱の溝に置いた銃口は、兄――の向こうにいる何者かに向けられている。


 透也は目を細め義眼を調整する。

 ショルメの兄の後方、やはり二十米くらいの場所にトロッコが放置されている。その影に、敵はいる。

 すると、リュウから超音波による画像が送られてきた。

 ――痩せた男。此方に向けて銃身の長い狙撃銃を構えている。

 だが、透也が注目したのはそこでは無かった――装備しているもの。

 ピタリと身体に張り付くような着衣。左手にはワイヤーガンのようなものが装着され、ゴーグルが顔半分を隠している……。


 透也の姿に酷似しているのだ。


 これはどういうことだ? と、透也は戸惑った。

 ニコラの話から、ショルメを(おび)き出したのはMという暗殺者(アサシン)だとは推測していた……恐らく、先日幽霊塔に侵入したのもこいつだろう。

 ヒルダとかいう女研究者がそいつに装備を渡しているとニコラに訊いたが、この装備はこの時代の技術で出来るものではない。


 もっと云えば、ステラにしたってだ。ヒルダという女がニコラに渡したらしいが、あれは二十二世紀末期の自動走行擬態戦車(AMT)。有り得ないのだ。


 ――ヒルダとは、一体何者なんだ?


 天井からの水滴音ですら大きく反響する静寂の中、小声すらも出せない。小石でも踏めば、張り詰めた均衡は失われ、決着が付いてしまう。状況をショルメに伝えたいところだが、透也も一歩も動けない状況にあった。


 ショルメの兄が障壁となって、お互いに姿を認識出来ない。

 どちらかが身を潜ませる場所から出た瞬間、ショルメの兄の体を貫いた弾丸で、相手を仕留めるしかないのだ。

 当然、ショルメにそれは出来ない。それにあの男の装備――ショルメの方が圧倒的に不利だ。

 それなのにショルメは、ただじっと、微動だにせず銃を向けている。彼がそこでそうしている限り、敵もまた、身動きが取れないからだ。


 二人はいつからこうしているのだろうか。

 自身と人質の命を指先ひとつに賭けながら睨み合う緊張感は、他者の入る余地を赦さない。だが極度に緊迫した空気は、お互いの精神力を著しく疲弊させるものだ。並の神経では続けられない。

 それを見守る透也もまた、呼吸音すら殺さずにはいられない緊張に支配されている。


 人質の足元のカンテラの灯が揺れる。

 永遠に続くかと思われるこの異常極まる睨み合いに終わりがあるとすれば、どちらかがこの心理戦に耐えかねて、物陰から頭を覗かせた時。


 もしくは、カンテラの灯油が燃え尽き、光が消えた時。

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