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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<壱>──怪盗狩人は夜嗤う
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5話 因果応報

 魔能というの多種多様で、魔能使いの数だけ異なる種類の能力があると云っても過言ではない。

 そして、魔能使いが近くにいると、お互いに判るものらしい――先程の(いや)な感じが、まさにそれだったのだ。


 香子がそれを感じたと云うことは、相手も同じく感じたと云うこと。

 『怪盗』でない魔能使いを、奴らが見逃す筈がない。


 香子は身構えた。

 これは恐らく、遠隔操作の魔能。子供たちを操り攻撃させている。操作盤は、多分ロザリオ。


 そこまで推測できれば、香子には心当たりがあった。

 怪盗同盟の幹部、通称『人形使い』。指名手配番号・乙六十六。


 近頃、子供ばかりで編成された「少年怪盗団」が銀行を襲う事件が多発していた。

 しかし、いくら子供を捕らえても、事情を訊き出す前に自害してしまう。

 そこで、賞金稼ぎに突き出された他の怪盗から話を聞いたところ、『人形使い』と呼ばれる魔能使いが浮かび上がった。


 須永神父は孤児院の子供たちを人形(・・)に仕立て、安全な処から操っていたのだ。


(ゆる)せない……!」

 香子は奥歯を噛み締める。


 そんな彼女に、子供たちは無表情なまま襲い掛かる。

 子供とは思えない俊敏さと鋭さで、刃が香子の上着を裂く。

 これでも探偵だ。格闘術は心得ている。

 ナイフを突き出す腕を掴み、足払いを掛けて路地に叩き付ける。勿論(もちろん)、大きな怪我をしない程度に加減する。意識を渾沌させ戦力を奪うのが目的だ。


 しかし。

 (したた)かに頭を打った筈の子供は、すぐさま起き上がりナイフを構えた。

 そこで香子はハッとした――操られている間、彼らに意識は無いため、気絶しないのだ。


「クッ……!」

 子供とはいえ、相手は十人。迂闊(うかつ)に傷を受ければこちらの身が()たない。

「小林……早く来ないかしら」

 恨めしい目を背後に向けるが、生真面目な執事の姿は未だそこにはない。

 時間稼ぎをするしかないようだ。


 香子は路地を蹴った。

「ゥオリャーー!!」

 と、乗馬ブーツで容赦なく子供の背中を蹴り飛ばす。意識がないのなら、痛みも感じない筈……。

 蹴られた子供は文字通り吹き飛んで、後ろの子供二人を押し潰した。

 それと同時に、香子の背後から刃が迫る。身を翻してそれを避け、肘打ちを喰らわせる。


 彼女がこれほどまで格闘術を会得したのは、護身の為だけでは無い。

 彼女が身を護るのは、他者を無暗に傷付けたくないから。


 先程倒した子供たちが立ち上がる。同時に突き出された三本のナイフは、流石に避け切れそうにない。


 ――と、香子の頬を風が叩く。

 ヒュン――と風を切ったそれは、芥箱(ごみばこ)の蓋。目の前の三人に命中し、彼らは後ろにひっくり返った。


 ハァ……と大きく息を吐き、香子は後ろを振り返った。

「遅かったじゃない、小林」

「申し訳ございません、お嬢様。ゴローが機嫌を損ねまして」


 ゴローとは香子の愛馬の名前だ。明智家では二頭馬を飼っているが、今日の馬車はゴローに()かせていたようだ。

 香子は溜息を吐く。

「ゴローは馬車に繋がれるのを嫌がるのよ」

(かしこ)まりました。次からはロクローにいたします」

 小林は深々と頭を下げた。


 白髪混じりの髪を七三に整え、左目に片眼鏡。モーニング姿でステッキ片手に立つさまは、立ち姿だけで有能さを示している……今日のように、ミスをすることも時々あるが。

 彼は香子が生まれる前から明智家に仕える忠臣。子爵家の執事に恥じないだけの資質を備えた人物だ。


 しかし、今はのんびりと馬談義をしている場合ではない。

 突如現れた援軍にたじろいだ子供たちだが、すぐさま攻撃態勢を整えた。


 本当はやりたくないのだが……と、香子は唇を噛む。彼らを助けるには、これしかないのだ。


「小林――いくわよ」

 香子が声を掛ければ、阿吽(あうん)の呼吸で返事があった。

「いつでも用意は出来ております」


 一呼吸し、香子は目を閉じる。

 ――そして身構えを解き、両手を開いたのだ。

「さあ、来なさい」


 彼女の言葉と同時に、子供たちは駆け出した。ナイフを前方に構え、光のない目で。


 十本のナイフの先端が香子に届いた――瞬間。

不撓不屈(ふとうふくつ)!」

 小林執事がステッキをブンと振る。


 その刹那。

 香子の体が光を発した。

 十本のナイフを根元まで受け入れて、しかし彼女は倒れない。


 すると、子供たちに異変が起こった。

「…………あれ?」

「ここは、どこ?」

 ナイフから手を離し、顔を見合わせたのだ。


 どうやら成功したようだ。

 香子は腹部に突き立つナイフを引き抜いて、小林執事に手渡す。その刃には、先端にほんの少量の血が付いているだけだ。

 自由になった香子は、戸惑う子供たちを抱き締めた。

「もう大丈夫……もう大丈夫だからね」

「でも、お姉さん、お怪我してるよ」

「血が出でる」

 子供たちは目を潤ませる。


 確かに、無傷とは云えない。

 けれどもこうするしか、この子供たちを救う方法が無いと判断した。


 ――明智香子。

 彼女の持つ魔能は、『因果応報(いんがおうほう)』。

 彼女を傷付けた者に対し、悪意を乗算してダメージを返す。


 子供たちは意識なく操られていたため武器(・・)と認識された。だから、子供たちは無事だった。

 とはいえ、彼女自身が命を落としては魔能は発動しない。

 絶対に死なないよう、かつ最低限のダメージを受けるよう、彼女を守るのが小林執事の役割。対象の状態変化を停止させる魔能『不撓不屈』によって。


 『不撓不屈』により彼女の受ける傷は軽減されるが、「明智香子が受けたダメージ」としては加算される。

 そこに、加害者本人が彼女に向けた悪意が乗算。


 須永神父は今頃、ナイフ十本分の何倍にも匹敵する傷を受けて、既に息絶えているだろう。


 須永神父を捕らえたところで、子供たちを始末されてしまえば証拠はなく、彼の罪を追求できない。

 明智香子の魔能は、彼が『人形使い』であることを示せる、唯一無二の方法だったのだ。



☩◆◆────────────────⋯

【小林】

 職業・明智家の執事

 魔能・不撓不屈(ふとうふくつ)

    (対象の状態変化を停止させる)

 武器・仕込みステッキ

 特技・バリツ

 弱点・香子の我儘

⋯────────────────◆◆☩

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